
打ち合わせが終わり、植村が福沢の部屋を出ると、諏訪が、「いま、何か格好いいことやってたな」と言った。植村は、「そうですか」と言うと、諏訪は「植村せんせえ、どうか、俺もTeam Policy Dragonに入れてもらえるようにお願いしてよ。俺も、今のやりたいよ」とすがりついた。
植村は、「直接、福沢先生か今井先生に言ってくださいよ」と言って、諏訪の手を振りほどいた。「つれないな~」と、諏訪が言うと、福沢が部屋から出てきて、「諏訪、今夜、神崎の通夜になる。そして、明日が告別式だ。お前、星野と吉沢を手伝ってやってくれ」と言った。
諏訪は、「えっ!」と驚くと、「仲間に制限はないよ。同じ志を持っていれば、それが仲間だ」と言った。諏訪は、「ありがとうございます」と言った。
神崎の通夜と告別式が終わり、12月24日に予定通り、シンポジウムが開催された。シンポジウムには、温水総理もやってきて、スピーチを行った。そして、温水総理のスピーチが終わり、公用車が待つロータリーに温水総理は向かっていった。ロータリーでは、多くの支援者に囲まれたのであった。温水の後ろには、福沢、麻衣、吉沢が続いていた。安藤は、会場の司会進行を佑奈に代わり進めていた。植村は、その安藤のサポートをしていた。
佑奈は、温水総理に挨拶をするため、会場の中央のドアからロータリーの向こう側で支援者に囲まれる温水に向かって走っていた。ドアの近くに立って、温水を見送った星野は、異変を感じ、佑奈に走り寄った。そのとき、大きな爆発音が会場とロータリーに響き渡った。佑奈の近くにあったゴミ箱が爆発したのであった。
福沢は、爆発音がする方に振り向き、「今井!、星野!」と叫んだ。その瞬間、何発分もの銃声が鳴った。福沢が発砲音の方を向くと、拳銃を持った男性が停車中のワゴンの中から、五月雨のように発砲をしている姿が見えた。すでに、温水の警護官の一人は、撃たれながらも、温水の壁になっていた。そして、周りの警護官が温水を公用車に押し込み、公用車は急発進をした。
福沢は、麻衣を庇うように、銃声が鳴り響く方に背中を向け、麻衣を抱き締め、そして、銃弾をよけるように、地面に倒れこんだ。麻衣は、福沢の腕の中に抱きかかえられるように、地面に倒れこんだ。吉沢は、警護の警察官に押され倒れこんだ。
会場の中から、飛びだしてきた安藤は、ドアを壁にして、外の様子を覗き込もようとした。植村も、ドアの外には出ることはできず、その場に座り込んだ。
襲撃者のワゴン車は、温水の公用車が発進したのを確認すると、急発進し、その場から立ち去った。現場は、騒然とし、阿鼻叫喚の響きが、いつまで経っても収まらなかった。
警護官の無線では、総理の様子や現場の様子の情報が飛び交っていた。
「ピー、総理が襲撃された。襲撃者は、複数名。白いワゴンに乗って、逃走中。すぐに、10km圏内に緊急警戒態勢を手配。検問を実施し、不審者にはすぐに職務質問をかけろ」
「ピー、総理が撃たれた」
「ピー、なんだって、すぐに病院に向かえ」
「ピー、いま、総理はどこだ」
「ピー、官邸に向かっていましたが、すぐに、病院に向かいます。5分以内に到着予定。緊急救命体制の準備を」
「ピー、爆発に、男女2人が巻き込まれた模様。現在、負傷者が出ているかどうかを確認中」
「ピー、警戒態勢を広域に拡大。なお、犯人は、拳銃を所持。全警察官に、防弾チョッキの着用と拳銃所持を命令する」
「ピー、現在、逃走中のワゴン車を追跡中。川崎方面に向かっています」
「ピー、多摩川は絶対に渡らせるな」
「ピー、誰かが撃たれているぞ」
「ピー、誰か確認できるか」
「ピー、側にいる女性が、撃たれた男性は、福沢俊明という名前だと言っています」
「ピー、救急車の手配を急げ。出血がひどく、間に合わないぞ」
To Be Continue・・・
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「いま、一緒に暮らしているでしょう。でも、私と寝ようとしないのよ。面白いでしょう。ちょっと、寂しいかなと思うんだけど、それが彼のポリシーだし、いまは、特に、他に寝ている女性がいるとは思わないし、まあ、いいっか、と思ってる」と、麻衣は言った。
「福沢くんが愛しているのは、麻衣さん、あなただけよ」と、佑奈が言うと、麻衣は、首を小さく、静かに頷いた。
「さっき、俊ちゃんが、次は俺の番だろうと言っていた。覚悟をしておけって」と、麻衣は、急に不安そうに言った。佑奈は、麻衣の肩を抱き、「大丈夫よ」と言った。「きっと、大丈夫。嘉彦が守ってくれる」と、佑奈は言った。
「麻衣さん、明日から職場に戻るわよ」と言った。「嘉彦の遺志を引き継がなきゃね。それが、愛する嘉彦のため。私以外に、嘉彦の遺志を継げる人なんかいない」と言った。
麻衣は、「そうね。そうすることが神崎さんが最も喜ぶと思う」と言った。
翌朝、福沢の部屋で、福沢と安藤、植村、吉沢、星野が打ち合わせをしていると、そこに、佑奈と麻衣が入ってきた。
安藤は、「もう大丈夫なのか?」と訊ねると、佑奈は、「いつまでも悲しんでいられませんよ。神崎のためにも」と言った。星野は、「ケケケ」と笑った。
福沢は、手に持っていた書類を置くと、机の脇に置いてあったウイスキーをグラスに入れると、それを飲み干した。そのグラスを安藤が受け取り、同じように、ウイスキーを入れて飲み干した。安藤は、グラスを植村に渡すと、吉沢がグラスにウイスキーを注いだ。植村は、意を決したように、ぐっと飲み干した。
佑奈は、「そんな、やめてよ」と言った。吉沢は、植村の手からグラスを取ると、自分でウイスキーを注いで、それを飲み干した。そして、そのグラスを星野に手渡した。
佑奈は、「ねえ!」と強く言った。星野は、「ケケケ」と笑いながら、ウイスキーをグラスに注ぎ、飲み干した。そして、麻衣にグラスを手渡し、ウイスキーを注いだ。麻衣は、福沢の方を向いて、目を合わせ、その後に、佑奈の方を向いて、首を縦にうなづかせると、グラスの中のウイスキーを飲み干し、佑奈に渡した。
佑奈は、「こんなの迷惑よ。重いのよ」と言った。安藤は、佑奈の手の中のグラスに、ウイスキーを注ぐと、全員が佑奈に注目した。佑奈は、「本当に困った人たちね」と言い、グラスの中のウイスキーを飲み干した。佑奈は、福沢に、グラスを投げ渡すと、福沢は、机の上に置き、ウイスキーを、そこに注ぎ、「これは神崎の分だ」と言った。そして、グラスの上に右手を置いた。
福沢の手の上に、麻衣、吉沢、植村、そして、星野の順番で右手を置いた。安藤は、左手で佑奈の右手を星野の上に置かせ、自分の右手を、その上に重ねた。
「”Team Policy Dragon”。最高のチームだ。最高の仲間だ」
「石川麻衣」
「はい」
「植村竜太郎」
「はい」
「吉沢晴信」
「ああ」
「星野徹夫」
「ケケケ」
「安藤泰」
「ああ」
「今井佑奈」
「ええ」
「そして、神崎嘉彦」
「日本の未来のための戦いを始めるぞ。Team Policy Dragonのモットーは、”Thinking, Creating, and Acting”だ。一人一人が、思考し、生み出し、そして、自分の判断を信じて実行せよ。俺は、お前たちの判断を信じる。準備はできているか」と、福沢が言うと、全員で「おお!」と言った。
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「あっ、そうだ。ねえ、眠れないなら、ちょっと音楽をかけない?」と麻衣は言った。佑奈は、「だめよ。ここは病院よ」と言うと、「周りの病室には、誰もいないし、そんなに大きくなければ大丈夫よ」と言った。
「これは?」と佑奈が訊ねると、「なんだろう」と麻衣は言った。
「”As Time goes by”ね。カサブランカの」と、佑奈は言った。「訳すと、時の過ぎゆくままに」と麻衣が言った。
「私は、あのとき、神崎と結婚するつもりだったわ。博士号を取ったら、ボストンに行こうと思っていたわ。しかし、その後、IMFからエコノミストとして採用されることが決まったの。私は、悩んだわ。ワシントンに行くか、ボストンに行くか。私は、途上国の開発の現場に立ちたかった。以前、京都で、あなたに初めて会ったとき、福沢くんに、私の野望は何なのか、と訊ねられたでしょう。それで、私は、「自分の考えたプランが現実になることから得られるオーガニズムかしらね」と答えたでしょう。私は、IMFのエコノミストとして、開発の現場に立ちたかった。嘉彦には申し訳ないけど、嘉彦との結婚生活よりも、魅力的で、そして、エクスタシーを感じることができると思ったのよ」
「なんとなく、わかるわ。私は、たぶん違う選択をすると思うけど、あなたの気持ちはわかるわ」
「嘉彦は、それでも待つと言ってくれた。私は、そのとき、自分が、どれだけわがままで、自分のことだけしか考えていないのか、他者に優しくない人間なのかを知った。そして、そんな自分が、優しい嘉彦の傍にいてはいけないと思った。私は、彼を幸せにしてあげられないと悟ったのよ。彼には、もっと優しい女性に傍にいてもらった方がいいって」
「あなたも神崎さんを愛するがゆえの選択だったということなのね。でも、それは違った。神崎さんにとって、傍にいてほしかったのは、誰でもなく、あなただけだった。あなたのことを、それほど、愛していた」
「私はね、あなたが羨ましいのよ。あなたは、福沢くんを心から愛し、そして、自然な形で、彼を愛することができる。自分の気持ちに素直になって、福沢くんが望むことをしてあげられる。私は、どうも、愛情表現というのは苦手みたい」
「私も、何もわからないのよ。あの人、基本的に酷い人だから」と言って、麻衣は笑った。
「そうね、福沢くんは、男性としては、本当に酷い男よね、最低の男ね」と佑奈も笑った。
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福沢が部屋を出ると、麻衣が立っていた。福沢は、「麻衣、後のことは頼むぞ。12月24日のシンポジウム、そして、年明けの施政方針演説は、神崎のためにも成功させなければならない」と言うと、「わかっているわ。でも、私がいなくて、俊ちゃんは大丈夫?」と麻衣は訊ねた。福沢は、「もちろん。大丈夫ではないさ。でも、神崎の遺志を、俺は継がなければならない」と答えた。麻衣は、「ねえ、無理はしないでね」と言った。福沢は、「わかっているさ」と答えた。
福沢が研究所に戻った頃、日付はすでに変わっていた。しかし、安藤と植村は、安藤の部屋で経済成長新戦略に関するシミュレーション作業を行っており、星野と吉沢は、シンポジウムの準備を行っていた。福沢は、パソコンを立ち上げ、施政方針演説の原稿の起草を始めた。そのとき、福沢の部屋の電話が鳴った。電話の相手は、温水総理であった。
「神崎の件は、とても残念に思っている。こちらのミスだ。もっと、事前に対応をしていれば、今回の悲劇は防げたかもしれない」と温水は言った。
「神崎は、最期、笑って逝きましたよ。神崎嘉彦にとって、何も悔いは残っていないはずです。彼は、自ら選択し、Team Policy Dragonに加わり、あなたを支えようとした。そして、日本のために仕事をしようとした。彼にとって、心残りがあるとすれば、もっと、日本のために尽くしたかったということでしょう。それは、俺たちが、その遺志を引き継ぐ」
「神崎嘉彦は、日本という国に殉じたか」
「これで、俺たちが、彼の遺志を引き継がなければ、ただの犬死ですよ。生きている俺たちが、彼の代わりに、彼の分まで、仕事をしなければならない」
「福沢、すべての荷物を背負いこむなよ」
「わかっていますよ」
そして、温水は電話を切った。福沢は、受話器を置き、机の上に置かれていたマディソンの写真を眺めた。
病院では、佑奈はベッドの上で天井を眺めていた。麻衣は、「眠れないの?」と訊ねた。
「私は、ずっと神崎嘉彦のことを愛していたんだって、わかったのよ。彼が亡くなって、自分の正直な気持ちに、ようやく気が付いた。彼はね、私の大学の先輩だった。初めて会ったのは、大学のキャンパスだった。私は、大学に入学した時は、弁護士になろうと思っていたのよ。いまでは、経済学を専攻しているけど、学部は、法学部だったのよ。彼は、いつも大学の図書館で勉強していたわ。私も弁護士試験のために、図書館に通った。在学中に試験に合格したいと思っていたから、遊ぶこともせず、ただ、勉強だけの毎日だったわ」
「確か、神崎さん、安藤さんは、大学の同期で、そのひとつ下に、あなたがいた。大学を卒業して、神崎さんはシカゴに、安藤さんはイエールに、あなたはニューヨーク市立大学の博士後期課程に留学した。そして、神崎さんと安藤さんは、その後に、ハーバード時代に、俊ちゃんと出会う」
「そうね。4人で、いろいろと議論をしたわ。私は、神崎の影響で、大学院では経済学を専攻したわ。もともとは、イエールのロースクールに留学をしようと考えていたんだけど、大学3年生のときに弁護士試験に合格して、司法修習所を終えたとき、開発経済の問題に興味があって、ニューヨークに行くことにしたのよ。ニューヨーク・ボストン間は案外と便利なのよ。だから、休みが取れると、ボストンに行ったわ。神崎とは、ボストンコモンズとか、たまに、ドライブでレキシントンの方にもドライブで行ったわ。レキシントンに行く途中に、小さな湖があるのよ。そこで、ヨットを浮かべたりもしたわね。ケンブリッジを少し歩いて行くと、日本人街があるでしょう。そこで、日本食を食べたりもしたわ」
「俊ちゃんは、ボストンは、5月とか6月あたりと短い秋が最高のシーズンだって言っていたわ。いつも、チャールズ河のほとりを散歩して、ボストンコモンズの近くのスターバックスでコーヒーを買って、ボストンコモンズの真ん中で、本を読んでいたって言っていたわ」
「初夏のころは、バーベキューとかピザピクニックとかもしたわね。マディソンに行ったのは、ウィスコンシン大学でカンファレンスがあったの。それに出席するために行った。そして、湖のヨットハーバーで、神崎は、私にプロポーズをしてくれたわ。とても、嬉しかった」
「そのときは、クリーブランドで待ち合わせをしたって言っていたわ。3人は、ボストンからクリーブランド行って、あなたは、ニューヨークからクリーブランドに行った。帰りも同じようにクリーブランド経由だったって」
「クリーブランドの空港の中にあるスターバックスでコーヒーを買って、飛行機の待合ロビーで、そのコーヒーを飲みながら話したのが最後になってしまったわ。ニューヨーク行きの飛行機の方が早くて、3人で見送ってくれたわ」
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佑奈が目覚めると、周りは真っ暗であった。すでに夜になっていたのであった。佑奈は、「嘉彦、嘉彦」と呼び掛けた。しかし、誰も答えなかった。すると、病室の扉が開いた。佑奈は、「嘉彦」と言うと、そこに立っているのは福沢であった。
「今井、目覚めたか」と福沢は言った。佑奈は、「嘉彦は、どうなったの?」と訊ねた。福沢は、「残念だが、助からなかった。申し訳ない」と言った。佑奈は、「嘉彦」と呟き、涙を流した。「神崎の最期の言葉、お前に伝えなくてはいけない。神崎は、最期に「佑奈、愛している」と言って、そして逝った」
佑奈は、涙を流しながら、「そう」と言った。そして、「ねえ、あまり、私のことをいじめないでよ」と言った。「もういいじゃない。私は、嘉彦に酷いことをしたわ。あの人の気持ちを知りながら、私は、あの人を、自分の夢のために、自分勝手な理由で捨てたのよ。それなのに、私のこと恨みもしないで、ずっと、ずっと、私のことを愛してくれていて。ようやくわかったのに。これからは、私が嘉彦を支える番だったのに、なぜ、死んじゃうのよ。私に、何もさせないで、なんで、勝手に死んでしまうのよ」と言った。
「神崎は、お前を愛することで幸せだったんだ。お前の存在それ自体が、神崎にとっては幸せだったんだ。今の言葉を神崎が聞いたら、心から喜ぶよ」と、福沢は言った。
「ねえ、私を抱いてよ」と佑奈は福沢に言った。「神崎のことを忘れることができるほど、強く、私を抱いてよ」と言った。福沢は、「今井、お前は、普段はおくびにも出さないが、本当は、とても弱くて、そして、かわいい女の子なんだよ。それを、いつも隠そう、隠そうとしてがんばっているんだ。今は、何もがんばらないでいいんだ。自分の感じたように、悲しければ泣き、そして、少しでも楽しい気持ちになったら、思いっきり笑えばいい。神崎だって、それを望んでいる」と言った。
「あなたのポリシーは、スタッフとは寝ない、ということだものね」と佑奈は目線を落としながら言った。「お前は、とても魅力的だ。もし、チームのメンバーでなければ、心から、強く抱きたいと思うだろうさ」と、福沢は言った。佑奈は、「ありがとう」と言いながら、涙を拭いた。
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佑奈は、病院に慌てて駆け付けてきた。そして、福沢と安藤を見つけると、「嘉彦は?」と訊ねた。安藤は、首を横に振った。すると、佑奈は、「そんな」と言って、呆然とした。そして、気を失い、そのまま倒れこんでしまった。
佑奈は、病院のベッドの上で、点滴を受けながら寝ていた。医者は、しばらく安静にさせた方がいいだろう、と言った。佑奈の病室には、麻衣、吉沢、星野、植村も集まっていた。福沢は、「こういう状況でも、施政方針演説まで、残された時間は1か月ほどだ。悲しいけれど、仕事は続けなければならない」と言った。そして、「今井は、しばらく、安静にさせた方がいいだろう。ショックが大きすぎる」と続けた。
「麻衣、お前は、今井の傍に着いてやってくれ」と福沢が言うと、麻衣は、「わかったわ」と言った。
「植村、お前が分析担当だ」と福沢が言うと、植村は戸惑ってしまった。星野は、「坊ちゃん。あんたしかいないんだぜ」と言うと、福沢は、「お前を信じている」と続けた。植村は、「わかりました」と言った。
「星野、12月24日に、温水総理を招いて行うシンポジウムを開催することに変わりはない。吉沢と一緒に、その準備を官邸サイドと協議して進めてくれ」と、福沢は言った。
星野と吉沢は、「わかった」と言った。
すると、安藤は、「俺も、Team Policy Dragonに入れろ」と言った。麻衣、植村、星野、吉沢は、驚いた表情を見せた。福沢は、安藤の顔を静かに眺めた。「俺と神崎を比べれば、月とすっぽんほどの差があるのはわかっている。しかし、俺も、研究者だ。神崎の遺志を継いで、俺が神崎の後任になる」と言った。福沢は、「頼む」と言った。
安藤、植村、吉沢、星野が病室を出ると、ベッドの上で寝ている佑奈を見ながら、イスに座っている麻衣の後ろで、「神崎は、俺の代わりに撃たれたんだ。すべて、俺の責任だよ。もし、神崎がTeam Policy Dragonに加わっていなければ、死ぬことはなかった。すべて、俺の責任だ」と言った。そして、「次は、俺の番だろう。麻衣、覚悟はしておいてくれ」と言った。
すると、麻衣は、福沢のことを振り返らず、そのままの態勢で、「許さないから」と言った。「死んだら、許さないから。あなたは約束してくれたでしょ。『自分がどんなになろうとも、お前のことだけは守る。だから、いまは、安心して、俺に寄り掛かっていろ』って。約束をやぶったら、私、許さないから」と、涙を流しながら言った。
福沢は、「そうだな」と言って、手を麻衣の肩の上に置いた。
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神崎は、膝から崩れ落ちながら、「福沢」と言った。福沢は、神崎を抱き抱えた。そして、「神崎、しっかりしろ」と言った。撃たれたのは、神崎であった。神崎は、口から血を吐き出しながら、手を上に伸ばそうとしていた。そして、「佑奈」と言った。いまにも、意識が失われそうであった。
福沢は、「神崎、死ぬなよ。お前が死んだら、今井が悲しむ。いまは、経済成長新戦略のことも、日本のことも考えるな。今井のことだけを考えろ。お前は、今井を守るために、ハーバードに戻らず、日本に残ったんだろう。今井のために、Team Policy Dragonに加わったんだろう。だから、死ぬなよ。今井のために、死ぬな」と言って、福沢は、撃たれた箇所に手を当てて、出血を抑えようとした。
安藤は、「いま、救急車が来る。神崎、がんばれよ。もう一度、マディソンの湖に行こう。俺と福沢は、ナンパしているから、お前は、もう一度、今井にプロポーズしろ」と言った。
すると、神崎は、ブレザーの内ポケットから、一枚の写真を取り出した。それは、マディソンの夕焼けの写真だった。その写真は、すでに穴が空いてしまっていた。
「お前も、この写真、持っていたのか」と福沢は言うと、神崎は、「佑奈」と呟いた。
「お前は、今井を幸せにするんだろう。だから、死ぬな」と福沢は言った。
救急車が到着し、福沢と安藤は、神崎と一緒に乗り込んだ。しかし、神崎のバイタルサインは、徐々に弱まり、いつ停止してもおかしくなかった。
神崎は、何かを言おうとしていた。福沢は、神崎のマスクをずらし、耳を近づけ、そして、神崎の言葉を聞こうとした。神崎は、小さく、「ゆ・う・な、あ・い・し・て・る」と言った。福沢は、涙を流して、「わかった、必ず伝える」と言った。その言葉が何を意味するのか、福沢も安藤も十分に理解した。そして、神崎のバイタルサインは停止した。
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番組は終了し、神崎はスタジオの脇にいる安藤と福沢の近くに寄ってきた。安藤は、「御苦労さま」、福沢は、「おつかれさん」と声をかけた。神崎は、「過去の自分に「さようなら」を告げた気分だよ」と言って、汗をぬぐった。安藤は、「違いない」。と言って、「カカカ」と笑った。
未来創造研究機構の上田の部屋では、上田の電話が鳴り続けた。電話をかけているのは、網妻議員であった。上田は、網妻議員からの電話であることを認識して、電話にあえて出ようとしなかった。そして、携帯電話を力強く握り、「神崎、福沢、絶対に許さないよ~」と言った。
首相官邸の執務室では、すでに警備局長が、温水の到着を待っていた。温水は、「田中警備局長、緊急に何の用だ」と言うと、田中警備局長は、「総理。犯行予告が官邸に届きました。すぐに、万一に備え、総理の警備体制の強化を図らせていただきます」と言った。温水は、「俺が狙われている、ということか」と言って、田中警備局長が手に持っていた文書をつかみ取った。その文書には、「温水康一郎に天誅を。温水を支持する者もまた、同罪なり」と書かれていた。温水は、「警備体制を強化した方がいいのか」と言うと、田中警備局長は、「連日、このような文書が届いています。先日も、総理が出席された講演会の会場でも、襲撃者を事前に逮捕しています」と言った。温水は、「確かにそうだったな」と言った。そして、「誰なんだ」と、温水は言うと、田中警備局長は、「現在、捜査中です」と言った。
安藤、福沢、神崎は、笑いながら、テレビ局の玄関に向かって歩いていた。安藤は、「経済成長新戦略は、どんな感じだ」と言うと、福沢は、「神崎が加わってくれたおかげで、順調です」と言った。神崎は、「日本のために、心から信じられる仲間とともに、戦いたい。どんな苦難が待っていようとも」と言った。
テレビ局の玄関を出ると、3人の前に、男が一人立ちはだかった。
官邸では、温水が、何かに気が付いたようなそぶりを見せた。温水は、「ちょっと待てよ。『温水を支持する者たちもまた同罪』だと。福沢やTeam Policy Dragonの連中は、警備されているのか」と訊ねた。水島は、「いえ、それは盲点でした」と答えた。温水は、「すぐに警備対象に加えるように手配しろ。奴らが危ない」と言った。
佑奈は、自宅で、討論番組を見終えた後、テレビを消して、デューク・エリントンの『サッチ・スウィート・サンダー』を取り出した。暫くすると、”Star Crossed Lovers”が始まった。佑奈は、テラスの窓の外を眺めながら、マディソンの夕焼けの写真を手にしながら、「悪い星のもとに生まれた恋人たち、薄幸の恋人たち、か」と、呟いた。そして、「嘉彦」と呟いた。
そのとき、数発の銃声が鳴り響いた。街は、一瞬、静寂化し、人々は、何が起きたかを、ようやく理解すると、悲鳴が響いた。安藤は、無音映画の中で、スローモーションの場面を見ているように、一人の男が崩れかかっていく姿を、眺めていた。そして、警官が、こちらに走り寄ってくる姿、警官が拳銃を発砲した男を取り押さえようとしている姿、その男が自分の頭を撃ち抜こうとしている姿も、また、映画の観客のような視点で眺めていた。そして、もう一発の銃声が鳴り響いたとき、安藤は、我に還ったのであった。
神崎は、「福沢」と小さく呟いた。
麻衣は、福沢の家で、片付けものをしていた。すると、麻衣は、数年前に撮影した写真を見つけた。そして、「俊ちゃん」と呟いた。福沢と麻衣が放浪生活をしていたとき、二人で一緒に撮影した写真であった。「俊ちゃん、愛しているわよ」と言って、その写真を机の上に置いた。
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日曜日の朝、未来創造研究機構の上田の部屋では、出張から戻った上田が激昂をしていた。上田の机の上に、神崎の辞表が置かれていたのであった。そして、上田は秘書に、「なんで受け取っちゃったの。なんで連絡しないの。なんで、会長は、神崎の契約を破棄することを認めたの」と質問攻めにした。さらに、上田は「神崎、この裏切りは許さないよ。絶対に、絶対に許さないよ」と言った。そして、気持ちを落ち着かそうとして、テレビを付けると、討論番組に神崎が出演していた。上田は、「なんで、神崎がテレビに出ているのよ。なんで、民政党案を批判しているの」と言っていると、”Japan Innovation”のスタッフが、上田の部屋に飛び込んできて、「神崎は、公共政策研究所の”Team Policy Dragon”に分析担当として加入したそうです。神崎の肩書が、日本公共政策研究所主席研究員になっていました」と言った。
上田は、「また福沢か。福沢も神崎も、絶対に許さないよ」と言った。すると、上田の携帯電話が鳴った。電話は、小詰代表からであった。上田は、落ち着こうとさせながら、「これは私どもの落ち度です。大変に申し訳ありません。必ず、必ず、対応をいたします」と言って、頭を下げながら電話を切った。「おのれ~、神崎、福沢~」と怒鳴った。
安藤と福沢は、スタジオの脇で、網妻議員と議論を交わしている神崎を見ていた。安藤は、「臥竜か鳳雛か、いずれかを手にすれば天下を取れるか」と言った。福沢は、「三国志で、劉備玄徳が司馬徽の庵で、司馬徽に言われたことですね。その後、劉備は、三顧の礼で臥竜・諸葛亮孔明を軍師に迎え、鳳雛・龐統士元も配下とする。しかし、龐統は、劉備の西蜀遠征中の落鳳坡で落命する」と言った。
安藤は、「もし、龐統が落命をしていなかったら、歴史は、どうなっていたかな」と言った。福沢は、「孔明は宰相として国家運営に、その才を発揮し、龐統は、軍の最高司令官として、その才を発揮し、荊州を落とすことはもとより、長安を落城させていたかもしれませんね」と言った。
安藤は、「そう考えると、いまのお前と神崎の関係も同じだな」と言った。
福沢は、「というと」と訊ねると、「温水総理は、いずれお前を総理補佐官として官邸に入れるだろう。そして、政策のバックグランドになる理論とシミュレーションについては、神崎が担う。温水は、臥竜と鳳雛の両方を手に入れたんだ。最強の政権になる」
首相公邸では、温水が討論番組を見ていた。「おい、水島。これは面白い。神崎が民政党案を批判しているぞ。網妻も面目丸つぶれだな。小詰祥子は、怒り心頭だろうな」と言った。すると、水島は、「おくつろぎのところ、申し訳ありません。警視庁の田中警備局長が、すぐにご相談したいことがあるとのことです」と言った。温水は、「警備局長が、緊急に相談って、テロか?」と言った。そして、温水は、すぐに官邸に向かった。
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佑奈は、「そんな馬鹿なところが、私があなたの嫌なところなのよ。もっと、自分の人生、大切にしなさい」と言った。
「確かに、これで二度目だな」
「そうよ。あなたがハーバードでテニアーを取れることになったとき、私は、ワシントンで仕事が見つかっていた。だから、一緒には住めないわ、ということになって。そうしたら、そのとき、あなたは何て言った。「俺は、ハーバードのテニアーよりも、君を選ぶ。俺がワシントンに行く」って言ったでしょう。それが嫌なの。あなたは、他人が羨む能力を持っている。それを活かすことが、あなたの使命なの。なのに、私を選ぼうとしたことに、とてつもなく腹が立ったのよ」
安藤は、「とてもいい話じゃないか。カカカ」と笑った。
福沢は、「今井、もっと素直になれよ」と言った。
佑奈は、「ふたりともからかわないでよ。私は、認めませんからね。嘉彦、あなたは、早くハーバードに戻って、ノーベル経済学賞を取りなさい」と言って、安藤の部屋をツカツカと出て行った。そして、佑奈は、自分の部屋に戻り、チェアに座ると、涙を流した。そして、「嘉彦の馬鹿」と言った。
安藤の部屋では、神崎が「佑奈は了承しているんじゃなかったのか」と、福沢に訊ねた。福沢は、「そのはずなんだが」と、とぼけた。安藤は、「神崎、お前が来てくれて嬉しいよ。これで、日本を救える。経済成長新戦略も策定できるし、構造改革も推進させられる。神崎、お前は、そのための理論的支柱だ。今井もそのうち機嫌を直すだろう」と言った。
そこに、星野が入ってきた。安藤は、「どうした、星野」と訊ねると、「いま、テレビ局から出演依頼がありましてね。日曜日の討論番組にうちのチームから一人出演して欲しいということです」と言った。福沢は、「テーマはなんだ?」と訊ねると、星野は、「ケケケ。もちろん、年金改革ですよ」と言った。
神崎は、「俺が出演します」と言った。安藤は、「しかし、民政党の案は、お前が作ったんだろう」と言うと、「だから、ケジメを付けてきますよ」と言った。安藤は、「確かに、作成者自らが否定すれば、それで、その案はおしまいか」と言った。
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公共政策研究所の会議室では、Team Policy Dragonの面々が、施政方針演説の作成と経済成長新戦略の策定のためのカンファレンスを行っていた。そのとき、福沢の携帯が鳴った。電話は、神崎からであった。
「福沢、俺をお前のチームに、分析担当として入れてもらえるか」と、神崎は言った。
福沢は、「もちろんだ」と答えた。すると、神崎は、「ありがとう」と答えて、電話をすぐに切った。
佑奈は、「どうしたのよ」と福沢に訊ねると、福沢は、にやつきながら、「チームメンバーが全員揃った」と言った。
佑奈は、「どういうことよ」と言うと、「神崎嘉彦がこのチームの分析担当として加わることになった」と、福沢は答えた。
佑奈は、「ちょっと待ってよ。私は、そんなこと承諾していないわよ」と机を叩きながら、立ち上がった。
「チーム編成は、俺に任せてもらっているはずだ。経済成長新戦略を策定するためには、神崎モデルが必要だ。そして、それだけではなく、分析担当として、神崎は必要な人材だ」と福沢は言った。
「それはわかるけど、よりによって、なんで神崎なのよ」と、佑奈は言った。
翌日、安藤の部屋に、福沢、佑奈、そして神崎が揃っていた。
安藤は、「この4人が揃うのは、マディソンに旅行に行ったとき以来かな。カカカ」と笑った。
佑奈は、「からかわないでください」と言った。
安藤は、「でも、いいのか。”Japan Innovation”でリーダーだった男が、ここでは、分析担当だぞ。神崎、ハーバードに戻れば、ノーベル経済学賞も夢じゃない。それだけ、神崎モデルというのは、学術的にも価値のあるモデルだ」と言った。
神崎は、「構わない。俺にとっては、ノーベル経済学賞よりも今井佑奈の方が大切だ。佑奈を支えることができるのであれば、俺は、どんなポジションでも、待遇でも構わない。これから、俺は、愛のために生きてみたいと思う」と言った。
安藤は、「カカカ」と笑った。
佑奈は、「ちょっと待ってよ」と言った。「私とノーベル経済学賞を比べたら、間違えなくノーベル経済学賞でしょう。本当に、馬鹿らしいわ。私は、あなたのことを振った人間なのよ。しかも、とても酷く」と言った。
「馬鹿で構わないよ。俺は、今でも、お前のことを愛している。理由は、それだけで十分だ」と、神崎は言った。
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「今井も、今でも、お前のことを愛していると思う。だからこそ、近くにいてほしくないのかもしれない。今井は、お前が移籍してくること、承諾をしているよ。今井を助けてやってくれ。今井は、これからスピーチライターになる。原稿には、しっかりとした分析が背景にあることが重要だ。今井を支えられるのは、お前しかいない」と、福沢は言った。
神崎は、「そうか」と言って、グラスに口を付けた。
演奏は、”Star Crossed Lovers”になっていた。神崎は、「”Star Crossed Lovers”か。デューク・エリントン」と言った。
「まさに、お前と今井のことのようだな」と言った。神崎は、「奇麗な曲だ」と言った。
「福沢、しかし、なぜ、上田が俺を見限り、新川と交渉を始めたことがわかった」と訊ねた。福沢は笑いながら、「これを上田に伝えるのも、伝えないのも、お前次第だ。その上で、俺はお前を信じる。俺は、エージェントを雇って、上田の周辺に情報源を持っている。その情報源とは、上田の秘書だ。俺のエージェントは、上田の秘書と「男と女の仲」になり、ベッドの上で情報を取ってくる」
「そのエージェントとは、未来創造研究機構の人間なのか?」と神崎は訊ねると、福沢は、「違う」と答えた。
「そこが、俺と上田の違いだ。上田は、公共政策研究所の安部をエージェントにして、俺たちの情報を探らせた。安部は、素人だ。しかし、俺たちが、あえて情報を流していたとも知らず、いつの間にか、一流のエージェント気取りになったんだろうな。麻衣と「男と女の仲」になろうとしたのには笑うしかなかった。この仕事は、誰にでもできる仕事ではない。素人には無理だ。俺は、プロを雇っている。上田の秘書は、自分から情報が流れていることすら気が付いていないよ。それだけ、スムーズに、エージェントは、上田の秘書と寝て、情報を取ってきている」
「福沢、一日、時間をくれ」と神崎は言った。
「ああ。お前の選択は、ハーバードに戻って、ノーベル経済学賞を目指すか、それとも日本に残って、日本のために働くかだ」と福沢は答えた。
翌日、神崎は上田の部屋を訪ねた。しかし、上田は出張中で不在だった。神崎は、上田の所在を訊ねると、上田の秘書は、「専務理事は、カルフォルニアに出張中です」と答えた。神崎は、さらに、カルフォルニアには何の用事なのか、と質問すると、秘書は上田の予定帳を確認して、「UCバークレーの新川教授と打ち合わせということになっています」と答えた。神崎は、「そうか。ありがとう」と言って、部屋を出た。そして、神崎は、何かを決意したような顔で、廊下を歩き始めた。
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神崎は、「何だって」と声を荒げた。店にいる客は、一瞬、ピアニストから神崎に目線を移した。
「これが、上田の交渉相手だ」と、福沢は、ブレザーの内ポケットから写真を取り出して、神崎の前に差し出した。
「これは、UCバークレーの新川義久じゃないか」と、神崎は言った。
「上田は、よっぽど、ブランド好きのようだな。ハーバードのプロフェッサー神崎。その後任は、新川義一元総理の長男で、UCバークレーのプロフェッサー新川。小詰敏和元総理の妻である小詰祥子と新川元総理の娘の新川義久にコンビを組ませることで、ブランド力を高まらせるつもりだろう。そして、新川は、小詰祥子の次の総理候補でもある」
「上田が考えそうなことだな」と、神崎は言った。
「明日、上田の予定を確認してみろ。明日は、急遽、カルフォルニアに出張に出ているはずだ」
「つまり、新川と交渉か」と、神崎は言った。
「上田は、能力よりも、政治の世界における血統を選んだ」
「新川も優秀な学者だ」
「俺も、新川のことは認める。しかし、能力で言えば、神崎、お前の方が明らかに上だ」
「お前に、そう言ってもらえるとは嬉しいよ」と神崎は言った。そして、
「もし、俺が公共政策研究所に移籍するとしても、問題がある」と、神崎は続けた。
福沢は、「今井のことか」と言った。
「そうだ。佑奈が、俺の移籍を認めないだろう。俺は、佑奈のことを愛している。だからこそ、彼女は、俺の近くにはいたくないと思っていると思う」と神崎は言った。
「お前たちが別れてから、話したことはあったのか?」と、福沢は言った。
「いや。元々、佑奈は、ニューヨーク市立大学でPh.Dを取得した後、ワシントンに行った。俺は、ボストンのままだった。あれから、逢うこともできていないし、話もしていない」
「マディソンに行った後だったよな。お前たちが別れたのは」
「そうだ。マディソンで、俺はプロポーズをした。彼女は、OKをしてくれた。しかし、マディソンから戻った後、彼女から結婚はできないという連絡があり、それきりだ。クリーブランドで別れずに、そのままボストンに連れ帰っていれば良かったと思っているよ」と神崎は言った。
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翌日、臨時国会が閉会した。安土総理の突然の辞任に伴い、越年国会という見通しも多くなされたが、結果として、11月末に閉幕することとなった。臨時国会の閉会に伴い、官邸で温水総理は会見を行い、「来年の目標は、経済成長新戦略の策定と構造改革の加速だ」と発表した。特に、構造改革に関しては、来年の通常国会に、「構造改革推進法」というプログラム法案を提出し、改革に全力を挙げると表明したのであった。当然、この表明は、構造改革反対派から大きな批判が出ることとなった。
記者は、「総理、「ねじれ国会」の状況は、当然ながら続くわけですが、来年度予算案、予算関連法案、そして、構造改革の推進にあたって、民政党との関係を、どのようにお考えですか」と訊ねた。すると、
「民政党の小詰代表とは、いわば、”Star Crossed Lovers”といったところですな。協力できるところは協力し、議論をするべきところは議論をし、と、党利党略ではなく、オールジャパンの視点でお付き合いをしていきたいと思います」と温水は答えた。
記者は、「”Star Crossed Lovers”ですか?」と訊ねると、「そう、デューク・エリントン」と答えたのであった。
福沢は、青山にあるバーに神崎を呼び出していた。福沢は、目の前の夜景を眺めながら、ボーモアの17年物をロックで飲んでいた。そのバーには、ピアノが置いてあり、ピアニストは、ジャズを演奏していた。神崎は、「”Moonlight In Vermont”か」と言って、福沢の隣に座った。
「この店は、久し振りだな。懐かしい」と神崎は言った。「米国に行く前だから、もう10年以上も前だったかな」と、福沢は言った。
「それで、何の用だ」と、神崎は訊ねた。福沢は、ボーモアの入ったグラスに口を付けて、そして、「率直に言う。公共政策研究所に移籍してきてもらいたい」と言った。すると、神崎は、笑いながら、「何を言い出すんだ。面白い」と言った。
「もう知っていると思うが、俺のチーム、Team Policy Dragonは、温水政権のブレーンだ。これから、温水政権を支える。そのためには、あんたが必要なんだ」
「未来創造研究機構の”Japan Innovation”は、民政党のブレーンだぞ。温水政権を攻撃する、いわば敵だ。これから政権をめぐって、天下分け目の戦いが始まるんだ。そんなときに、俺に寝返れというのか」
「神崎、お前も感じていると思うが、上田は、すでにお前のことを見限っている。そして、お前も上田に疑念を持っている。すでに、上田との信頼関係は崩壊しているんじゃないのか」
すると、神崎は、言葉を失い、黙って、ボーモアを飲み干した。
「上田は、お前をチームから外そうとしている。すでに、新しいリーダー候補とも交渉が始まっている」と、福沢は言った。
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安藤とTeam Policy Dragonのメンバーは、恵比寿の龍天門という店に集まっていた。温水が呼び出したのであった。植村は、緊張のあまり、表情を硬くしていた。星野は、そうした植村の表情をからかっていた。暫く待っていると、温水が水島とともに現れた。
「待たせたな」と温水は言うと、福沢は、「待ちくたびれたよ」と答えた。安藤も佑奈も、そして吉沢も驚いたように、「失礼いたしました」と言った。植村は、何がなんだかわからないような顔をして立ち尽くしていた。麻衣は、小声で、「俊ちゃん」と言って、腕を叩いた。星野は、小さく、「ケケケ」と笑った。
温水は、「それは、申し訳なかったな。福沢「先生」」と言うと、席に座った。
一通りのコース料理を、世間話をしながら、食べ終わると、温水は、「さて」と言って、話し出そうとした。
「さて、君たちにお願いをしたいことは、私の内閣の基本的な経済政策の方針である経済成長新戦略のプランを作ってもらいたいということだ。私の基本方針は、持続可能性だ。日本社会の持続可能性、日本経済の持続可能性、日本財政の持続可能性、等々、を考慮してもらいたい。もうひとつは、消費者・生活者重視という視点だ。これまでの生産性の議論だけではなく、マクロ経済をサプライサイドからもディマンドサイドからもバランス良く見てもらいたい。それを、来年の通常国会の施政方針演説に盛り込みたい。とりあえず、第1段階の案、すなわち、グランドデザインで構わない。それを描いてもらいたい」と、温水は言った。
すると、福沢は、「経済政策の部分だけではなく、施政方針演説、俺たちが書こうか?」と言った。温水は、「良いスピーチライターがいるのか?うちには、スピーチライターがいないものでね、もし、良いスピーチライターがいるならば、頼みたいものだ」と答えた。
「スピーチライターなら、ここにいる」と言って、指を指した。指の先には、佑奈がいた。佑奈は、「私?」と言うと、福沢は、「そうだ」と言った。「今井は、大学院時代、米国の上院議員のボランティアスタッフをしていた。確か、大統領選挙も手伝っていたはずだ。俺は、この日本でもスピーチライターを育てたいと思っている」と言うと、佑奈は、「確かに、上院議員のスタッフをしていたし、大統領選挙も知事選挙も手伝ったことはあるわ。そして、スピーチ原稿を書いていたけど」と答えた。
安藤は、「しかし、一人では無理だろ。それに、分析担当が手薄になる」と言った。すると、「麻衣もスピーチ原稿を書けるから、今井を手伝うことが可能だ。俺も、原稿作成にコミットする。そして、分析担当には、神崎を入れることを考えている。経済成長新戦略には、いずれにしても神崎モデルが必要だ」と、福沢は言った。温水は、「神崎というのは、お前たちのライバルチームのリーダーのあの神崎か」と言うと、福沢は、「そうだ」と言った。
温水は、「それは面白い。よし決まりだ。施政方針演説、お前たちに任せる。それと、神崎を引き抜く件、いくらでもバックアップしよう。最高のチームを揃え、最高の施政方針演説を書いてくれ」と言った。福沢は、「任せておけ」と答えた。
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上田と福沢は、向かい合っていた。福沢は、両手をズボンのポケットに手を突っ込み、上田は、ダブルのスーツの前ボタンが閉じられているあたりで、両手を組んでいた。
「僕の過ちは、君を怪物にしてしまったことのようだね」と、上田は言った。「おかげ様で、あなたのやり方は、いろいろと学ばせていただきましたよ」と福沢は答えた。
「僕はね、君が、謝罪をすれば許そうと思っていたんだよ。もう一度、”Team Japan Creation”を任せようと思っていた。しかし、君は謝罪をしなかった。だから、僕は、君を永久追放処分にしたんだ。自分の犯した罪の重さを認識し、それを自ら購ってもらうためにね。しかし、君は、何もわかっていないようだ。いま、ふたたび、僕の前に、こうして現われて、僕の障害になろうとしている。もう、僕は、君のことを許さないよ」と、上田は言った。
「俺も、あなたには感謝をしている」と、福沢は言うと、「しかし、俺は再び、最高のチームを作る。その邪魔は、誰にもさせない。そして、借りは必ず返す」と続けて行った。上田は、Team Policy Dragonのメンバーを見渡すと、「これが君のチームかね。楽しみにしているよ」と言って、福沢の横を通り過ぎた。そして、麻衣の横を通り過ぎようとしたとき、「僕はね、君のことも覚えているよ。そして、これからも忘れないよ。石川麻衣さん」と言って、通り過ぎた。麻衣は、唾を喉の奥底に、ゆっくりと飲み込んだ。
植村は、「今の人が、上田玄三」と呟いた。吉沢は、「ああ」と答えると、星野は、「確かに、かなり食えないおっさんだな」と言った。
その夜、福沢の自宅のチャイムが鳴った。福沢は、玄関を開けると、麻衣が、涙を溜めながら、震えながら、立っていた。福沢は、「どうしたんだ」と言うと、麻衣は、「私のこと、力強く抱き締めてよ」と言って、福沢の懐に身体を預けた。福沢は、麻衣の身体を受け止め、そして、抱き締めた。「とても怖いのよ。あなたが側にいれくれなければ、私、壊れてしまいそう」と言った。福沢は、「わかるよ。よく、がんばったな。無理をさせて申し訳なかったな」と言った。
麻衣が落ち着くと、福沢は、麻衣をリビングにあるテーブルに着かせた。そして、福沢は、ホットココアを入れて、麻衣の前に差し出した。
「少しは、落ち着いたか」と、福沢が言うと、「俊ちゃん、ありがとう」と麻衣は言った。
「昔、いつも、お前が、お茶を淹れてくれたよな、あのお茶はおいしかったな」
「あの頃に戻りたいわ」と、麻衣は呟いた。
「ねえ、安部が死ぬとは思わなかったわ。私のやり方がまずかったのかしら」と、続けた。すると、福沢は、「麻衣、お前は、何も悪くない。お前を利用しようとした安部が悪いんだ。そして、上田に切り捨てられたぐらいで死を選ぶほど、弱い安部が全て悪いんだ」と、福沢は、言いながら、麻衣の肩を抱いた。麻衣は、頭を福沢の肩に預けながら、「俊ちゃん、今日は、優しいのね」と言った。
「安部のことだけではないわ。今日、上田に会ったでしょう。上田に、最後に言われた一言が耳から離れないのよ」と続けて言った。
福沢は、「お前を巻き込んで申し訳ないと思っているよ。俺は、俺がどんなになろうとも、お前のことだけは守る。だから、いまは、安心して、俺に寄り掛かっていろ」と言った。
「ありがとうね」と麻衣は言って、福沢の肩に麻衣は頭を預けたのであった。そして、麻衣は、福沢の温もりを、もっと求めるように、福沢の手を両手で包んだ。
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未来創造研究機構の上田の部屋では、上田は、神崎に、「疑って、申し訳なかったね。すべて、スパイの情報が間違っていたよ。神崎ちゃん、これからもよろしく頼むよ」と言った。神崎は、すべての言葉を飲み込み、「わかりました」と答えた。上田は、「それにしても、許せないのは、福沢だね。そして、石川麻衣。もう、邪魔で仕方がないね」と言った。神崎は、その様子を見ながら、部屋を出た。廊下を歩きながら、上田への不信感と疑念を高まらせ、それを強く押さえつけようとしていた。
翌日、福沢の部屋に、Team Policy Dragonのメンバーが集まっているところに、植村が遅れて飛び込んできた。佑奈は、「植村くん、遅いわよ」と言うと、植村は、「大変です。安部さんが、昨夜、下宿先のアパートの自室で、自殺しました」と言った。一瞬、その場にいた全ての人間が言葉を失った。しかし、福沢は、ドライに、「まあ、永久追放になったらしいからな。覚悟がないのに、スパイなんかやるからだ」と言った。星野は、「何もわかっていないから、上田に利用されてしまうんだろ」と言った。佑奈は、「でも、なんで、福沢くんは、そんなに上田周辺の情報を知っているの」と訊ねた。すると、福沢は、「それは、決まっているじゃないか」と笑った。佑奈は、その笑いですべてを悟って、「お互い様ということね」と言った。
溜池山王にあるANAインターコンチネンタルホテルのロビーを、Team Policy Dragonが全員で歩いていると、向こうから、上田がやってきた。そして、先頭の福沢と上田が対峙した。
上田は、「安部くん、かわいそうだったね。死んじゃったんだってね」と言うと、福沢は、「お前が、いつものように切り捨てたんだろう」と言った。すると、上田は、「君も、もっと早くに処理をしておくべきだったよ。僕は甘かったかな」と言った。そして、「福沢くん、僕は、君のことを絶対に許さないよ。目障りなんだよ。以前だったら、土下座でもすれば、あのこと、許してあげようと思ったこともあったけど、もう許さないよ。僕は、君を、永遠に這いあがれないようなところまで、叩き落とす」と言った。
福沢は、「私を、そこまで過分な評価をしていただけるとは、大変光栄ですよ。せいぜい、叩き落とされないように、がんばりますよ」と嫌味を言った。
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「情報を盗むだけでなくて、他人の恋人にまで手を出そうとするなんて、到底許せないな、カカカ」と、安藤は笑った。星野は、「お前、よっぽど、自分のこと勘違いしているんだな。ケケケ。お前と福沢を比べて、石川がお前を選ぶと、本気で思ったのか。本当にお馬鹿でお目出度い奴だ。ケケケ」と言った。
麻衣は、「これが絶対的な証拠よ。言い逃れできる?」と、安部に言うと、「騙したな」と言った。安藤は、「騙そうとして、騙される方が悪い。お前じゃ、こいつらと勝負すらなんないということだよ。カカカ」と言った。
「これで、エントラッセンだ。さて、安藤さん、今井、この処分、お前たちに任せるぜ」と言った。佑奈は、「すぐにクビよ。出て行きなさい」と言った。安部は、「ここを解雇されても、上田さんが面倒を見てくれることになっているんだ。必ず、復讐をしてやる」と言って、星野を振り払って、部屋から出て行った。
「あいつは、本当にわかっていないな。上田に偽情報を流したくせに、上田が許すと思っているのか」と、福沢は言った。佑奈は、「彼はどうなるのかしら」と言うと、「まあ、上田は許さず、永遠に、「さようなら」だな」と言った。
安藤は、「しかし、神崎の件は、いいのか。あいつは、上田に報告するぞ」と言うと、福沢は、「これで、神崎を辞めさせるつもりは最初からない。今回は、神崎の心の中で、上田への疑念、不信感を高まらせればいい。それが、ボディブローのように効いてくるはずだ」と言った。
星野は、「素人が中途半端に手を出すからだな。やけどどころか、すべてが燃えちゃった。全焼という感じだな。ケケケ。植村も気をつけろよ。この人たち、優しそうに見えて、みんな怖いお兄さん、お姉さんだからな」と言った。
植村は、唖然として、つばを喉を、「ごくり」と鳴らして飲み込んだ。
安部は、公共政策研究所の近くの公園から、上田の携帯に電話し、すべてを報告した。そして、「上田さん、私のこと、未来創造研究機構で引き受けてもらえるんですよね」と言うと、「何を言っているの。僕に、間違った情報を流し、混乱をさせ、そして、結果は大損害だよ。君は、永久追放。わかっていると思うけど、この業界だけではなく、どんな仕事もできないようにしておくから。「永遠にさようなら」」と言って、電話を一方的に切った。安部は、「ちょっと待ってください」と言って、電話をかけなおすと、すでに、着信拒否になっていた。安部は、絶望のあまり、その場で座り込んでしまった。
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「このリスト、解雇整理すると、3000万円ぐらいの人件費が確保できる。いま、未来創造研究機構の神崎の報酬は、2500万円。これに500万円上乗せして、神崎の年棒分の3000万円と一致させるようにした。これは、神崎の移籍というのをでっち上げ、真実味をもたせるためだけに、麻衣に作らせたリストだ」と福沢は、リストを佑奈と植村に渡した。佑奈は、「見事ね」と感心し、植村は、「僕も騙された」と、呟いた。
「よっつ。神崎の移籍の件。あんなのは、でっち上げだ。もちろん、神崎は欲しい。でもな、あいつの性格考えれば、お金だけでは動かんよ。上田も、もっと、神崎のことを信用してやれよ、と思う。ただ、この件については、上田も慎重になるだろう。だから、お前に確認させるだろうと思って、もうひとつ仕込んでおいた。解雇整理リストに諏訪の名前を入れておいた。お前の仲良しのな。そこで、お前は、リストに諏訪の名前が掲載されていることを利用して、諏訪に、植村に確認させたんだ」
「そうか、そうだったのか」と植村は言った。
「すべて、それは想像だな。確かな物証があるのか」と言って、安部は、麻衣を睨んだ。
福沢は、笑いながら、「五つ。お前、麻衣に接近しただろう」と言った。安部は、「石川、最初から、福沢と相談の上だったのか」と言うと、麻衣は、「相談なんかしないわよ。あなたが勝手に近づいてきたから、私の判断で対応しただけよ。俊ちゃんに聞かなくても、俊ちゃんが考えていることはわかるわ。私が作っていたリストの意味も。飛んで火に入る夏の虫とは、あんたのことよ」と言い、カセットレコーダーを取り出し、スイッチを押した。すると、昨晩の会話の内容が流れてきた。
「これが、人事異動対象者のリストよ」
「ありがとう、助かったよ」
「あなたが上田のスパイだったとはね」
「そうだよ」
「このリストを手に入ったところで、何をするつもりなの?」
「さあ、俺にはわからないな。全て、上田さんが考えてくれる」
「ふーん」
「福沢のこと、どう思っているんだ?」
「憎んでいるに決まっているじゃない。あの人が落ちぶれていた時、面倒を見ていたのは、私なのよ。いわば、福沢は、ヒモだったの。それが、仕事が見つかった途端、スタッフとは寝ない、と言い出して、私を捨てたのよ。本当に、ひどい男。私は、彼の財布でしかなかったわけ。利用するだけ、利用したのよ」
「俺が抱いてやろうか」
「馬鹿じゃない?何、その気になっているのよ。私は、私のことをいいように利用した福沢に復讐がしたいだけなのよ」
「あとね、上田さんのところの神崎さん、今度、うちのチームに移籍することを了承したみたいよ。それも、上田さんに報告をしておいた方がいいんじゃないかしら」
「ありがとう。助かるよ」
ここで、テープは終わった。
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書類は、麻衣の隣にいた安部に投げつけられた。安部は、目を丸くして、そして、麻衣の方を見た。
「安部、お前が、上田のスパイだ」と福沢が言うと、安部は、「何の証拠があるんですか。名誉棄損で訴えますよ」と怒鳴った。すると、福沢は、「俺のこと、少し甘く考えすぎていたんじゃないか?」と言った。麻衣は、「俊ちゃんはね、天性のフィラリストなのよ。空気だけでも、ほとんどの事実は把握できるのよ」と言った。安部は、「麻衣ちゃん」と驚いたような声を出した。福沢は、「感性だけで、お前がスパイだということを断定するほど、俺は自信家ではないぜ」と言った。
安部は、部屋から逃げだそうとした。すると、吉沢は、ドアの前に立ちはだかり、星野が、「ケケケ、観念せい」と言って、安部を後ろから羽交い絞めにした。そこに、安藤が入ってきた。安藤は、部屋に入って、開口一番、「この部屋には、子泣きじじいがいるのかよ」と、星野の様子を見て言った。
「いろいろと状況証拠はあるぜ。ひとつ、記者レクの企画案流出の件。申し訳ないが、企画案を、複数、作らせてもらった。A案、B案、C案、D案ってな。そして、めでたく、お前を身体検査するために作った案が、見事、上田のところに届いたわけだ。この時点で、要経過観察というやつだな。ふたつ、細川のスキャンダル記事のゲラ。これも見事、上田のところに届いた。この時点で、身体検査は終了、お前がスパイだってことは判明したんだよ。みっつめ、解雇整理対象者リスト」と、福沢が言うと、「申し訳ないが、俺は、人事異動、すなわち、配置を適材適所に変えるつもりだが、解雇整理はしない。もともと、解雇整理を含めたプランを福沢には発注していない。カカカ」と、安藤は笑いながら言った。
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「ちょっと、待ってください。どこから、そんな話が出ているんですか」と神崎が言うと、「僕はね、スパイを公共政策研究所に送り込んでいるんだよ。いや、送り込むというよりね、エージェントに仕立てているの。簡単なんだよ。お金の場合もあれば、性欲を満たすとか、いろいろな方法はあるけれど、すぐにエージェントになってくれた」
神崎は、上田のことを、見つめていた。そして、「そんなことをしていたんですか」と言った。
「ここに、公共政策研究所の雇用整理リストもある。この整理をすると、ちょうど、君の人件費ぐらいは確保できるんだよ。これも証拠だよ」と、上田は、リストを机に叩きつけた。
「こんなものまで、入手できるんですか」と言って、リストを見た。
「君が裏切るということは証明済みなの。すぐに、辞めていただいていいですよ。でも、僕は許さないからね」と上田が言うと、神崎は、「身に覚えのない話です。信じていただくしかないのですが」と答えた。
上田は、「信じられないよ」と言った。神崎は、「私よりも、そのエージェントの情報を信じるわけですか」と言うと、上田は、「当り前じゃない」と答えた。
公共政策研究所の福沢の部屋に、安部が入ってきた。すると、福沢は、「よし、全員、集まったな」と言った。佑奈は、「何を始めるの」と訊ねた。福沢は、息を吐いて、「そろそろ、はっきりさせておこう。今回、植村が諏訪に、神崎の件を話したことで、上田に漏れてしまったと、みんな心配をしていると思うが、それは真実ではない」
「実は」
「この中に裏切り者がいる」
星野は、「ケケケ」と笑い、吉沢は、溜息を付いた。植村は、「えっ」と驚き、佑奈は、再び、腕組をしながら、頭に手を当てた。麻衣は、平静を装う素振りをした。
「裏切り者は、お前だ」と言って、福沢は手に持っていた書類を、麻衣の方向に投げつけた。
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その日の午後、福沢は、Team Policy Dragonのメンバーを部屋に呼んだ。
「神崎の件、上田に漏れたようだ」と、福沢は言った。佑奈は、溜息を付きながら、頭に手を当てた。星野は、「ケケケ」と笑い、植村は、下を向いた。麻衣は、平然と、何事も無かったかのように振舞い、前を向いていた。「植村の坊ちゃんが話しちゃったからな。ケケケ」と言うと、植村は、「申し訳ありません」と言って、頭を下げた。そして、植村は、頭を下げながら、何かに気が付いたようであった。「でも、そうすると、スパイは、諏訪さんだってことですか」と、呟いた。佑奈は、「そういうことなの?」と訊ねると、福沢は笑っただけであった。そして、「諏訪にやらせている事務仕事を安部にやらせることにしよう。麻衣、安部を呼んでくれ」と言った。星野も、「ケケケ」と笑っていた。
未来創造研究機構の上田の部屋。上田はイライラしながら、神崎が来るのを待っていた。神崎が、部屋に入ると、上田は、開口一番、「なんで、呼ばれたか、わかっているよね」と言った。神崎は、「来週に、民政党に提言するレポートの件でしょうか」と訊ねると、「君も役者だねぇ」と嫌味を言った。
神崎は、「私には、何のことか、さっぱり、理解できないのですが」と答えると、上田は、「とぼけないでよ」と言った。
「僕は、すべて、知っているんだよ。君が裏切ろうとしていること」と、上田は、意地悪く言った。神崎は、「私が裏切る?おっしゃっている内容を理解できないのですが」と答えた。
「神崎くん。君、すでに、日本公共政策研究所への移籍を承諾したんだってね。後は、手続きだけの問題だという話じゃない」
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「上田ですが」と、上田が電話にでると、その男は、麻衣から聞いた情報を報告した。上田は、「なんだって。本当なの。それは、もう少し、調べてちょうだい。わかっているよね、別な人から聞き出すんだよ」と答えると、男性は、「わかりました」と言って、電話を切った。
翌朝、植村が出勤すると、諏訪が声をかけてきた。「ねえ、植村せんせい。噂を耳にしたんだけど、神崎が移籍してくるって、本当なの?」と訊ねた。植村は、驚いて、諏訪を、部屋の端の方に連れて行った。星野は、ソファに寝そべりながら、その様子を目の端で追い、その後、大部屋全体を見回した。
「どうして、知っているんですか。そのこと」と、慌てながら、植村は言った。諏訪は、「本当に、本当なの?」と言うと、植村は、「まだ、内緒ですよ。すでに、ご本人は、承諾済みで、あとは手続き上の問題だけのようです」と、こっそりと言った。諏訪は、「あわわ」と言っていると、佑奈が近づいてきて、「植村くん!」と言って、咳払いをした。諏訪は、コソコソと、その場を離れた。「植村くん、私の部屋に来てくれるかしら」と言った。
佑奈の部屋で、「ねえ、植村くん。この研究所の中でさえも、言っていいことと、秘密にしなければならないことがあるのよ。わかっているわよね。特に、人事案件については、トップシークレットなの。正式に決定するまでは、絶対に明らかになってしまってはだめ。わかった?」と、佑奈は植村に言い聞かせた。すると、植村は、「すみませんでした」と答えた。「いいわね。仮に、恋人であっても、機密事項は話してはだめよ」と、佑奈は念を押した。
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「最後に、今回の人事異動のリストです。解雇対象者、移動対象者をまとめました。まずは、この人事異動、人事の刷新を断行し、人心一新して、以上の改革に臨むべきかとご提案申し上げます」と、福沢は言った。
安藤は、「了解した」と言うと、福沢は、突然、「あと、神崎の移籍の件、本人が承諾しましたので、手続きをお願いします」と言った。すると、安藤は、にやりと笑って、「それは、私の方で、対応をしておこう」と言った。佑奈は、「ちょっと、待ってよ」と言った。しかし、福沢も安藤も、佑奈の話を聞こうとはしなかった。他のメンバーは、驚いた表情をしていた。
その夜、麻衣は、バーで男性と会っていた。「これが、人事異動対象者のリストよ」と言って、エクセル表を渡した。男性は、「ありがとう、助かったよ」と言った。「あなたが上田のスパイだったとはね」と麻衣が言うと、「そうだよ」と言って、男は自慢げに笑った。「このリストを手に入ったところで、何をするつもりなの?」と、麻衣が言うと、「さあ、俺にはわからないな。全て、上田さんが考えてくれる」と言った。
「ふーん」と、麻衣は言って、カクテルに口を付けた。
「福沢のこと、どう思っているんだ?」と、その男は訊ねた。
「憎んでいるに決まっているじゃない。あの人が落ちぶれていた時、面倒を見ていたのは、私なのよ。いわば、福沢は、ヒモだったの。それが、仕事が見つかった途端、スタッフとは寝ない、と言い出して、私を捨てたのよ。本当に、ひどい男。私は、彼の財布でしかなかったわけ。利用するだけ、利用したのよ」と言った。
すると、その男性は、「俺が抱いてやろうか」と言って、麻衣の肩に手を回そうとした。麻衣は、その手を振り払って、「馬鹿じゃない?何、その気になっているのよ。私は、私のことをいいように利用した福沢に復讐がしたいだけなのよ」と言って、カクテルを飲み干した。そして、「あとね、上田さんのところの神崎さん、今度、うちのチームに移籍することを了承したみたいよ。それも、上田さんに報告をしておいた方がいいんじゃないかしら」と言うと、席を立って、出口に向かった。男性は、「ありがとう。助かるよ」と言うと、電話を取り出し、上田の番号に電話をかけた。
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数日後、安藤の部屋に、Team Policy Dragonのメンバーが揃った。安藤は、豪華なチェアに座りながら、「改革プランができたのか?」と言うと、福沢は、A4の書類の束を渡した。安藤は、その書類を一読して、机の上に置き、「カカカ。これは、大胆なプランだな」と言った。
福沢は、「そのぐらい、やらなければ、シンクタンクの国際的な競争の中で取り残されてしまうでしょう。今のままでは、D.C.のシンクタンクと肩も並べられない」と言った。安藤は、「お前の基本構想は、国際的に通用するシンクタンクか」と言った。福沢は、「研究者も、グローバルスタンダードの中で競争をしていかなければなりません。シンクタンクも、井の中の蛙ではなくて、グローバルスタンダードの水準の中で、運営をし、競争をしていくべきです。ここが日本だとか、そういうのは、全く関係ありません。それが、最終的には、日本の国益になる」と言った。安藤は、「同感だな」と答えた。
「まず、研究職は、すべて最長5年契約とする。契約時の研究業績・キャリアに応じて、人事員会が契約年数を決定する。また、再任については、人事委員会からの諮問を受けた所内に設ける業績審査委員会が、契約期間内の研究業績を審査し、それを人事員会に答申する。その上で、再任とその契約年数を決定する。ただし、助手については、トラックであるとして、最長2年契約とする。助手としての再任はせず、契約終了時に、業績審査委員会が審査の上、研究員として契約をするかどうかを決定する」と、福沢は、説明を始めた。植村は、「厳しい」と呟いた。
「次に、事務職は、すべて最長3年契約とする。再任は、もちろん、妨げないが、理事会で、人事小委員会を作り、そこで、人事評価を行い、再契約及び承認について検討し、最終的には理事会で決定する」と、福沢は説明した。星野は、「俺は、すぐにクビになるかもな」と笑った。
「ミッションについては、英文及び邦文のレフリードジャーナルを発行する。エディティングボードには、国内外の一線級の研究者に入ってもらい、レフリーも所外の研究者に依頼する。もうひとつは、国際会議の開催。世界各国に、報告を呼びかけ、報告者を集める。若い研究者や途上国の研究者には、旅費の補助を出す。このようなことが考えられます」と、福沢が言うと、安藤は、「なるほど」と言った。
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諏訪は、「植村せんせい。なにとぞ、よろしく頼みますよ」と、しつこく、付きまとってきた。植村は、「やめてくださいよ。いい加減にしてくださいよ。怒りますよ」と言うと、諏訪は、「俺も福沢チームに入れてよぉ」と泣き言を言い出した。
植村は、「第一、僕に、そんな権限はないですよ。お願いするなら、福沢先生か今井先生じゃないですか」と言うと、諏訪は、「その2人が、最も苦手なんだよ~、俺」と言った。すると、「じゃあ、俺が口を聞いてやろうか」という声がした。
諏訪が振り返ると、星野であった。星野が、「ケケケ」と笑っていた。諏訪は、「あんたのことは、苦手と言うか嫌い」と言って、再び、植村の方に顔を向け、自分の席に戻って行った。星野は、「ケケケ」と笑った。そして、星野は、目の端で、大部屋を見渡していた。
福沢は、部屋の中から、ブラインダーを指で少し開けて、その状況を眺めていた。「さて、上田のスパイは、元気にしているかな」と言った。麻衣は、「上田からは、どのような指示が出されているのでしょうか」と訊ねると、「いろいろなやり方があるからな。最も情報を取りやすいのは、チームに入り込むことだよな。度胸があって、優秀な奴なら、チームの最も守りが薄い所に接触して、適当な理由を付けて近づいてくるだろ」と答えた。麻衣は、「なるほど」と、福沢の横から、大部屋の様子を伺いながら答えた。
「まずは、この研究所の改革プランを作らなければならないな」と福沢は言った。麻衣は、「どのような方向性で改革をするんですか?」と訊ねると、「ある程度、能力主義になるだろうな。適材適所に人材を配置していく」と答えた。
「そうすると、裏切り者もでてきますね」と言った。福沢は、自分のイスに腰を落として、「それが狙いだ」と答えた。
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「ところで、私が研究担当常務理事になったということで、研究所の運営について見直しをしていきたいと思っている。忙しいところ、申し訳ないが、これについても、君たちにプランを考えてほしいと思っている」と言った。
佑奈は、「わかりました。そのプランは、大胆なプランで宜しいのですか?」と訊ねると、安藤は、「それでいい」と答えた。そして、「もうひとつ、君たちのチーム、プロジェクト名を正式に決めないとな」と言った。福沢は、「名称には、そんな重要な意味があるわけではないから、なんでもいいですよ」と言うと、麻衣が、「Policy Dragon。Team Policy Dragonでどうですか」と言った。
佑奈は、「Policyの意味はわかるけど、Dragonというのは?」と訊ねると、星野が「植村竜太郎の竜なんじゃないの。良かったな。坊ちゃん」と、植村をからかうと、植村は、「そんなわけないじゃないですか」と慌てて否定した。
麻衣は、「臥竜です。福沢先生の道号は臥竜。今まで、水の中で伏していた龍が、いよいよ天に昇る」というと、安藤は、「お前たちのキャリアを考えれば、ぴったりの名前かもしれないな。臥竜か鳳雛、いずれかを手にすれば天下を取れるか」と言った。
佑奈は、「それじゃあ、Team 臥竜。Team Policy Dragonで行きましょう」と言うと、星野は、植村を突っつきながら、「坊ちゃん、残念だったな」と小声で言った。植村は、「当り前じゃないですか」と小声で答えた。
福沢は、「よし、これからの基本的な役割分担だ。今井、麻衣、植村、3人は研究分析担当だ。麻衣は、チーム全体のマネジメント調整も兼任だ。吉沢、お前は、永田町、霞が関との窓口、そしてファンドレイズ担当だ。そして、星野、お前にロジの全てを任せる」と言うと、それぞれが「はい」と返答をした。
安藤は、「Team Policy Dragon、期待しているぞ。カカカ」と言った。
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公共政策研究所の大部屋。細川の退任情報を職員が聞きつけて、大騒ぎになった。諏訪は、「細川さんは罠にはめられたらしい」と言った。その他の職員は、「安藤主席研究員が後任の研究担当常務理事になったらしい。つまり、細川派は、もう終わりだよ。これからは、安藤派がメインストリームになる」と言った。
諏訪は、「安藤派って、あるのかよ」と言うと、「それは、今井主任研究員と福沢のチームが、反細川派で、事実上の安藤派だっただろう」という声が聞こえた。「それじゃあ、福沢のチームが、これからは主流派かよ」という声も聞こえた。諏訪は、「早めに、福沢チームに入れておいてもらうべきだったなぁ。今からじゃ、無理かな。植村にでも頼んで、入れてもらえないかなぁ」と言った。
そこに、植村と星野がちょうど通りかかった。すると、諏訪は、早速、手を揉みながら、植村に近づいて、「植村せんせえ、なにとぞ、よろしくお願いしますだ」と言った。植村は、「なんのことですか?」と聞くと、諏訪は、「神さま、仏さま、植村さま」と拝んだ。その姿を星野は見て、笑いをこらえず、噴き出した。しかし、星野の目は笑っておらず、目の端で、異物を捉えようとしていた。
安藤の部屋には、福沢、佑奈、麻衣、植村、吉沢、星野が揃っていた。安藤は、「いよいよ、チームが完成だな」と言うと、佑奈は、「はい」と答えた。福沢は、「いや、もうひとり、必要だ」と答えた。安藤と佑奈は、驚きながら、福沢を見た。
福沢は、「温水政権の経済成長新戦略を立案するためには、マクロ経済理論モデルを構築することができる理論研究者が必要だ。しかも、ノーベル経済学賞級の研究者だ。その研究者を、このチームに迎える必要があると思っている」と言った。
安藤は、「もしかすると、それは、神崎のことか」と訊ねた。佑奈は、「神崎って、あの神崎」と言った。星野は、「またまた、福沢の兄ちゃん、面白いことを言い出したねぇ」と笑った。佑奈は、「しかし、彼こそ、私たちのライバルよ」と言うと、福沢は、「俺たちが闘う相手は、上田でも神崎でもない。さりとて、民政党の小詰でもない。俺たちは、日本という国のために闘うんだ。この国の未来のために闘うんだ」と言った。安藤は、「ただ、事実として、神崎のスカウトは難しいぞ」と言った。
福沢は、「それは、わかっている。神崎抜きで、経済成長新戦略の大部分は作ることができる。しかし、神崎を加えることで、その戦略は、完全なものとなる」と言った。安藤は、「福沢、お前に任せる。お前がそう言い出すということは、何らかの策とその勝算はあるんだろう」と言うと、「上田から送り込まれているスパイを利用させてもらうさ」と言った。星野は、「ケケケ」と笑って、「なるほどね。それは、また面白くなってきた」と言った。
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夜、福沢は、日の出桟橋に立っていた。すると、遠くで、何台もの車が車列を組みやってきて、停まった。そして、複数のSPに囲まれた男がやってきた。
「久しぶりだな。福沢俊明」と、その男は言った。その男は、温水総理だった。「祇園の「季節」で、毎晩、勉強会をしていたときが懐かしいな」と言った。福沢は、「あんたが、こんなに早く総理大臣になるとはな」と言うと、温水は、「俺も、そう思っている」と言って笑った。「俺は、民自党の中で嫌われ者ではぐれ者だった。だからこそ、東京にいなくても、あまり怪しまれなかったし、祇園でお前と政権構想を組むことができた」と続けた。
「今回は、助かった」と福沢が言うと、「これから、お前とお前のチームには、俺の政権のブレーンとして働いてもらうからな」と、温水は言った。そして、「どうだ。総理大臣補佐官として、官邸に入らないか。俺は、お前を官邸に欲しい」と、続けた。福沢は、「そうやって、梯子を降ろされたらかなわないからな」と笑いながら言った。温水は、「それは、そうだな」と言って笑った。
福沢は、笑うのを止めて、「暫くは、自由に動ける立場にいた方がいいだろう。上田の件もある」と答えた。すると、温水は、「そうだな。ただ、必ず、将来的には、官邸に入ってもらうぞ」と言った。福沢は、「全力で、あんたとあんたの政権を支える」と言った。温水は、「期待しているよ。困ったことがあれば、水島に言ってくれればいい」と言った。秘書官の水島は、福沢と握手した。
翌朝、研究担当常務理事の部屋の豪華なチェアには、安藤が座っていた。そして、机の前には、佑奈、福沢、麻衣、植村、吉沢が立っていた。安藤は、「これからが本当の勝負だ。頼むぞ」と言った。福沢は、「いよいよ、本格的に政策提言を作り始める。温水政権の基本政策だ」と言った。安藤は、「その件は、今朝、早速、温水総理の水島秘書官から連絡が来ている」と言った。福沢は、「経済成長新戦略だ」と言った。
福沢が部屋に戻ると、ドアの前に、星野が立っていた。星野は、片手にウイスキーボトルを持っていた。「俺が人生を捨てたとしても、禎子もみすずも、戻ってこない。俺は、いつまでも自分を責め続けるつもりだ。もっと厳しくな。俺は、今まで、自分を責めているつもりで、ただ、逃げていただけだ。刺激的な生活の中で、本当の意味で、自分自身を追い込みたい。だから、お前たちのチームのロジスティックス担当として、俺を入れろ。俺がロジをやるんだ。万が一もミスはない。ミスがあるとすれば、それはお前たち、研究者の問題だ」と星野は言った。そして、ウイスキーボトルを福沢に渡した。そして、「うまい酒の飲み方を教えろ」と言った。
福沢は笑って、星野の肩を叩いた。そして、「教えてやる」と言った。
未来創造研究機構の上田の部屋。
神崎は、「だから、あのプランには欠陥があると指摘したではないですか」と言った。すると、上田は、「わかっているよ。だから、なんとか修正案を作れって、言ったじゃない」と言った。その言葉を聞いて、神崎は、驚くとともに、怒りを心の中で溜めた表情で上田を直視した。「しかしながら、福沢は許せないし、公共政策研究所も許せないよ」と上田は、言った。すると、上田は、何かを思いついたそぶりを見せた。すると、携帯電話を取り出し、おもむろに、電話をかけだした。そして、「上田ですが。実は、ご相談が」と話しだした。
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その記事は、細川のスキャンダルに関する暴露記事であった。
すると、細川の携帯電話が鳴った。動揺しながら、細川が電話に出ると、相手は、総理秘書官の水島であった。
「細川さん。明日の週刊誌の記事の件、ご存知ですか。私も、先ほど、記事を拝見したのですが、これは、まずいですね。スキャンダルを政権としては抱え込むことはできない。細川さん、今回のお話、大変申し訳ありませんが、無かったことにしてください」と言って、電話を切った。
細川は、何度も、「もしもし」と言ったが、電話はすでに切れていた。そして、細川は、電話を落とした。すると、再び、電話が鳴りだした。
細川は、すぐに電話を取り上げ、「もしもし、水島さん?」と言うと、相手は、「水島?上田ですが」と言った。電話は上田からであった。
「上田さん、今から、福沢を切るから、例の話を、もう一度進めさせてもらえないか」と言うと、上田は、「細川さん。明日の週刊誌で、大変な記事が出るそうですね。まあ、裏切りのツケということですかな」と言った。細川は、「あなたの力で記事を止めていただきたい」と電話を片手に土下座をした。
上田は、「何を言っているんですか。私は、あなたのために、なぜ、そんなことをしなければいけないのですか。自業自得でしょう。さようなら」と言って、電話を切った。細川は、呆然自失の状態となった。ただ、その場に、力尽き、しゃがみ込むだけであった。
安藤は、「細川さん。追い打ちをかけるようで、大変申し訳ありませんが、この部屋は、荷物をまとめて、今日中に出て言ってくださいね。明日から、新任の常務理事として、私が使いますから」と言って、佑奈とともに部屋を出た。部屋のドアを占めると、細川の「ノー」という断末魔のような声が響き渡った。
安藤と佑奈は、福沢の部屋に入ると、福沢、麻衣、植村、吉沢、そして、星野が待っていた。「安藤さん、おめでとう」と福沢は言った。安藤は、「すべて、お前の計画通りか」と言うと、福沢は笑った。佑奈は、「ねえ、解説してもらえない?」と言った。
「今回の目的は、(1)上田と細川の計画、すなわち、俺の追放とこのチームの”Japan Innovation”への吸収を阻止すること、(2)温水政権を民政党から守ること、(3)このプロジェクトに消極的な細川を研究担当常務理事から外すこと、そして、(4)安藤さんを研究担当常務理事にすることだった。だから、政策提言は重要ではない。まずは、上田と細川の人間関係を崩壊させることだ。もともと、記者レクをするつもりはなかった。しかし、ある段階で、民政党案を批判する案が出ることを上田と細川に知らしめる必要があった。そこで、上田のスパイを利用して、非公式な形で、情報を流した。これが一つ目。次に、上田が細川に忠告し、民政党案への批判をしないことを、細川にコミットさせ、その後、細川に上田を裏切らせる必要があった。俺は、(2)の目的のために、温水総理に、民政党案の弱点を伝えた。温水総理と秘書官の水島と相談し、国家基本政策委員会という最高の舞台で、民政党案の弱点を明らかにすることを決めるとともに、細川に上田を裏切らせるためのアメを出してもらうことにした。それが内閣総理大臣補佐官という提案だ。これで、(1)の目的は達成する。これが二つ目。さらに、(2)と(3)の目標を達成し、細川に安藤さんを後任に推薦させ、細川の梯子を外すことが必要だ。そこで、ここも、温水総理と秘書官の水島が、細川に、安藤さんを後任に推薦するようにとの指示も出してもらった。同時に、吉沢が動いて、細川のスキャンダルを週刊誌の記事にさせた。これで、(4)の目的も達成できる」と言った。
佑奈は、「じゃあ、私たちが政策レポートを作っているとき、吉沢さんが別行動をしていたのは」と言うと、「吉沢には、細川のスキャンダルを徹底的に調査し、それを週刊誌に売るという工作を指示していた」と福沢は言った。
「まあ、それでも、細川が上田に泣きついても、上田が突き放すように、念には念を入れて、この週刊誌のゲラ、さりげなく、上田のスパイが入手できるようにセットした」と福沢は続けた。佑奈は、「それは、誰がやったの?」と言うと、福沢が見たのは、星野であった。
「上田のことだ。すでに、細川に裏切られた時点で、細川のスキャンダルを探すように、スパイに指示を出していたはずだ。スパイにとっては、かなりラッキーだったな。こちらとしても、記者レクとゲラの件で、誰がスパイかということを特定できた。これは、思わぬ収穫だ。これから、暫くは、活用させてもらうよ」と福沢は言った。
「よく、スパイを見つけ出せたわね」と佑奈は言うと、福沢は笑った。
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国会の委員会室では、温水の発言が続いていた。
「消費税というのは、地方間格差についても安定的な税でしてね。これを取り上げちゃうのは、下手すると、地方間の経済格差を広げてしまう可能性があるわけですよ。そうすると、格差是正も重要政策として掲げられている民政党さんにとって、かなり、矛盾を持ってしまうと思うんですがね。そういう意味でも、このプランは、実現するのは難しいですな」と言った。
小詰は、頭に手を当てて、首を振り、溜息を付いた。そして、委員会室の中に座っている網妻を睨んだ。網妻は、下を向いて、小詰と目が合わせないようにした。
「総理、ありがとうございます。それでは、次に、安全保障問題について、質問をさせていただきます」と質問内容を切り替えた。
福沢の部屋では、安藤と吉沢が歓声を上げた。植村は、状況を理解できないような素振りを見せた。麻衣は福沢に握手を求めた。佑奈は、「一応、勝ったのね」と言うと、福沢は、「まだまだ、今日は終わらない」と笑いながら、言った。そして、福沢は、週刊誌のゲラを佑奈に手渡した。
夕方、佑奈と安藤は、細川に呼ばれた。細川は、満面の笑顔を浮かべ、「安藤ちゃん。本日付で、君が、僕の後任として、研究担当常務理事となることが決まったよ」と言った。安藤は、「あまり、話の流れが読めないのですが」と言うと、細川は、「今井ちゃん、良くやったよ。君のチームの貢献が、温水総理の目に止まった。今日の委員会答弁では、窮地の温水総理を助けた。それで、君たちのチームが温水政権のブレーンとなることが決まった。
僕は、内閣総理大臣補佐官として官邸入りし、実質的に、君たちのチームを政権側で指揮を執る」と言った。佑奈は、「それは、おめでとうございます」と言った。細川は、「君たちのお陰だよ。それで、さきほどの臨時理事会で、僕の辞任が認められ、後任として安藤ちゃんを推薦し、それが認められたわけ」と言った。安藤は、「それでは、常務理事は、すでに、辞任されたと」と言うと、細川は、「そうだよ。もう、常務理事は、安藤ちゃん、君だよ」と言った。
すると、佑奈は、手に持っていたゲラを細川に見えるように差し出した。「お喜びのところ、申し訳ないのですが、明日の週刊誌に、この記事が出るとのことです」と言った。
細川の顔が笑顔から瞬時に青ざめた色に変わった。
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上田の部屋では、上田は怒り心頭で震えていた。「日本公共政策研究所のレポートだって。なぜ、日本公共政策研究所が邪魔するの。細川ちゃんは、何をやっているの」と言って、おもむろに、電話をかけだした。
福沢の部屋では、佑奈が、「日本公共政策研究所のレポートって何?いま、温水総理が言ったことって、私たちが記者レクしようとしていた内容だけど、なぜ、それを温水総理が知っているのよ」と言った。すると、福沢は、「それは、俺が、温水総理に教えたからだよ」と平然と言った。佑奈は、驚いて、言葉を失った。
細川の部屋では、細川が上田からの電話に出ていた。上田は、「細川ちゃん、大変なことをしてくれたね。例の記者レクの内容を止めさせないばかりか、公共政策研究所の名前をプロモーションするなんて、なかなか、やり手だね」と、嫌味っぽく言った。細川は、上田の言葉を聞きながら、午前中の出来事を思い出していた。
午前中に、細川は、官邸に呼び出され、温水と秘書官の水島に会っていた。そして、温水は、細川に、「僕は、政権を支えてくれるブレーンを探している。それを、あなたの公共政策研究所の福沢くんのチームにしようと考えている。そこでだ。あなたには、官邸と公共政策研究所の間をつなぐ仕事をお願いしたい。すなわち、内閣総理大臣補佐官として、官邸に入って頂き、公共政策研究所との連絡窓口をお願いしたい。つまり、あなたが補佐官として、具体的に、公共政策研究所を使って、私の政権の政策を作っていくということです」と言った。
細川は、信じられないような顔をしつつも、とても喜んだ。すかさず、秘書官の水島が、「できれば、明日からでも、総理補佐官として官邸に来ていただきたいと思っています。もちろん、機密事項ですので、まだ、公式的には文書は出せませんけど。また、総理としては、福沢チームを使うことから、公共政策研究所でのあなたの後任は、安藤泰さんを推薦してほしいとのお考えです。宜しいですか?」と訊ねた。
細川は、「全て、問題はありません。明日からお世話になります」と言った。温水と水島は、顔を合わせて笑った。
細川は、午前中の出来事を思い浮かべながら、「上田さん、今回のお話、大変申し訳ありませんが、無かったことにしてください」と言って、電話を切った。上田は、「細川!」と怒鳴ったが、すでに電話を切れていて、その声は細川には届かなかった。上田は、「細川、許さないよ」と言って、電話を叩き置いた。
細川は席を立ち、理事会が開催される会議室に向かった。その顔は、笑顔で満ち溢れていた。
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小詰は、「真剣に答えてください。YESかNOかで答えてください。総理、このプランを政府は実行することをお考えですか」と質問をした。
温水は、ゆっくりと上を見上げて、そして、ひとつ息をついて、「このプラン。確かに、素晴らしいご提案だと思いますよ。私なりに年金や税制の勉強をさせていただきました。その上で、いま、小詰代表の質問にYESかNOかでお答えするとするならば、NOでしょうな」と言った。委員会室は、ざわついた。
上田の部屋では、上田は、「断った。そうしたら、政府案をしっかりと出さないと、一気に支持率が落ちるよ。ぐふふ。」と言うと、神崎が、「もしくは、このプランの弱点を指摘するか」と呟いた。
小詰は、「それでは、政府には、私どものプランより、もっと、良いプランをお持ちなのですか?」と質問すると、温水は、「それは、いま、政府内で検討中です」と答えた。
小詰は、「代替案もないのに、NOというのですか。それは、あまりにも無責任なのでは」と言った。
上田の部屋では、上田が、「いい流れだ。これは、一気に、温水内閣を追い落とせる。一気に、攻勢をかけろ。ぐふふ。」と言って、腕を勢いよく前に出した。
温水は、「このプランを採用することの方が無責任でしょう」と答えた。
小詰は、「なぜ、そんなことが言えるのですか」と質問すると、温水は、「実はですね、日本公共政策研究所がまとめた調査レポートを拝見させていただいて勉強したんですけどね。このプランは、消費税5%を、そのまま、年金財源化することで、増税はいらない、というプランなんですけどね、これ、法律的に、なかなか難しいのではないかということなのですよ」と言った。
小詰は、「どういうことですか」と質問すると、「私もね、日本公共政策研究所の調査レポートを拝見して、気が付いたんですけどね、消費税法では、第29条で、消費税率というのは百分の四、すなわち、4%となっているんですよ」と答えた。
小詰は、「しかし、消費税は5%じゃないですか」と、少し神経質な感じで質問をした。
「なぜ、消費税法で、税率は4%なのに、5%なのか。それは、地方税法で決められている地方消費税というものがあるんですね。地方税法の中では、第72条の83で地方消費税の税率は、百分の二十五、すなわち、25%と決まっている。これを、消費税率に換算すると、1%分ということになって、足して、5%ということになるんですよ」と、温水が説明をすると、小詰は、黙ってしまった。
温水は、「そうするとですね、このプラン。消費税5%を年金財源化すると。そうすると、4%分は問題ないんですけどね、残りの1%を地方税から頂かないといけない。すると、地方から1%分の税金から召し上げてしまうことになってしまいますね。そうすると、地方自治体から、きっと怒られますね。「財源を地方に返してくれ」と」と言って、満面の笑みを浮かべながら、右手を「ちょうだい」という感じで、掌を返して、小詰の方に差し出した。
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福沢の部屋に、佑奈と安藤が入ってきた。部屋の中には、麻衣、植村、吉沢がいた。
佑奈は、「いま、細川に呼ばれて、記者レクを中止にしろと言われたわ。どうして漏れたのかしら」と言った。すると、星野が、福沢の部屋に入ってきた。星野は、酒を飲んでおり、フラフラしていた。そして、「この研究所の中に、上田のスパイがいるんだろ」と言った。
福沢は、笑いながら、「まあ、そういうことだろうな」と言った。佑奈は、「心当たりはあるの?」と訊ねると、「心当たりがあるから、利用させてもらったんだ」と福沢は言って、笑った。
星野は、「なかなか、刺激的なことをするねぇ。この兄ちゃん」と言った。佑奈は、「誰なの?」と言うと、「いま、それを言えば、お前は、そのスタッフを処分するだろう。しかし、まだ、利用価値はある。もう少し、遊ばせておきたい」と、福沢は言った。
佑奈は、「スパイのことはわかったわ。でも、これで、私たちの政策提言はできなくなった。もう終わりよ」と言うと、星野は、「この兄ちゃんが、わざわざ、そんな馬鹿なことをするわけないだろう。なあ、福沢の兄ちゃん」と馬鹿にしたように言った。
福沢は、含み笑いをした。安藤は、「この後、どうするつもりなんだ」と訊ねると、福沢は、「細川には、記者レクは中止にすると伝えておけ。お楽しみは、来週の水曜日だ」と言うと、吉沢を見て笑った。
植村が席に戻ると、わざと、植村に聞こえるように、「福沢のチーム、政策提言が中止になったらしいぞ」、「ざまあみろ」と言う声が聞こえた。植村は、その声がする方を向き、怒ろうとした。すると、星野は、植村の後ろから抱きつき、植村をくすぐった。「まあ、今は止めておけ。福沢の兄ちゃんは、そのうち、ケリを付けるつもりだ。お前が騒いだら、福沢の計画の邪魔をするだけだ。いまは、嫌われておけ。俺みたいにな」と、笑いながら言った。植村は、「あなたのことは僕も嫌いですよ。一緒にしないでください」と言うと、星野は笑いながら、「俺とお前は違うよ」と言った。
翌週水曜日、国会の国家基本政策委員会。温水総理と小詰祥子民政党代表が向かい合っていた。小詰祥子は、米国の大学院で博士号を取得した40代の女性議員で、亡くなった元総理小詰次郎の妻であった。そのため、
ファーストレディ時代には高度な政治センスも垣間見せ、党内で卓越したカリスマと国民的な人気を持っていた。もともとは、次世代のリーダーであったが、民政党は、政権交代の機運が高まったため、民政党の政策力を全面に押し出すために、この女性を代表として、先頭に立たせたのであった。
小詰は、質問を始めた。「総理、先日、私どもがお示しした年金財源安定化プランにつきまして、お聞きします。私どものプランについて、総理は、どのように思われますか」
「それは、感想ということでいいのでしょうかね。感想としては、大変、面白いご提案だと思いますよ」と、温水は、飄飄と言った。
この党首討論の模様について、福沢、安藤、佑奈、麻衣、植村、吉沢は、福沢の部屋でテレビを眺めていた。また、上田は、自分の部屋で、神崎とともにテレビを眺めていた。
上田は、「いよいよだよ。温水が小詰に詰め寄られて、丸投げする。ぐふふ」と言った。
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翌週の国会の衆議院予算委員会。民政党の網妻議員は、年金関連の質問をしていた。網妻議員は、「民政党年金財源改革プラン(案)」というプラカードを出して、「総理、私たちのプランを実行すれば、増税をせずとも、年金財源は安定化するんですよ。すぐに、決断をするべきではないですか」という質問をした。
すると、温水総理は、「ひとつの提案として、大変、有益なご提案だと思います」と答えた。網妻議員は、「総理、来週の国家基本政策委員会。党首討論の場で、ぜひとも、小詰代表に約束をしてもらいたい。民政党のプランを丸のみすると。いかがでしょうか」と質問をすると、「慎重に検討をしてまいりたいと思います」と答えた。
予算委員会終了後、議員会館で、網妻は、上田に電話をした。「上田さん、おかげさまで、万事、うまく行きそうですよ。政府には、プランは無いし、我々の案を否定することもできない。来週の国家基本政策委員会で、小詰代表に頭を下げるしかない。テレビを通して、国民の前で、温水総理に、政策がないことを、アピールすることができる」
上田は、「そして、そのまま、解散・総選挙になだれ込み、一気に、政権交代ですね。そのときは、網妻先生は、今回の手柄で、厚生労働大臣か官邸入りか、ですかね。おほほほ」と言った。網妻は、「そのときは、上田さん、あなたには、総理補佐官をお願いしますよ」と言った。
電話をしている上田の前に、あるファックス用紙が置かれた。そのファックスは、公共政策研究所の記者レクの企画案であった。タイトルは、「年金財源安定化を問う」というもので、民政党案を批判する内容であることが書かれていた。上田は、目を丸くし、網妻の電話を切ると、すかさず、公共政策研究所の細川に電話をした。
「細川さん、これ、なんなのよ」と、上田は、不機嫌そうに言った。「なんのことですか」と細川は訊ねた。「とぼけるのもいい加減にしてくれないかな。私が、あなたのところに送り込んでいるスパイが、すかさず、送ってきてくれたんだけどねぇ。」と、上田は、さらに、不機嫌そうに言うと、秘書に、ファックスを、すぐに細川のところに送るように指示をした。
ファックスが届くと、「すぐに、止めさせます」と、細川は言った。すると、「わかっているよねぇ。細川ちゃん。民政党のプラン、作ったのは、うちの神崎チーム。それを、あなたの研究所が批判するということは、今後、あなたの研究所とは、一緒に、共同研究できないってこと。早く、福沢を切っちゃってよ。目障りだから」と、上田は、強い口調で言った。細川は、「もちろん。任せてください」と言うと、上田は、「細川ちゃん。信頼しているよ」と言って、電話を切った。
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公共政策研究所では、勤務終了時刻となり、植村の周りは、ざわついていた。週末ということもあり、「どこどこへ飲みに行こう」とか、そのような話が出ていた。スタッフの諏訪は、植村のことも誘おうとすると、スタッフの安部が、「おい、やめとけよ」と言った。「あいつは、例の・・・、だろう」と言った。
植村は、呆然として、「どうしたんですか?」と言うと、諏訪は申し訳なさそうに、「お前、いま、例のチームのメンバーだろう。だから、お前、避けられているんだよ」と言った。植村は、「なぜですか?」と訊ねると、「まあ、福沢は嫌われているからな。お前も気をつけないと、同じように分類されちゃうぜ」と言った。安部は、「諏訪、早く行こうぜ」と言って、諏訪は、安部や、その他のスタッフと出て行った。
そこに、星野がやってきた。「おい、坊ちゃん。なに、動揺しているんだよ」と言った。植村は、「そんなに嫌われているんですか。僕らって」と言うと、「まあ、そんなもんだろう」と言って、去って行った。
植村が福沢の部屋に入ると、福沢、佑奈、麻衣、そして、吉沢がいた。植村は、「あの、僕たちって、嫌われ者扱いをされているようなんですけど。もっと、他の人たちと仲良くした方がいいんじゃないですか」と言うと、4人は顔を合わせ、そして、大声で笑った。植村は、「何を笑っているんですか」と、少し怒りながら言うと、佑奈は、「仲良くして、目的を達成することができれば、もちろん、それは必要ね」と言った。
「仲間というのは、仲良しでなければいけないのか?」と、福沢は、植村に訊ねた。麻衣は、「私たちは、友達を作るために会社に来ているの?それとも、仕事をしに会社に来ているの?」と、植村に訊ねた。植村は、目を丸くしていた。
「ねえ、植村くん。私たちは、仕事をしに、会社に来ているのよ。仕事の目的を達成するために、必要なことならば、するべきだと思うし、必要でないならば、するべきではない、と思うわ。私たちは、プロフェッショナルなの。それぞれ、自分の能力に誇りを持って、プロフェッショナルとして、自分の役割を、最高の状態で果たして、目的を達成するということこそが求められているのよ」と、佑奈は言った。
「前に、星野が欲しいと言ったときに言ったことの繰り返しになるが、人間性か能力かといえば、仕事に必要なのは、能力だ。プロフェッショナルとしての能力が高ければ、人間性は悪くたっていい。最もだめなのは、人間性も悪ければ、能力もないのに、自分の立場や権利を主張し、守ろうとする奴だ。競争社会というのは、弱い人間を困らせるためのものではない。自分の能力にとって、適切な立場を理解するためのものだ」と、福沢は言った。
「そして、最悪なのは、能力がないのに、他者の能力を嫉妬するだけの人ね。嫉妬するほど悔しいなら、自分の能力を高めればいいのよ。努力もしないで、見えないところで、陰口言って、こそこそとしている奴は最低ね。文句があれば、ちゃんと、論理的に言ってくればいいのよ。論理性・合理性があれば、正しいことは正しいのよ。それが建設的な議論なのよ」と、麻衣は言った。
「政策には、感情はいらない。論理の世界だ。人が、政策を誤る時、必ず、そこに感情が入り込んでいる。もっと、ドライにならなければ、何も決断はできない。俺たちは、政策プロフェッショナルなんだ。それは覚えておけ」と、福沢は言った。
植村が部屋を出ると、吉沢が肩を叩いた。「植村くん。チームとは、仲間とは、決して、仲良し集団ではないんだ。チームの中にも、常に、緊張感が必要だ。競争意識も重要だ。お互いに、お互いの能力を高めていくことができるチームこそが本当の良いチームであり、仲間だと思う。お互いに信頼をして、共通の目的を達成するために、個々人の能力を最大限に発揮することこそが重要だ。福沢という男は、本当は、とても優しい人間なんだ。付き合いのある人間については、その人のこれからの人生までも背負ってしまおうとするほど、彼は優しすぎるんだ。しかし、往々にして、彼は、裏切られ、傷つくんだ。だから、彼は、必要以上に、ドライになることで、過剰な優しさにブレーキをかけることで、バランスを保とうとしているんだ。無意識のうちにね。さきほどの発言は、その表れだ。だから、そのことだけは、覚えていてほしい。そして、福沢を信じてほしい」と言って、吉沢は去って行った。
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福沢は、自分の部屋に戻ると、麻衣がパソコンに向かっていた。福沢は、自分の席に座ると、「なあ、例えば、麻衣のお腹の中に、俺の子供がいたとして、切迫流産になってしまった。そのとき、俺が相も変わらず、仕事を続けて、そして、流産をしてしまったら、やっぱり、俺を憎らしく思うか」と福沢は麻衣に訊ねた。
麻衣は、少し考えて、「やっぱり、私が辛い時は、傍にいて欲しいとは思うわよ。もし、傍にいてくれなかったとして憎むとか恨むとかは、別の問題だと思うけど。たぶん、禎子さんが、星野さんに求めていたものと、私があなたに求めているものは違うし。正解はひとつではないと思うわ」
「星野の奥さんが星野に求めていたものとは?」
「想像だけど、禎子さんは、星野さんが仕事に熱中するのではなく、自分との時間や共感を大切にしたいと思っていたのではないかしら」
「じゃあ、麻衣が俺に求めているものとは?」
「それは、もちろん、俊ちゃんが日のあたる舞台で光り輝くこと。私は、俊ちゃんの生き生きとした姿を見ることが、私にとっての幸せだから」
福沢は、恥ずかしさを隠すように鼻で笑った。
「ねえ、そういう質問をするってことは、そろそろ、子供が欲しいということ?」と麻衣は言った。そして、麻衣は、福沢に近づくと、「ねえ、久し振りに、しよっか?」と囁いた。福沢は、優しく麻衣を見つめ、「やめておこうぜ」と言った。
「そうよね。福沢俊明のポリシーに反するわよね。福沢俊明のポリシーは、自分のスタッフとは寝ない、だもんね」と麻衣は、仕方なさそうに言った。
未来創造研究機構の専務理事室。上田が豪華な革張りのチェアに腰をかけて、書類を見ている。机の前には、神崎が立っている。「うん、これでいいじゃないの。これを網妻議員に渡すことにしよう」と、上田は言った。神崎は、「しかし、この提案には、大きな穴があります」と言い、説明をすると、上田は、「そのぐらい大丈夫だよ。誰も気が付かない。それよりも、インパクトが大事なんだよ。後は、僕に任せて。はい。お疲れ様。」と言った。神崎は、「わかりました。あとは、専務理事にお任せします」と言って、上田の部屋を出た。神崎は、納得が行かない表情をして廊下を歩き続けた。
上田の机の上には、「民政党年金財源改革プラン(案)」と書かれた冊子が置かれた。
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星野は、鼻で笑った。「馬鹿らしい、友情ごっこに付き合うつもりは、毛頭ないね。今さら、仕事をしたところで、禎子もみすずも戻ってきやしねえ」
「そうだろうな」と福沢は言った。「よく、仕事でがんばれば、立ち直れば、恋人が戻ってくるとか、そういう幻想を持つ奴がいるが、それは、あくまでも幻想だ。現実には、戻ってこないな。そんなこと期待しているとは、なかなか情緒的なんだな」と言った。星野は、「お前、喧嘩売っているのか」と怒鳴った。
「未来創造研究機構を事実上、追放されたとき、俺は、もう立ち直れないと思った。毎晩、バーに行って、隣に座った女性を口説いた。別に性欲を満たしたかったわけではない。今から考えれば、誰かに認めてもらいたかったんだな。誰かに一緒にいて欲しかった。だから、バーで、女性を口説き、寝られる女性とは寝た。一晩限りであることもあれば、数回、寝たこともあった。でも、だめだった。そのとき、気が付いたんだ。一緒にいて欲しい女性は一人だけだということを。ただ、自分が研究者であり、政策にコミットメントするつもりがある限り、その女性と寝ることはできなかった」と、福沢は言った。
「自分を許せるのは、自分しかいないんだ。あんたが、奥さんや亡くなったお子さんにギルティを感じるのはわかる。自分を許せないこともわかる。そして、その贖罪の気持ちが、刹那的に、自傷的に、酒と女性と賭けごとに、あんたを向かわせるということも理解できる。しかし、それを奥さんや亡くなったお子さんが本当に望んでいることなのか」と、福沢は続けていった。
星野は、「余計なお世話だ」と言った。
「あんたが志を捨てていない限り、あんたは必ず、俺のチームに入る」と福沢は言った。すると、「志なんて、すでに捨てているよ」と星野は反論した。
「それなら、なぜ、この仕事を続ける?俺は、一度、夢をあきらめたとき、完全に仕事から決別する覚悟を決めた。あんたが、この仕事を続けていることが、あんたが志を捨てていない最高の証拠だよ」と言った。
星野は、福沢が倉庫からでていくところを確認すると、「チッ」と舌打ちをして、福沢から手渡されたウィスキーボトルを空けて、ボトルに口を付けて、ウィスキーを飲んだ。
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「そして、その夜、お子さんは流産してしまった。星野が朝方に帰ると、禎子さんは泣いて座っていたそうだ」と、安藤は言った。
星野は、テーブルに向かって座っている禎子を見て、「禎子、お前、起きてて大丈夫なのか」と言った。禎子は、何も答えなかった。「寝てなければ、だめじゃないか」と星野は続けていった。禎子は、「もういいのよ」と言った。星野は、「もういいって、どういうことだ」と言うと、「もう、赤ちゃんね、いなくなっちゃったから」と言った。星野は、絶句し、その場に立ち尽くした。
「ねえ、あなた、私は、あなたのこと、もう信じられない。顔も見たくない。別れましょう」と禎子は呟いた。
「何を言い出すんだ。禎子」と言うと、「私は、あなたのこと、ほとほと呆れたわ。仕事人間で、仕事に熱中している姿、私は好きだったけど、私たちの子供のことを犠牲にできる人とは思わなかったわ」と禎子は言った。星野は、「別に犠牲にしようと思ったわけじゃない」と言った。
「明日、私が家を出て行きます。離婚の詳しいことは、少し落ち着いてから決めましょう」と言って、禎子は寝室に向かった。
「それから、離婚が正式に成立した。その後から、星野は、今のような状態になった。細川も一応は罪悪感があるのね。普通だったら、解雇するべきでしょうけど、遊ばせている」と佑奈は言った。
星野は、倉庫の中で、ウイスキーボトルに口を付けて飲んでいた。そして、「禎子、みすず」と呟いた。「俺が、あのとき、仕事に行かなければ」と言って、一気に、ウイスキーボトルを空けた。すると、足音が聞こえてきた。星野は、「誰だ」と言うと、福沢がウイスキーボトルを持って現れた。
「なんだ、お前か」と、星野は言った。「俺にも経験があるが、そういう飲み方をすると、身体に悪いぞ」と言った。星野は、「うるせえ」と言って、ウイスキーボトルを福沢に投げつけた。福沢は、飛んできたボトルを除けると、ボトルは壁に当たり、割れた。
「贖罪の気持ちを昇華させるために、酒を飲んで、女性を抱くか。それも、刹那的に。それは、昇華させているのではなく、ただ、自分の弱さに気がつかないで、逃げているに過ぎない」と福沢は言うと、星野は、「お前に何がわかるんだ」と言った。すると、福沢は、「俺は、贖罪の気持ちではなく、悔しさと憎らしさだったけどな、今のあんたと同じように逃げていた。酒を飲んで、女性を口説いた。そして、刹那的に抱いた。自分自身に言い聞かせるために、何かしらの理由付けをしてな。俺のことを愛してくれる人がいるのに、俺は最低の男だよ」と福沢は笑いながら言った。
そして、福沢はウイスキーボトルを星野に手渡した。「うまい酒の飲み方を教えてやる」と、福沢は言った。そして、「俺のチームに入れ。お前の信念を取り戻すんだ。そして、みんなで、うまい酒を飲むんだ」と言った。星野は、ただ、福沢の顔を眺めていた。
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「奥さん、禎子さんは、切迫流産になってしまい、安静な状態を続けなければ、お子さんが流産してしまう、という状態になった。トイレに立ち上がることすら、慎重にならなければならず、星野は自宅で禎子さんの看病を続けた」と安藤は言った。
佑奈は、「そのとき、彼の仕事は、細川常務理事の仕事だった。細川常務理事は、何度も星野の携帯に電話をした。そして、その都度、1時間も2時間も、星野に仕事の話をしていたらしいわ」と言った。
「星野は、何も言わなかったが、細川常務理事が話をしている間、当然ながら、禎子さんの看病はできなかった。禎子さんは、細川常務理事のことを恨んだそうだ」と、安藤が言った。
「一度、禎子さんは、星野に言ったそうよ。「もう、会社からの電話に出るのは止めて」って。「今は、私と子供のことだけを考えて」って。しかし、星野は電話に出続けた」と佑奈は言って、溜息をついた。
「その事件が起きたのは、雨が強く降る夜だった」と安藤は言った。
星野の電話が何度も何度も鳴った。星野は、携帯のディスプレイを見ると、細川の携帯からの電話であることがわかった。星野は躊躇いながらも、電話が鳴り止むのを待っていた。禎子は、ベッドの上で、「お願いだから、電話に出ないで」と小さな声で言った。しかし、10回目の着信で、星野は電話に出た。
細川は、「遅かったじゃないか」と言った。星野は、「すみません」と謝った。細川は、「今から出てこられるな」と言った。星野は、「えっ」と言って、少し間を置いた。「お前がいないと仕事が回らないんだ」と、細川は言った。
「しかし、妻の体調が悪くて」と、星野は言うと、細川が電話の向こうで溜息をつくのが、星野には鮮明に聞こえた。「お前は、世界一のシンクタンクを作るのではなかったのか。今、出てこなければ、お前は用済みだ」と言った。星野は、ベッドに寝ている禎子の方を向いた。禎子は首を振り、「行かないで」と言った。星野は、携帯電話を胸に当て、天を仰いだ。そして、携帯電話を、再び、顔に寄せ、「わかりました」と言った。禎子は、涙を流した。
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「俺一人の力では無理だ。チームがあったからできた。しかも、かなりトレーニングと経験を積んだチームがあった。あのとき、チームのメンバーは、それぞれ、自分の役割を熟知していて、次のアクションで何をするべきか、ということを予測して動いていた。俺が、いちいち最初から指示を出さなくても、オートマニズムが徹底していた。高級車に乗っていたような感覚だ。俺は、ハンドルを握り、アクセルとブレーキを踏むだけで良かった」と福沢は言った。
「つまり、星野には、そのエンジンとなることを期待しているわけだ」と安藤は言った。続けて、「確かに、星野の能力は、お前が言うようなコントリビューションができる能力を持っているだろう。さっき、能力か人間性かと言えば、能力だ、と言ったな。しかし、星野には、根本的に欠けているものがある。それは、モチベーションだ」と言った。
「なぜ、星野は、モチベーションを失ったんだ?」と、福沢は訊ねた。すると、「星野は、2年前までは、とても優秀なスタッフ、バックオフィサーで、家庭を顧みず、仕事に打ち込んでいた。24時間全てを仕事を捧げていたと言っても良いだろう。星野は、いつも「自分が世界一のシンクタンクを作る」と言っていた」と、安藤は話し始めた。
「安藤さん、俺が公共政策研究所を世界一のシンクタンクにしますよ。バックオフィスの仕事は任せてください。安藤さんは、良い研究成果を出してください。それを、俺が、世界に売ります」と、星野は言った。
「期待しているぞ。しかし、少しは奥さんのことも考えてやれよ。こんど、お子さんができたんだろ」と安藤が言うと、「へへへ」と星野は照れ笑いをした。「安藤さん、もう、名前は考えてあるんですよ。みすず、っていう名前にするんです」と星野が言うと、「女の子なのか」と安藤は訊ねた。「まだ、わかりません。男の子だったら、また考えます」と言って、笑った。
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安藤、麻衣、植村、吉沢が部屋を出て、部屋には、佑奈と福沢が残った。福沢は、「そういえば、さっきのハッピーエンドとかなんとかっていうのは、なんのことだ」と言った。佑奈は、「ねえ、あなたって、スタッフと寝ないんだってね」と言った。福沢は、「私情が入ると、冷静な判断ができないからな」と答えた。
「福沢くん、あなた、麻衣さんとの関係、どう考えているの」と訊ねた。
「昔の話、聞いたのか?」と福沢が言うと、「ええ」と答えた。
「あいつ、余計な話を」と言い、少し、間を空けて、「麻衣は、いまは、このチームのメンバーだ。私情を挟みたくない。しかし、麻衣には、言葉では言い表せないほど感謝しているし、愛している。いずれは、一緒になりたいと思っているよ」
「ねえ、福沢くん。私は、神崎とはうまくいかなかった。だから、あなたたちには幸せになってもらいたいわ。もう、あなたたちには、この数年間味わってきた想いは、もう二度と経験させないわ」
「今井、俺たちは、お前や安藤さんに感謝をしている。それは、忘れるな」
「楽しみにしているわ」と佑奈は言って、部屋を出た。
星野は、競馬新聞を片手にぶらぶらと歩いていた。そして、植村を見かけると、「よー、植村。最近、張り切っているねぇ」と言った。植村は、迷惑そうに、「いま、忙しいんです」と言った。そこに、佑奈がやってきた。「星野くん、邪魔しないで」と佑奈が言うと、「これは、これは今井先生、失礼しました。怖い、怖い」と言って、植村から離れた。
すると、星野の携帯電話が鳴った。星野が電話に出ると、相手は女性の声であった。「あー、あきこちゃん。今日、同伴して欲しい?うーん、どうしようかな。でも、暇だから、行っちゃおうかな」と言った。佑奈は、やれやれ、という顔で、溜息を付いた。佑奈の後ろに福沢がやってくると、「ねえ、福沢くん。あれでも、欲しいの?」と聞いた。
福沢は、「優秀なロジ担が必要だからな」と言った。佑奈は、「ロジだったら、あなただって、かつて、ロジの神様って言われていたじゃない。未来創造研究機構での年次カンファレンスで、10会場を同時に進行したのは見事だったわ。常に、トラブルが発生していたのに、すべて瞬時に解決していった。あれは、芸術だったわ。それに、麻衣さんだって、ロジに関しては優秀な能力を持っているじゃない」と、佑奈は言った。
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佑奈が、「神崎のチームに入れないような提言?」と聞くと、「近く、神崎のチームが作成した年金財源に関わる提言を、民政党の網妻裕人衆議院議員が発表する。それに反対する提言を、緊急提言として出してやればいい」と福沢は言った。
安藤と佑奈は、顔を見合わせた。「今回の目的は、ただひとつ。神崎のチームが作った民政党案を潰すことだ。それも派手に、しかも手柄は細川のものにする。それによって、上田は恥をかく。あいつの性格を考えれば、恥をかかされれば、その相手を自分の懐には入れようとしないだろう。上田と細川の人間関係を分断させられる」と、福沢は言った。
「今井、お前にも提言づくりの作業をやってもらうぞ。政策提言づくりのメンバーは、今井、麻衣、植村の3人だ」と言った。佑奈は、「あなたは入らないの?」と聞くと、「俺には別の仕事がある。お前なら、俺の代わりができる」と言った。「安藤さん、あなたにもやってもらいたいことがある」と福沢は続けると、「なんだ?」と、安藤は訊ねた。
福沢は、「残念ながら、細川とは同じ舟には乗れないようだ。安藤さん、あんたに研究担当常務理事になってもらう」と言った。安藤は、「お前、本気で言っているのか?」と言うと、福沢は、「本気だ」と言った。「吉沢、今回は、お前には暗躍してもらうぞ」と福沢が続けると、吉沢は「わかっているよ」と言った。
「あとは、ロジスティックスなんだが、やはり、星野が欲しい」と福沢は言った。
佑奈は、「彼はだめよ」と言った。安藤は、「星野は、優秀な男なんだが、やる気を失っている」と言った。福沢は、「それでも、星野のロジ担としての能力が欲しい」と言った。
「能力が優秀なら、仕事に人間性は関係ない。もちろん、能力が高くて人間性が良ければ最高だが、どちらかと言われれば、能力を取る」
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安藤は、「つまり、福沢俊明を切るということが条件なわけですね」と言うと、細川は、「さすがに、安藤ちゃん、物わかりがいいねぇ」と言った。佑奈は、「常務理事、お言葉ですが、現在、当研究所のチームも独自財源の確保のため、ファンドレイジング活動を進めています。徐々にではありますが、研究所にはご迷惑をおかけしない形になるかと考えております」と言うと、細川は、「それは、いつなの」と意地悪く訊ねた。佑奈は、「まだ、はっきりとは」と言葉を詰まらせた。
細川は、「じゃあ、話は決まりのようだね。あとは、よろしく頼むよ」と言って、チェアを回転させた。佑奈は、何かを言おうとしたが、安藤は、佑奈を制止した。
細川の部屋を出ると、佑奈は、「安藤さん、あなたも、常務理事と同じ意見なんですか」と詰問した。安藤は、「まあ、そんなに感情的になるな。いま、やらなければいけないことは、何でもいいから、第1弾の政策提言を出すことだ。1度、政策提言さえ出してしまえば、それから”Japan Innovation”に吸収されるのは、世間体が悪くなる」と言って、二人で、福沢の部屋に向かった。
福沢の部屋で、安藤と佑奈は、事情を説明した。福沢は、特段、驚く様子もなく、「まあ、上田が考えそうなことだな。いつものことだよ」と言った。麻衣は、不安そうな顔をした。佑奈は、それを見て、「大丈夫よ。私が必ず、守るわ。どんなことをしてでも。そして、必ず、あなたたちにはハッピーエンドを迎えてもらう」と言った。
安藤は、「重要なことは、第1弾の政策提言を出すことだろう」と言うと、「それも、神崎のチームには入れないような提言をな」と福沢は言った。
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翌日、安藤と佑奈は、細川の部屋に呼び出された。安藤と佑奈が、細川の部屋に入ると、細川は開口一番、「例のプロジェクトはどうなっているの?」と訊ねた。佑奈は、「メンバーを集めている段階です」と言うと、細川は、「今井ちゃん、ちょっと、行動が遅いんじゃないの?」と、意地悪く言った。
佑奈は、「しかし、メンバーは、しっかりとセレクションしませんと、政策提言の質にもかかわってきますし」と言うと、細川は、「福沢がダメなんじゃないの?」と、さらに意地悪く言った。
「ねえ、安藤ちゃん、今井ちゃん。福沢の評判、聞いたよ。いろいろと問題児らしいじゃないか。未来創造研究機構のときも、上役と意見がぶつかって、大変だったみたいじゃない。本当に、そんな暴れ馬、君はコントロールできるの?」
「もちろんです。細川常務理事にはご迷惑をおかけしません」と、佑奈は言うと、「すでに、迷惑がかかっているんだよ。新政権ができた、解散・総選挙も近い。チームを作って、人件費がかかっている。それなのに、政策提言のひとつも出てこない。どうすればいいのよ、ねえ、安藤ちゃん、今井ちゃん」と言った。
「申し訳ありません」と佑奈が言うと、細川は、「福沢俊明。彼を切って、新しいチームを作るのがいいんじゃないの?」と言った。
「と、言いますと」と、佑奈が訊ねると、「ほら、未来創造研究機構の”Japan Innovation”あそこに、うちの研究所も参加すればいいんだよ。独自にチームを立ち上げるのではなくて、あそこのチームは、産官学連携の共同プロジェクトで、僕たちも入ればいいというわけ」と、細川は答えた。
「それですと、当研究所の立場は、相対的に低いものになります。One of Themということになってしまいますわ」と佑奈は、反論した。
「安藤ちゃん、いま、”Japan Innovation”のプロジェクトに入ると、研究分担機関として、研究助成金、毎年、1億円が支給されるんだって。1億円だよ。大きいよね。今のままじゃ、持ち出しだしねぇ。福沢を失うだけで、得るものの方が大きいよ」と、細川は言った。
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「解散・総選挙は、いつなのか、というご質問ですが、それは、わかりませんなぁ。確実に言えるのは、衆議院は、任期満了まで、まだ2年ほどある。遅くとも、2年後には総選挙をやらなければいけないでしょうな。まずは、改革を進め、信頼を頂ける制度を作っていかなければならない。私の内閣では、日本という国が持続可能であるための制度設計をしていきたい。それを優先していきたいと思いますから、あとは、国民の皆さんに適切な時期に、私たちの政策を評価していただくということになるでしょうな」
福沢は、「国会が衆議院と参議院で、ねじれているから突発的な解散はありうるかもしれないな。しかし、温水としては、できるだけ、2年の間で、支持率が最も高いタイミングで解散に打って出るというところだろう」と言った。
首相官邸内の総理執務室。
温水は、秘書官の水島を執務室に呼んだ。水島は、20年来、温水の秘書を務めており、温水にとって、最高のパートナーであり、戦友であった。
「総理、お呼びですか」と、水島は、総理執務室の机の前に立った。温水は、豪華な革張りのチェアにゆったりと腰を落ち着かせながら、「総理のイスが、こんな形で回ってくるとは思わなかったな」と言って笑った。水島も笑った。「突然過ぎて、政権のグランドデザインもおぼろげだ。こんな状態じゃ、選挙どころじゃない。選挙も見据えながら、政権のグランドデザインを描いてくれるブレーンが欲しいな」と、温水は言った。
水島は、少し考えてから、「未来創造研究機構の”Japan Innovation”というチームがありますね」と言った。温水は、「しかし、それは民政党のブレーンになっているだろう。特に、あそこの上田が民政党に近すぎる。選挙で戦う相手と同じブレーンを使うわけにはいかないな」と言った。水島は、また少し考えて、「それならば、最近、日本公共政策研究所で新しいチームが立ち上げられたそうです。未来創造研究機構の”Team Japan Creation”のリーダーであった福沢俊明が中心のようです」と答えた。
温水は、「”Team Japan Creation”と言えば、あの山中幸樹氏が作ったチームだな」と言った。水島は、「そうです」と答えた。すると、温水は、「それはいい。少し試してみるか」と言った。
赤坂の料亭。
上田が待っていると、公共政策研究所の研究担当常務理事の細川がやってきた。細川は、「お待たせしました」と言った。上田は、「いえいえ。私たちは、これから良きパートナーになるんですから、固いことは抜きにしましょう」と言った。
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首相官邸の会見室。
「このたび、総理大臣を拝命いたしました温水康一郎です。本日、組閣を実施いたしました。安土前総理の突然の退陣に伴い、政治空白を作ってしまったこと、まずは、与党の責任者として、国民の皆さんにお詫びを申し上げます。私の内閣は、構造改革推進内閣であります。我が国の将来のために、粉骨砕身、構造改革に取り組んでいくつもりであります。なにとぞ、よろしくお願い申し上げます」
「総理。毎朝新聞の吉井です。まずは、年金問題について、安土総理は、年金制度の安定のため、政治生命を賭けるとまでおっしゃられていた。総理は、どのような意気込みをお持ちでしょうか。」
「年金問題についてですが、できうる限りの努力をいたしたいと思います。政治生命を賭けると言えば、格好が良いのでしょうが、それを言って喜ぶのは、マスコミの皆さんと野党の皆さんだけでしょう。私は、皆さんを喜ばせるために総理になったわけではないし、総理の職責も、私の政治生命も、年金問題だけに賭けるわけにはいかない。問題は山積しているのです。私は、そこまで自信家ではありませんよ」
「総理。読産新聞の田丸です。先日の参議院選挙で与党が大敗し、衆議院では与党が多数、参議院では野党が多数と、いわゆるねじれ現象が起きており、民政党は、政府の法案について、納得した法案でない限り、参議院を通さないと言っています。この点について、どのようにお考えですか」
「民政党さんは、これから参議院に法案を出してくることでしょう。しかし、私ども与党は、参議院では過半数を持っていないけれど、衆議院では過半数を持っている。民政党さんの法案が、仮に、参議院を通ったとしても、衆議院では、我々が納得しない限り、その法案は通過しない。すなわち、法案は成立しないのです。ゲーム理論で言えば、非協力ゲームである限り、法律がひとつも成立しない可能性がある。それが、本当に、あるべき政治家の姿なんですか、と、私は、民政党にお訊ねしたい。私は、そうではないでしょう、と。協力できることは協力しなければいけないでしょう、と。私たちは、何のために、政治家であり、政治の世界で仕事をしているのか、と言えば、日本のために、国民の皆さんのために仕事をしているわけですから、そのあたりは、しっかりとご理解をいただかなければ困る、そうでなければ、現在の国会の状況は、子供に危険なおもちゃを与えてしまっただけに過ぎないと危惧しています」
この記者会見の模様を、福沢は、公共政策研究所の自室で、佑奈、麻衣、植村、吉沢とともにテレビで見ていた。吉沢は、これまで政策秘書を務めていたが、新たにチームに加わったのであった。
「温水という男、なかなか、したたかな男だな」と福沢は言った。
佑奈は、「安土総理の突然の退陣も驚いたけど、さすが、民自党ね。2週間ほどで、さほど、混乱もなく、新しい総理を選出してくるなんて」と腕を組みながら言った。
「温水という男、民自党の最後の切り札ですよ」と吉沢は言った。「彼を総理にするということは、それだけ、民自党は追い込まれている。ここで一か八かの勝負だということでしょう」と、吉沢は続けた。
佑奈は、「これで、解散・総選挙は近くなったかしら」と言うと、福沢は、「いや、遠くなっただろうな」と言った。
テレビ画面の中では、ちょうど、解散・総選挙に関する質問が出て、温水総理が答えようとしていた。
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「関西の経済界の重鎮は、そのNPOに激怒したわ。しかし、福沢の解雇は取り消されなく、職を追われた。関西の経済界の重鎮は、福沢のために、祇園の季節というお茶屋さんで、新しいグループを作ることにした」と麻衣は言うと、佑奈は、「だから、彼は、祇園に入り浸っていたのね」と言った。
「この研究所に来たとき、福沢は、季節のツケは、すべて研究所に回すようにしたって、冗談で言っていたでしょう。でも、実際には、請求は来なかったはず」
「確かに、経理からも細川常務理事からも、何も聞いていないわ」
「クリスマスイブの日、私と福沢は、部屋の中で、二人だけのクリスマスパーティーをした。特別な料理とかは用意しなくて、いつも通りの夕食だったけど、シャンパンを開けた。福沢は、恥ずかしそうに、私に包装紙に包まれた小さな箱をくれたわ。箱の中を見ると、指輪が入っていた」
「確か、9号で良かったよな」と福沢は言った。「この前はごめん。変なことを言って。今は、稼ぎがそんなにないから、安い指輪しかあげられないんだけど、いつの日かは、ちゃんとした指輪を買うから。これから、苦労をかけつづけるかもしれないけど、一緒に、これからもいて欲しい。言っている意味わかるよな?」と、福沢は恥ずかしそうに言った。
麻衣は、指輪を見ながら、涙をこぼした。そして、涙が指輪の上に落ちた。
「ごめん。何か悲しませること言ったかな。何と言えばいいのかな。つまりだ、もう少し、ちゃんとした職に就いたら、結婚しよう」と、福沢は頭をかきながら言った。
麻衣は、指輪を抱えながら、泣いた。そして、「ありがとう」とつぶやいた。そして、福沢は、麻衣の左手を取って、薬指に指輪をはめた。麻衣は、もう一度、「ありがとう」と言った。
「必ず、あなたたちの物語は、ハッピーエンドにしなければね」と佑奈は、涙を溜めていった。佑奈が、麻衣の左薬指を見ると、指輪が輝いていた。それを確認すると、佑奈は、強い決意を固めたように、「私には、それができなかったから、だから、あなたたちは、絶対に」と言った。
そこに、植村がドアをノックし、部屋に飛び込んできた。「今井先生、大変です。安土総理が辞任をするというニュースが速報で出ています」と焦りながら言った。佑奈は、涙を気付かれないように拭くと、急いで、部屋の中にあるテレビの電源をオンにした。すると、テレビでは、「安土総理、退陣表明」という速報が表示されていた。佑奈は、麻衣に、「すぐに、福沢くんを呼び出して。いよいよ、政局が動き出すわ」と言った。
そのニュースを、未来創造研究機構でも見ていた男たちがいた。
上田は、「いよいよ、動きだしたね。これで、解散・総選挙になれば、一気に、民政党政権の誕生だよ。僕たちが、政権を作れるんだよ。ぐふぐふ」と言った。
「その前に、やらなければいけないことがあるね」と言って、電話の受話器を押して、丁寧にひとつずつボタンをプッシュし始めた。電話がかかり、相手がでると、「未来創造研究機構の上田ですが、このたびは、どうも。さて、先日、お話した研究助成金をそちらの研究所に交付する件なのですが」と話し始めた。
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「彼は、NPOで、週2日ほど、日本の政治経済のニュースの解説を行う市民講座の講師をやって、また、そのNPOのアドバイザーをするという仕事をしていたわ。私も、大学の助手の仕事を紹介してもらって、仕事に就いた。そうして、慎ましいけれど、二人で大切な時間を過ごしていたわ。だけど、ある年のクリスマス前の時期、私の仕事が忙しくなって、彼が家に一人でいる時間が多くなった」
麻衣が自宅のドアを開けると、部屋の中は、空のワインボトルやウイスキーボトルが散乱していた。奥の方で、福沢は、だらしなく、ウイスキーボトルに直接、口を付けて、飲んでいた。
「ねえ!俊ちゃん、何をしているのよ」
「あー、帰ったのか」と、福沢は、酩酊状態で、片手を挙げた。
「飲み過ぎよ。どうしたのよ。こんなにお酒を飲んじゃって」と、空のボトルを片付けながら、麻衣が言うと、福沢は、鼻で溜息を付いて、窓の外を見ながら、「クビになった」と言った。
麻衣は、持っていたボトルを落とすと、「えっ?」と言って、言葉に詰まった。
「上田が圧力をかけてきた。こんど、未来創造研究機構がNPOに助成金を出すんだってさ。年間1億円の助成金。その条件が、俺を解雇することだと言うんだ。そら、年間1億円だぜ。NPOにとっては、活動資金は喉から手が出るほど欲しい。結果は日を見るより明らかだよな」と言って、福沢は苦笑した。
「なあ、なんで、お前は、俺と一緒にいるんだ。こんな落ち目の俺と一緒にいたって、幸せにはなれないぜ。もっと、お前のことを幸せにできるいい男を探した方がいいんじゃないか」
福沢は、ウイスキーを飲み干すと、
「麻衣、別れよう」と言った。
麻衣は、言葉を失い、呆然と福沢を見つめるだけだった。その眼には、力がなく、麻衣は、福沢が言った言葉の意味を、すぐには理解できなかった。
「何を言っているのよ」と、麻衣は、つぶやいた。
「やっぱり、俺は、もう現場には戻れないみたいだ。俺は、夢を諦めるしかないみたいだ。上田の狙いは、俺だけだ。今回の件を見れば、上田は、本気で、俺をパージしようとしている。だから、俺と一緒にいれば、お前も苦労することになるし、たぶん、まともな職には就けないだろう。俺の夢、お前に委ねるよ」と言った。
「ねえ、俊ちゃん。何を言い出しているのよ」と、麻衣は、涙を流しながら、つぶやいた。
「あなたが一緒にいなければ、何も意味はないのよ。あなたの夢は、私の夢でもあるけど、それは、あなたと一緒でなければ意味がないの。あなたと一緒なら、苦労をしたって、ちゃんとした職に就けなくてもいい。贅沢をしなければ、暫くは、生きていくこともできる。別にいいじゃない。上田なんか、関係ないわよ。何を失ってもいい。あなたと一緒にいられるのであれば、それだけで幸せなの」と、麻衣が言うと、福沢は、黙って、天井を見上げた。
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「本当に、彼のことを愛しているのね」と佑奈は言った。「私は、一緒にいられることで幸せだったけど、やはり、彼には、日のあたる舞台で輝いて欲しかった。でも、あのとき、それを求めたら、彼は、もっとひどくなっていたと思うの。もしかすると、死を選んでしまっていたかもしれない。それほど、彼は追い詰められていたわ。だから、あのときは、ただ、彼が生きていて、そして、私の傍にいることだけで良かった」と麻衣は、言った。
「その後、関西の経済界の重鎮の一人から誘いがあったわ。地域のNPOの政策アドバイザー的な仕事をしてみないかって」と麻衣が言うと、「それで、京都に住むことになったのね」と言った。
「最初は、彼は仕事を引き受けたくないと言ったわ。政策とかに関わる仕事はしたくないって。最後は、必ず、裏切られるって。裏切られるぐらいだったら、最初からかかわりたくないって。でも、私は、とにかく、やってみなさいって言ったわ」
テーブルをはさんで、福沢と麻衣は座っていた。麻衣は、お茶を入れていた。
「裏切られたっていいじゃない。私たちには、どうせ失うものは何もないんだから、裏切られたって、何も失わないわよ」と、麻衣は言った。
「でも、精神的なショックは受けるだろ」と福沢は言った。
「それは、そのときよ。そのときは、私が、いつでも癒してあげるんだから、とにかく、少しずつでも仕事を始めなきゃ。仕事をしなければ、お小遣いはあげないわよ」と、麻衣は、諭すように言った。
「俺の金を全部、お前に任せなければ良かった」と、少し悔やむように福沢は言った。
「ほら、話は決まりよ。京都に引っ越しよ」と麻衣は言うと、「なんだか、知らない間に立場が逆転して、尻にしかれているような気が」と福沢がつぶやくと、「なんか、言った?」と少し怖そうに、麻衣は言った。福沢は、「何も言ってませんよ」と言って、お茶を飲んだ。そして、福沢と麻衣は、お互いの顔を見つめあいながら笑った。
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「その後、私たちは、旅に出ました。職を探すというより、負け犬同士、行き先もなく、ただ彷徨うように。そして、夜は、お互いの傷を舐め合うように、お互いを求めた。そんな日々が長く続いた」
浜辺で、海を見ながら、福沢と麻衣は肩を寄せ合って、座っていた。
「ねえ、俊ちゃん。私、いま幸せよ。もちろん、東京にいたときも幸せだったけど、こうして一緒にいられるのであれば、どんなところでも幸せ」と、麻衣は言った。福沢は、「ごめんな」と謝った。麻衣は、その言葉を聞いて、少し、きょとん、とした感じになった。福沢は、「何、驚いているんだ?」と言うと、「俊ちゃんが謝るなんて、初めてだから、びっくりしちゃった」と答えた。福沢は、少し恥ずかしそうにしながら、「そうだっけ?」と言うと、「そうよ。女性と遊んだり、家に連れ込んで寝たり、いつも、私を悲しませていたのに、ごめんね、の一言もなかったわ」と笑った。福沢は、「本当にありがとうな」と言った。麻衣は、「いいの。いま、こうして一緒にいられるだけで、私は、それだけでいいの」と言って、福沢の腕に絡みついた。
「本当に、ひどい男ね」と、佑奈は言った。「はい。本当にひどい男ですよね」と、麻衣は笑った。「あのとき、彼は、誰かに助けて欲しかったんだと思う。誰かに甘えたかったんだと思う。だから、性欲とかそういうレベルではなく、人間のぬくもりを欲していた。そのためだけに、女性と寝ていた。あのときの、彼の「ごめん」の本当の意味は、今でもわからないのよ」
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「私が家に帰ると、女性の香水の匂いがしました」
麻衣は、薄暗い部屋の中で、ベッドに寝ている福沢を見ながら、呆れたように、「先生、また、女の人を連れ込んだでしょう」と言った。福沢は、麻衣の言葉を聞かないようにしていた。
「女の人と遊んだり、寝たりすることについては、私は何も言いませんけどね。でも、この家に連れ込むのはやめてもらえませんかね。一応、同居人がいるわけですし」と麻衣は、部屋に散らかった衣類を片付けながら言った。福沢は、寝ころびながら、とぼけた感じで、麻衣のことは見ずに、鼻で溜息を付いた。
「いま、あなたが辛いこともわかるし、悔しいこともわかる。その気持ちを、女の人と遊んだり、女の人と寝たりして紛らわせたい気持ちはわかります。あなたの気持ちを、一番、理解しているつもりなのは、私なのよ。私だって、悔しいし、辛いの。でも、私は、あなたの傍にいられれば、それだけでいいの。でもね、やっぱり、この目で、この感覚で、あなたが他の女性と寝ていたことを知ってしまうことは辛いのよ。私の気持ちを、あなたは考えたことはあるの?」と、麻衣は、涙を流しながら言った。
麻衣は、ベッドで寝ている福沢の近くに行き、福沢の姿を見ながら、「あなたが、どんな酷いことをしたって、私だけは、あなたのことを信じている。どんなことをしても、私はあなたが好きで、永遠に傍にいるから。そして、もう一度、あなたが日のあたる舞台で堂々と輝けることを信じている」と言った。
すると、福沢は麻衣を見上げて、麻衣の左手をつかみ、ベッドの上に引き込んだ。麻衣は、崩れるように、ベッドの上に倒れこむと、福沢は、麻衣の口唇に、自分の口唇を重ねた。麻衣は、涙をひとつ、ふたつ、溢しながら、「ねえ、自分のスタッフとは寝ないというのが、あなたのポリシーだったんじゃなかったの?」と言った。福沢は黙っていた。麻衣は、福沢が答えなくても、この行為が何を意味しているのかを、よく理解した。そして、もう一度、福沢は麻衣とキスを交わすと、麻衣の激しく身体を求めた。
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「突然、辞表を出した彼は、何も言わず、私たちの前から消えました。携帯電話に電話をしてもつながらず、もちろん、メールをしても返事はありませんでした。数日後、上田に呼び出されたチームメンバーは、”Team Japan Creation”の解散を告げられました。上田は、未来創造研究機構に残りたい者は残れ、と言いましたが、明らかに、自分に歯向わない人物を選んでいました。また、少しでも自分よりも優秀な人物だと思った人間は、率先して閉職に追い込まれました。私自身は、上田に、福沢との関係が近いということを知られていましたから、契約を解除されました。契約を解除された日、私は、福沢の家に行くと、家の中には、明らかに女性と寝た形跡がありました」
「福沢くんは、家にいたの?」と佑奈は言うと、「はい。不精ひげをはやし、ベッドに寝ていました」と麻衣は答えた。
「それから、彼と私は、ずっと一緒にいました。さまざまな地方に出かけ、さまざまな研究機関を訪ねた。しかし、どの研究機関も、上田からの連絡が来ていて、福沢は相手にもされなかった。そのうち、彼自身も政策に関わる道を諦めようとした」
「生活のお金はどうしていたの?」と佑奈が訊ねると、「その心配はありませんでした。それは不幸中の幸いと言うか、彼は、未来創造研究機構時代の年収は2000万円。しかも、忙しかったから、そのお金を使う時間はなかった。お金の余裕はあったんです。贅沢をしなければ、私の預金と合わせれば、何年も生きていくことができた。だからこそ、私たちは、夢を諦めずにいられたんです」と麻衣は言った。「しかし、彼は、ついに夢を諦めかけた。あれは、やはり雨が強く降る夜でした」
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麻衣は、タオルで髪や身体を拭いた。そして、涙をもタオルで拭った。麻衣は、部屋の中をよく見まわすと、本や書類、そして、脱ぎ捨てられた衣類などで、部屋の中は乱雑な状態になっていた。
「ねえ、今までは、この部屋を片付けてくれる女性がいたんじゃないですか?」と麻衣が聞くと、福沢は、「忙しくて、相手をすることができなかったら、いつのまにか出て行ったようだな」と言った。そして、福沢と麻衣は、なんともなく笑った。
「ねえ、私と寝てよ。私は、あなたが必要なのよ」と麻衣は言った。福沢は、少し難しそうな顔をして、「それはできない。俺は、自分のスタッフと寝ない主義だ」と言った。麻衣は、「スタッフ?」と、少しキョトンとした感じでいると、「俺も、お前が必要だ。今、進めているプロジェクトに、お前の能力が必要だ。だから、チームのスタッフとして、お前を迎えに行こうと思っていた」と、福沢は言った。
麻衣は、「嬉しいわ。あなたと一緒にいられるだけで、嬉しい」と言って、再び、涙を流した。
「あなたにとっては、男性として福沢くんが必要だと思ったのに、福沢くんにとっては、女性としてではなく、スタッフとして必要だったというわけね。気持はすれ違っているけど、お互いに必要としているという事実では気持ちが通じたというわけね。嬉しくもあり、悲しくもありという感じがするわ」と佑奈は言った。
「私にとっては、どんな形であれ、お互いの気持ちがすれ違っていたとしても、一緒にいることができるということが重要だったんです。しかも、私のことを必要だと言ってくれた。それだけで、十分です」と、麻衣は言った。
「そして、数年間、私は彼と一緒に、”Team Japan Creation”で仕事をした。彼の評価も、徐々に高まり、未来創造研究機構のエースとして認識され、将来の研究部長や専務理事としても期待されるようになった。しかし、研究部長となった上田と徐々に意見が食い違うようになり、そして、チームは解散されてしまった。チームが解散するとともに、福沢は、未来創造研究機構の研究員としての職を追われた。表向きには、辞任という形になっているけれども、辞表を出させられたというのが真実。さらに、上田の根回しによって、福沢を受け入れる機関はなかった。そして、彼と私の二人だけの放浪の旅が始まるの」
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「私は、それから毎日のように、彼の研究室に押し掛けたわ。私にとって、彼の話は、とても新鮮で刺激的だった。彼の研究室で、お茶を飲みながら、彼の話を聞いたり、私の論文の構想を聞いてもらったり、それにコメントをしてもらったり。そして、彼の研究を手伝ったりすることがとても楽しかった。私の中には、彼に恋をしているというより、憧れる気持ちを持っていたわ」と麻衣は言った。
「私が修士論文を提出して、博士課程に進学すると同時に、彼の助手の任期が終わり、未来創造研究機構の研究員になり、大学を去った。当時の未来創造研究機構の研究部長だった山中幸樹さんがリーダーとなって、新しい政策研究・提言チームを作るプロジェクトが計画されていた。その分析とマネジメント担当として、彼がスカウトされたの」
「それが、”Team Japan Creation”の前身なのね」と、佑奈は言った。
「そう、初代”Team Japan Creation”のリーダーは、山中幸樹さん。そして、サブリーダーとして、上田玄三。上田は、当時は、研究推進課というバックオフィスの課長だった。福沢は、チームメンバーとして参加することになった。少しの間、私は、彼と離れ離れになった。今から考えれば、私が彼の傍にいなかったのは、あの1年間だけだった」
「福沢くんが、あなたのことを、チームに呼んだの?」と、佑奈は聞いた。すると、「それは違うわ」と麻衣は、答えた。
「私は、自分の研究がうまくいかずに、ある種のスランプのような状態になってしまったの。何をやってもうまくいかない、そういう悪循環に陥ってしまった。そのとき、彼の存在の大きさということを認識したの。彼は、私が行き詰まりそうになったとき、いつも、私が気が付かないうちに、ヒントを出してくれていた。私は、彼から自立をしなければいけないと思ったし、彼も、そうしなければいけないと思っていたと思うのだけど、どうしても、彼に会いたくなって、彼の家に行った」
福沢のアパートの部屋のドアを、何度も麻衣は叩いていた。外は、雨が強く降っており、麻衣の声をかき消していた。麻衣は、涙を流しながら、ドアに背中を押しつけて、「あなたがいないと、私はだめなのよ」と呟いた。そのとき、突然、部屋のドアが開いた。福沢と麻衣が初めて出会ったときと同じように、福沢は、麻衣の頭から足までを観察した。麻衣は、雨でずぶ濡れになっていた。福沢は、「風邪ひくぞ」、と言って、タオルを麻衣の頭の上にかけて、部屋の中に入れた。
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「彼に初めて会ったのは、私が学部を卒業して、大学院に入った年の春。米国帰りの新しい先生が助手として採用されたという話は聞いていたわ。大学院に入って、1週間が経った頃、桜の木の下で、桜が舞う中で、桜をじっと見ている男性が立っていたわ。私は、友人と一緒に、その男性の後姿を見ていた。その男性が、福沢俊明だったわ」
「なんで、そんなに桜が気になっていたのかしら。というより、彼に、そんな情緒的なところがあったなんてね」と佑奈は言った。「だって、マディソンの湖の夕焼けでさえ、あまり感動しないで、女の子をナンパすることしか考えていなかったのよ」と、佑奈が言うと、麻衣は、「彼の本当の姿は、心から情緒的な人間で、それを隠すために、変なことをするの。女の子を口説くというのも、それは、そういう「振り」をしているだけで、恥ずかしさの裏返しだわ」と言った。
「初めて、会話を交わしたのは、大学院のサブゼミだったわ。私と友人で、彼の研究室に論文の指導をお願いしに行ったの。私が興味を持っていた研究をしていたので、話を聞いてみようと思った。彼の研究室をノックすると、特に、返答がなかったの。何度もノックしたけど、返答がなかった。たぶん、留守なんだろうと思って、帰ろうとしたとき、眠そうな顔をした彼が、あくびをしながら扉を開けた」
「なに?」と怪訝そうな顔をしながら、福沢は片手で扉を押さえながら言った。
「あ、えーと、私は、博士前期課程の1年生なのですけど、先生に、論文の指導をお願いしたくて、それでお伺いしたのですけど、ご迷惑ですよね」と、麻衣は、焦りながら、そして緊張をしながら言った。
福沢は、少し、麻衣のことを、頭から足までを、じっくりと観察した。麻衣は、緊張を重ねていた。
「ごめんなさい。失礼しました」と、麻衣は、福沢から離れようとすると、福沢は、「まあ、入りなさい」と言った。麻衣は、「いいんですか」と言うと、福沢は、「時間は空いているから」と言った。福沢は、扉止めをドアの下に挟んで、麻衣と麻衣の友人を部屋に招き入れた。
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「ちょっと、ちょっと、待ってよ」と、佑奈は言った。明らかに、佑奈の頭の中は混乱をしているようであった。佑奈は、その頭の中の混乱を、ゆっくりと整理しようとした。
「なんだか、お笑いの「ざ・たっち」の持ちネタみたいですね。ちょっと、ちょっと、って」と、麻衣は笑いながら言った。
「ちょっと、馬鹿にしないでよ」と、佑奈は、少し怒りながら言った。
「あなたたちは、恋人関係にあるのよね」と、佑奈が聞くと、
「今は、恋人関係というより、上司と部下の関係ですね。もちろん、私は、福沢先生のことを愛していますし、これからも一緒にいたいと思っているし、いつまでも付いていきたいと思っています。でも、このチームが出来た時から、つまり、再び、私が福沢先生の助手になったときから、恋人としての関係は持っていないわ」
と、麻衣は答えた。
「ねえ、もし、差支えがないようであれば、あなたたちの関係、いや、あなたたちが歩んできた道を聞かせてもらえないかしら。私が知っている福沢俊明は、米国時代の福沢俊明でしかない。その後、彼が日本に帰国して、再び、京都で会うまでの、彼のことを、私は全く知らないの。その間を知っているのは、世界中で、あなただけだと思うの」
「私は、米国時代の彼のことを知らないわ。私が初めて、彼に会ったのは、彼が米国から帰国してすぐの頃」と麻衣は言った。
「米国時代の彼のことは、あまり知らない方がいいと思うわ。研究者として優秀であることは確かだったけど、研究への情熱と同じくらい女性を口説く情熱も高かったから」と佑奈が言うと、
「それは、私も、よく知っていますわよ」と、麻衣は、笑いながら言った。
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「そういえば、マディソンの湖で飲んだ後、お前と福沢は街の中のバーに出かけていったよな。女の子を絶対に口説くんだ、とか言って。あのとき、成果はあったのか?」と神崎が聞くと、安藤は、「それは内緒だ」と笑った。
「確か、クリーブランド経由の飛行機で、佑奈とはクリーブランドで別れた。俺たち3人はボストン行きの飛行機に乗り、佑奈は1人ニューヨーク行きの飛行機に乗った」と安藤が言うと、神崎は、「あのときが、一番、悲しかったな。俺は、彼女をボストンに連れて行きたかった」と言った。
「ところで」と神崎は前置きをして、「福沢と上田の関係、お前は何か聞いているか」と聞いた。
安藤は、「詳しいことは知らないが、あらかたの話は耳にしている」と言った。
「上田は、心の底からの嫌悪感を持っている。実は、俺が考えた俺のチームメンバーの候補の第一候補は、福沢だった。”Team Japan Creation”のリーダーであったということもあるが、それ以上に、福沢のフィラリストとしての能力が欲しかった。しかし、上田は検討する余地もなく、福沢だけを認めなかった。他は、俺のリストを認めたのに」と神崎は言った。
ー日本公共政策研究所
福沢は、自分の部屋を出ると、植村の後ろに立った。そして、「昨日の宿題、できたか?」と植村に尋ねた。すると、「非ケインズ効果を応用してみると答えが見つかるかもしれません」と言った。福沢は、喜んだ顔をして、「その考え方を、もう少し発展させてみろ」と言って、植村の傍を離れた。植村は、パソコンに向かい、自分の学会論文の作成作業を続けた。
奥のソファには、競馬新聞を顔の上にかけて寝そべっている星野がいた。星野は、植村と福沢の様子をちらっと見ていると、星野の携帯電話が振動した。星野が電話に出ると、「あー、なつきちゃん。どうしたのー」と言い、相手の返答を聞くと、「今日、同伴するの?どうしようかな。あー、でも、暇だから行っちゃおうかな」と言った。
その様子を福沢の部屋から、佑奈は見て、溜息をついた。麻衣は、「溜息ついちゃってどうしたんですか?」と聞くと、「いくら、常識はずれ、型破りなチームと言ってもね」と佑奈は答えた。
佑奈は続けて、「ねえ、麻衣さん。今日、家に帰ったら、福沢くんに伝えてくれる。あなたのこと信じているけど、やっぱり、星野だけはって」と言うと、麻衣は、「福沢先生とは、一緒に住んでいないですよ」と言った。
佑奈は驚いた顔をした。
麻衣は、「福沢先生は、自分のスタッフとは寝ない人ですから」と言った。
佑奈は、麻衣のことを見続けることしかできなかった。
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佑奈は、福沢の部屋に入るなり、「ねえ、なんで、ファンドレイズしなければいけないのよ」と愚痴を溢すように福沢に言った。福沢は、「独自財源を持っていないと、プロジェクトが安定しないからだ。今でも、このプロジェクトを潰したがっている連中、会社の中にもいるだろう。特に、研究常務理事が消極的だ。だから、独自財源を確保することで、少なくとも予算の執行面では、誰にも文句は言わせないようにすることが重要なんだ」
「でも、毎年毎年、数千万も集められないわよ」と言うと、「ファンドを作って、それをローリングすればいいんだよ。その運用益の一部を活動費に回せばいいんだ」と福沢は答えた。
佑奈は、「それでも、相当な額が必要よ」と言うと、福沢は、「もちろん、それは将来的な目標だ」と言った。「1万円からでもいい。5万円からでもいい。金額は問題ではない。ファンドレイズを通して、このプロジェクトの支持者を集めろ。それが徐々に、このプロジェクトの底力になってくる」と福沢は言った。
佑奈は、「わかったわ」と言って、福沢の机の上に目を移すと、1枚の写真が飾られていた。その写真は、湖が夕焼けで染まっている写真だった。
佑奈は、「その写真」と言うと、福沢は、「懐かしいだろ」と言った。「ウィスコンシンのマディソンに行ったときの写真ね」と、佑奈は、写真を手に持ちながら言った。
福沢は、「あの頃は、何もかもが新鮮で、そして、美しく感じることができたな」と言った。佑奈は、「全てを信じることができたわ。そして、永遠という言葉を信じていた」と言った。「あの頃に戻れるのであれば、戻りたいわ」と言った。
「あの頃に戻れるのであれば、戻りたい」と、神崎は言った。神崎と安藤は、バーで飲み続けていた。二人とも、だいぶ、酔いが回っていた。
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「でも、世界は小さいよな。俺とお前は、大学時代からの同期生。お前と佑奈は、元婚約者同士で、俺と佑奈は、現在は上司と部下の関係だ。そして、福沢とお前と俺は、ハーバード時代の研究仲間。4人でウィスコンシン州のマディソンに言ったとき、一緒に湖で夕日を見たな。あれは、今でも心に残っている。4人で、波止場でビールを飲んだ。ウィスコンシン大学の施設で、学生たちに囲まれて、馬鹿騒ぎをした」と安藤が言うと、「お前と福沢は、ビールのピッチャーを持って、女の子を口説いていたな」と笑った。安藤は、「あれは、福沢が言いだしたんだ」と笑った。
※ウィスコンシン州マディソン
「安藤さん、あそこの女の子に声かけてみましょうよ」と福沢が言うと、安藤は、「それは、グッドアイディアだな」と言って、安藤と福沢は、波止場からテーブルが集まる広場に向かった。佑奈は、「あなたたち、いい加減にしなさいよ」と言うと、神崎は笑いながら見ていた。佑奈は、「きれいな夕日ね、いつまでもこうしていたいわ」、と言うと、神崎はビールが入ったグラスを置いて、佑奈の口唇に自分の口唇を重ねた。
すると、遠くから、「ヒュー、ヒュー」というよう冷やかしが聞こえた。佑奈が目を開けて、その声がする方を見ると、福沢と安藤が笑いながら、佑奈と神崎を見ていた。佑奈は、「冷やかさないでよ」と言うと、福沢は、「二人のお邪魔にならないようにしないとな」と言って、安藤と一緒に、テーブル席にいる女性二人組の方に向かって行った。神崎は、「佑奈、俺が、シカゴでPh.Dを取って、このままハーバードでテニア(永久就職権)を取ったら、結婚をして欲しい」と言った。佑奈は、「嬉しいわ」と言った。「でも、結婚をしても、当分は別居状態かもね。私もニューヨークでPh.Dを取るつもりだけど、論文を出すためには、もう少し時間がかかりそうなの」と、佑奈は言うと、神崎は、「もちろん、わかっているよ」と答えた。佑奈は、「ありがとう」と言って、もう一度、キスをした。
遠くでは、安藤と福沢は、何組もの女の子の二人組に断られていた。
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安藤が、地下1階にあるバーに入ると、神崎がカウンターでウイスキーを飲んでいた。安藤は、神崎の隣に座り、バーテンダーに、「同じものを一杯」と言った。神崎は、「呼び出して悪いな」と言った。安藤は、「久しぶりだな」と答えた。「お前とは、大学時代から、けっこう長く一緒にいたよな」と言うと、神崎は、「お前は、親友だった」と言った。
神崎は、「お前のところの新しいプロジェクト、今井佑奈の仕掛けなんだって?」と聞くと、安藤は、「さすがに情報が早いな」と言った。「福沢が、わざわざ宣言しに来たよ。俺たちよりも、素晴らしいチームを作るとな」と、神崎が言うと、「それなりに、やる気にはなっているみたいだな」と安藤が言った。
「ところで」と、神崎は前置きをしながら、「佑奈は元気か」と尋ねた。安藤は、「相変わらずだよ」と答えると、「それならいい」と、神崎は言った。安藤は、「やはり気になるのか」と聞くと、「まあ、それなりにな」と神崎は答えた。安藤は、「それは、佑奈が健康でいるかとか仕事が順調かということか。それとも、佑奈と福沢の関係か」と言うと、神崎は笑いながら、「もちろん、そのどちらともだ。佑奈と福沢の関係は、どのような関係なんだ。男と女の関係なのか」と神崎は尋ねた。安藤は、「カカカ」と笑って、「それは、たぶん、ありえない」と言った。神崎は、「それは、少し安心した」と言って、ウイスキーを飲み干した。
安藤は、「お前は、まだ結婚していなかったよな」と聞くと、「ああ」と神崎は答えた。「笑われるかもしれないが、佑奈のことが忘れられないというのはあるな」と、神崎は続けた。
「お前たちは、結婚するものだと思っていたよ」と安藤が言うと、「俺もそうなると思っていた」と神崎は答えた。
「たまに、佑奈がニューヨークからボストンに遊びに来て、それで、レキシントンとか、いろいろと遊びに行ったよな」と、安藤が言うと、「車でいろいろと遊びに行ったな。懐かしい思い出だ」と神崎は言った。
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「そして、3人目。星野徹夫」と、福沢は言った。佑奈は、「ふざけるのも、いい加減にして。星野徹夫って言ったら、ただのグータラ社員じゃない。昼間は、ソファで寝ていて、夕方になったら、そそくさと帰る。噂では、夜は、毎日、競馬か風俗か、それとも、飲み屋に入り浸っているという話よ。飲む・打つ・買う・三拍子揃った人間よ」と言った。
「それじゃ、なんで、そういう社員がクビにならないんだ?」と、福沢は言うと、佑奈は、「私も知らないわよ」と言った。福沢は、「面白そうな人間じゃないか」と言った。
佑奈は、「神崎のチームは、あなたの”Team Japan Creation”の元メンバーを中心に、世界で最高級のスタッフとメンバーを揃えているのよ」というと、福沢は、「自分のスタッフを信じろよ。常識の中で一流のメンバーでは、ある程度、期待値はわかるけど、常識から捉えれば一流ではなくても、個性溢れる非常識なメンバーの方が、期待値は測れずに、可能性は無限大だぜ」と言った。佑奈は、溜息をついた。
「それと、今井、お前は、当分は渉外担当をやれ。永田町と霞が関は、吉沢が担当するとして、特に、ファンドレイズの担当は、しばらくお前だ」と、福沢が言うと、佑奈は、「わかったわ。でも、ひとつだけいいかしら。一応、私はあなたより年上なんだから、呼び付けはやめてもらえるかしら」と言った。すると、福沢は、「考えておく」と答えた。
安藤の部屋で、佑奈は、さきほど、福沢の部屋での話を報告すると、安藤は、「カカカ」と言って、大きく笑った。「面白いじゃないか。型破りなチーム、面白い、面白い」と安藤は言った。「まあ、相手が超エリートの常勝集団だとすると、こちらは、それに挑戦する弱小チームと言ったところかな。「がんばれベアーズ」みたいで興奮するな」と言うと、佑奈は、「笑い事じゃありませんよ。遊びじゃないんですから」と言った。安藤は、「まあ、この件は、福沢に任せたんだ。私たちができる最大の支援をしていこう」と言うと、佑奈は、「わかりました」と答えた。
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「一人は、吉沢晴信という男だ。今は、永田町で政策秘書をしている」と言った。麻衣は、「吉沢さんね」と言った。
佑奈は、「知っている人?」と麻衣に聞くと、「俊ちゃんの精神安定剤的な人」と麻衣は言った。「精神安定剤?」と佑奈は言うと、麻衣は、「俊ちゃんが最も信頼をしているということですよ。”Team Japan Creation”のときは、サブリーダーとして、チームの兄貴分、取りまとめ役だったわ」と言った。
佑奈は、「その役割は、この人がするんじゃないの?」と、福沢を指さすと、麻衣は、「この人、ほら、コミュニケーション能力はあまり無いから」と笑いながら言った。佑奈は、「確かに、自分勝手そうだからね」と言った。
「もう一人は、助手の植村竜太郎だ」と福沢は言った。佑奈は、「はあ?」と言った。
「あの子は、まだ博士課程の3年間が終わったばかりよ。まだ、早いわ」と言った。すると、「いや、早くない。米国では、20代で教授になることだってある。ライム国務長官だって、20代でスタンフォードの教授になった。一本でも多く論文をアウトプットしていくことが、成長につながる。さらに、ポリシーウォッチャーに育てるなら、現場の経験をひとつでも多く積むことが、最大の糧になる。政策のプロとして技術を磨くなら、その方法しかない。あいつが組織人間として染まりきってしまう前に、俺に預けろ。」
それを聞いて、佑奈は、黙っていた。
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日本公共政策研究所の大部屋で、植村竜太郎は、パソコンに向かっていた。その後ろを福沢が通りかかったとき、福沢は植村の頭を引っ叩いた。
植村は、無気になって、「何をするんですか」と言って怒った。「何をやっているんだ。おー、エクセルに数字がたくさん打ち込まれているな」と、福沢は言った。
「こんどの学会で発表するための論文作成ですよ」と怒りながら、植村は言った。福沢は、「ふーん」、と少し冷やかな目で見ながら、「財政再建が経済成長に正の影響を与えるという説明を明日までにまとめてきてくれる」と福沢は言った。
植村は、「そんなの無理ですよ。普通、有効需要の原理から考えれば、歳出削減と増税をすれば、有効需要にマイナスの影響でしょう」と言った。福沢は、「そんなケインズ経済学のセオリーを聞きたいわけじゃないんだって。常識を疑え、なんちゃってね。明日までによろしく」と言って、福沢は、自分の部屋に向かって行った。植村は、「無理ですよ。学会報告用の論文があるんですから」と言った。
翌朝、佑奈が福沢の部屋に行くと、麻衣だけが部屋の中にいた。「福沢くんは、まだ来ていないの?」と聞くと、麻衣は、「そろそろ来ると思いますよ」と言った。
佑奈は、「何をしているのよ。神崎のチームは、すでに動き始めているのよ」と言うと、麻衣は、「まあ、そんなに焦らなくても大丈夫じゃないですか」と言った。
すると、福沢が、ようやく出勤してきた。佑奈は、「遅いじゃない」と言うと、福沢は、「朝食会があったからな」と言った。佑奈は、「朝食会?」と聞くと、「永田町の先生を中心に、財界や霞が関のメンバーとの朝食会がホテルの会議室で行われているんだよ。それに出席してきたの。」と言った。
「あー、そうだ。今井、俺のチームに三人欲しい人間がいる。手配してくれるか」と福沢は言った。佑奈は、「いよいよ、チームが始動ね」と言うと、福沢は、「始動するかどうかはわからない」と言った。佑奈は、「何よ、それ」と言うと、麻衣が笑った。佑奈は、少し不機嫌な表情で、「それで、誰が欲しいの」と言った。
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未来創造研究所のロビー。神崎は、自分のチームメンバーを引き連れて歩いていると、目の前に、ある男の姿を見つけた。その男は、壁に寄り掛かって、手を挙げた。
「よう、鳳雛、ドクター神崎。いや、今ではプロフェッサー神崎に鳳雛は失礼か」と言った。神崎は、「ご無沙汰だったな」と、少し笑顔を見せながら言った。
その男は、福沢だった。神崎は、「福沢、俺のチームに参加してくれるのか」と言った。福沢は、「そうじゃないんだ」と言った。神崎は、「俺のチームには、お前が必要だ。上田が何と言おうとも、お前には、このチームに入ってもらわなければ困るんだ」と言った。
福沢は、「それは、2つの理由で不可能だ。ひとつは、俺は上田と仕事をするつもりはない。上田も同じだろう」と言うと、神崎は、「上田は、俺が必ず説得をする」と言った。
福沢は、「その気持ちは大変嬉しいけれど、俺は、本日付で、日本公共政策研究所の研究員になった。俺の仕事は、日本公共政策研究所で、新しいチームを作り、神崎、お前のチームと闘うことだ」と言った。
神崎は、「福沢・・・」と、言葉が続かなかった。「望月、清水、阿部、お前たちが、しっかりと神崎のことを支えてやってくれ」と言った。望月、清水、阿部は申し訳なさそうな顔をした。
「神崎、お前は顔には出さないが、アカデミックには非常にドライで、そして、極めて優秀だ。しかし、人間関係で、お前はドライに徹しきれない。人間に情をかけてしまうタイプだ。そして、潔癖なところがある。それがお前の弱点だと思う。自分の中に矛盾を抱えて悩まないようにな」と言って、手を挙げて、福沢は出口に向かって歩き出した。
神崎は、「福沢、それはそのまま自分のことなのではないのか。お前ほど、優しすぎる人間はいない」と言うと、福沢は、「俺の手はすでに、血生臭ささで汚れきっているさ」と言った。「福沢、俺はお前を諦めない。お前のチームを叩き潰して、俺の下に入れる」と言った。
福沢は、「楽しみにしているよ」と言うと、神崎は、「日本公共政策研究所でのコーディネーターは誰だ」と聞いた。福沢は、「今井佑奈という女性だよ」と言って、福沢は出口を出て行った。神崎は、「今井佑奈」と言って、その場に呆然と立っていた。
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「俺は、ちょっと出かけてくる。麻衣、この研究所のスタッフが書いたレポートをすべて集めておいてくれ」と言うと、麻衣は「わかりました」と答えた。福沢は、上着を着て、足早に部屋を出て行った。佑奈は、「なぜ、レポートを?」と麻衣に聞くと、「セレクションをするつもりだと思います。研究者だけではなくて、スタッフも含めて、全員の何かしらの文章を読んで、このチームに必要な人材をセレクトするつもりだと思います。いや、すでに、彼のことだから、目星は付いていると思いますけど」と言った。
佑奈は、「すでに、目星って、そんなことができるの?」と聞くと、麻衣は、「彼は、最高のフィラリストですから」と言った。
佑奈は、「フィラリスト?」と言うと、「つまり、「感じる人」という意味です。感性で、自然に情報を集めて、分析し、正確な結論を出せるという能力です。彼は、無意識のうちに、360度全ての情報を瞬時に自分の脳にインプットし、論理的に分析し、それによって、推論を作り、その推論・仮説を、さらに論理的に検証し、答えを出すということができるの。だから、彼には嘘は付けないし、少しでも論証ができないと、仮説を棄却できずに、頭が回り続けてしまうの。想像以上にセンシティブで、本人もそのコントロールができないの。誰かが近くでコントロールしてあげなければ、彼の脳の中は、情報で氾濫し、頭の回転が止まらずに、オーバーヒートして、彼自身の身を滅ぼしかねないの。たまに、精神的に不安定になったりするんだけど、それは、能力が肉体的な限界を超えてしまって、歯止めがきかなくなってしまうからなのよ。そのコントロールというのも、私の役目だったりして」と言うと、佑奈は、「つまり、天才ということね」と、呆れた感じで言った。
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佑奈が、福沢の部屋に入ると、部屋には福沢と麻衣がいた。佑奈は、「あなたの言うとおり、彼女も助手として採用したわ」と言った。福沢は、「それで結構」と言った。そして、「今後の全ての情報分析及び渉外戦略は、彼女が担当する。彼女がチームの全てのスケジュールを管理することになる」と言った。麻衣は、「わかりました」と言った。
佑奈は、「さてと、それでは、”Team Japan Creation”のメンバーも集めてもらえるかしら。すぐに手続きをするわ」と言うと、福沢は、「それは無理だと、前に言ったはずだ」と言った。福沢は、「分析担当だった市川は、米国のシンクタンクにいる。渉外担当の堀内は、D.C.で最高のロビイストの一人として大活躍中だ。あと、望月と清水、そして阿部は、未来創造研究所に残っているから手を出せない」と言った。佑奈は、「ということは」と言うと、福沢は、「上田のチームに入るだろうな」と答えた。
佑奈は、「それじゃあ、本当に”Team Japan Creation”のメンバーは、あなただけなの?」と聞くと、福沢は、「それは違う。ここにいる石川麻衣もメンバーだった」と言った。佑奈は、「どうするのよ。敵は、すでに動き始めているのよ」と言うと、福沢は、「それも最高のメンバーを集めてな」と言った。
「上田が神崎のチームを使って、何を企んでいるか知らないが、次期総選挙までは、まだ時間があるだろう。別に焦る必要はない」と福沢は言った。佑奈は、「その前に、プロモーションをしなければいけないのよ」と言うと、「まあ、上田が考えそうなことだが、あいつは、神崎チームを野党の民政党に売り込もうとしているんだろう。それなら、俺たちは、その逆をすればいい。与党の民自党から求められればいい」と福沢が言った。「こちらから自分から売り込むのと、求められるのでは、天と地との差がある。俺たちは、果報は寝て待てだよ」と続けていった。佑奈は、信じられないという感じで、首を横に何度も振った。
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未来創造研究機構の専務理事室。上田は、大きな革張りのチェアに腰をかけて、目の前に立つ神崎と神崎に手渡された書類を交互に見ている。
「専務理事、それが私のチームのメンバー候補です」と神崎が言うと、「一人だけ、だめだよ」と上田は言った。「これは、だめだよ。この男だけは、入れちゃだめだ」と続けて言った。
「しかし、その男は、私のチームには、無くてはならない存在です。彼は、天性のフィラリストです」と神崎は強く主張した。
上田は、「知っているよ。その才能が諸刃の剣なんだよ。切れすぎる刀は、自分の手まで切っちゃうよ~」と、冷やかしながら、上田は言った。そして、上田は手に持っていた書類を置いた。その書類は、福沢の写真が貼り付けられている経歴書であった。
日本公共政策研究所研究常務理事室。研究常務理事の細川は、渋々とした感じで、福沢を見ていた。「ドクター福沢俊明。あなたを日本公共政策研究所研究員として採用します」と言って、辞令書を福沢に渡した。安藤と佑奈は、その姿を見ていた。常務理事室を福沢が出て行った後、細川は安藤と佑奈を呼びとめた。
「安藤ちゃん、今井ちゃん、本当に大丈夫なの?」と言った。佑奈は、「大丈夫かと申しますと?」と聞くと、「何も問題は起きないよね。政策提言チームだなんて。永田町や霞が関から睨まれることだけは嫌だよ」と言うと、佑奈は、「政治的には中立的な立場で提言をしてまいりますので」と答えた。
細川は、「何かあったとき、責任は安藤ちゃんと今井ちゃんの2人が取るということでいいのかな」と言うと、佑奈は、「構いません」と答えた。細川は、「安藤ちゃんは?」と念を押すと、安藤は、「すべて、彼女を信頼して任せていますので、大丈夫だと思います。問題が起きた時は、彼女を信頼した上司である私の責任です。」と言った。細川は、革張りの上級のイスに腰を下ろし、「それならいいけどね」と言った。
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京都では、福沢と麻衣がベッドの中で抱き合っていた。福沢が果てると、麻衣は、福沢の腕の中で余韻に包まれていた。麻衣は、「愛しているわよ」と言った。福沢は、黙っていた。麻衣は、「何を考えているの?いつもは、愛しているよと言ってくれるのに」と言った。福沢は、黙って、天井を見つめていた。
「ねえ、もしかすると、あの今井という女の人が言っていたことを考えているの?」と麻衣が言うと、福沢は、「ああ」と言った。麻衣は、「ねえ、俊ちゃん。私は、俊ちゃんが、どんな選択をしても、それを信じるよ。そして、ずっと俊ちゃんに付いて行くわ。今までもそうだったように、これからも、ずっと一緒よ」と言った。
福沢は、「ありがとう」と言った。麻衣は、「私はね、2つの気持ちが混在しているよ。やっぱり、俊ちゃんには、「臥竜」ではなくて、光のあたる表舞台で活躍してほしいと思う気持ち。もうひとつは、二度と、あんな悔しく辛い想いをして欲しくないという気持ち。」
「ねえ、俊ちゃん。あなたは、日常の生活の中で小さな幸せを感じて満足するタイプではないわ。スポットライトを浴びて、表舞台で、何かを成し遂げていくことに幸福を感じるタイプ。いつも闘っていることしかできないかわいそうな人。いつも、満足しないで、幸せを渇望している。でも、私は、そんなあなたが好きよ」と麻衣は言った。
福沢は、「ごめん」と言った。麻衣は、「私は、あなたと一緒にいられるだけで幸せなの。ねえ、俊ちゃん。もう心は決まっているんでしょう。私のことは気にせず、素直になりなさい。私は、いつも側にいるから」と言うと、福沢は、もう一度、佑奈が置いて行った新聞記事を眺めた。
その数日後、東京にある日本公共政策研究所の受付に福沢と麻衣が現れた。福沢は、「主任研究員の今井に会いに来た」と言った。受付の女性は、今井の部屋の場所を福沢に教えた。研究所内の人間たちは、福沢を目で追った。福沢は、ジョルジオ・アルマーニのスーツを着て、髪を整髪剤できちんと上げ、鋭い眼光であたりを見回した。京都で佑奈が見た福沢とは別人のようであった。大学院を出たばかりで、研究者としては、まだ見習い段階の植村竜太郎は、ただ、福沢の歩く姿を眺めていた。スタッフの星野徹夫は、応接室のソファの上で昼寝をしていた。
佑奈は、部屋のドアを開けて待っており、福沢の姿を見つけると、「遅かったわね。待ちくたびれたわ」と言った。福沢は、「主人公は遅れてやってくるというのが定説だろ」と言った。佑奈は、「敵はすでに動き始めているわ」と言うと、「わかっている。早速、仕事を始めよう」と言った。「あ、それと、京都の「季節」のツケ、この研究所に回しておいたから、よろしくな」と福沢が言った。佑奈は、「はぁ?信じらんない」と顔をしかめた。
その姿を見ていた安藤は、ズボンのポケットに手を突っ込み、「カカカ」と笑っていた。
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数日後、赤坂のホテルニューオータニのパーティー会場では、数千名規模のゲストが集まっていた。壇上には、歴代の日本経団連の会長、経済同友会の代表幹事など経済界の重鎮たちが上がっていた。その中央のスタンドマイクの前には、一人の男が立っていた。その男の名前は、上田玄三と言った。上田は、経済団体が出資して設立されたシンクタンク未来創造研究機構の専務理事として、そのシンクタンクの事実上のトップであった。
「今日は、皆様、お集りいただきまして、ありがとうございます。未来創造研究機構の専務理事をしております上田玄三でございます。本日、国内外の経済界・実業界の皆様からの多大なるご支援により、産官学が連携して政策研究・提言を行う新たなプロジェクト ”Japan Innovation”を立ち上げることができました。未来創造研究機構の現在の基金は、約100億円。これを5年で500億円の基金に拡大させ、このチームを中核に、益々の発展を目指すものであります。」
会場は、100億という数字や500億という数字に、大きくざわついた。
「そして、このプロジェクトのリーダーとして、将来のノーベル経済学賞候補として世界から期待される米国Harvard大学の神崎嘉彦教授をお迎えしました」
と、上田が言うと、会場は最高潮の高まりとなった。
その会場には、佑奈と佑奈の上司である安藤も来場していた。安藤は、「さすがに、派手に勝負をかけてきたな」と言った。佑奈は、「予算もスタッフも一流というところですか」と答えた。安藤は、「上田の次なる野望はどのあたりにあるんだ。今のポジションには、満足をしていないだろう」と言うと、佑奈は、「自分の手で総理大臣を作り上げること」と言った。安藤は、「そのためのチームか」と言った。佑奈は、「彼の立場は、与党よりも野党より。次の選挙で政権交代を実現させることが目標なんでしょう」と言った。安藤は、「君も政権交代論者じゃなかったっけ?」と言うと、「私は、政権交代そのものを目指しているわけではなくて、そうしたことがきっかけで、政策競争が起きることが重要だと思っているんです。上田とは、考え方は違うわ」と佑奈は言った。安藤は、「確かにそうだったな」と小さく笑いながら言った。
「ところで、福沢の反応はどうだった。その気になったか」と安藤が言うと、佑奈は、「彼は、必ず、もう一度チームを作ることになるわ。その目的は何でもいい。日本のためであっても、自分のためであっても。自分の尊厳を守るためでも、自分が出世するためであっても、そして、上田と闘うためであっても。彼は、結局、この世界でしか生きられないのよ。そして、彼を満足させるのは、この闘いから得られる快感しかない」と言った。すると、安藤は、「君と同じ人間だということだな。君は男と寝るよりも、もっと強い快感を、この闘いに見出しているんだろう。君は、日常の生活の中で、小さな幸せなんか求めていない。戦いで得られる大きな幸せに、いつも渇望している」と言った。佑奈は、「そうよ」と言った。安藤は、「あいつも大変な相手と付き合っていたわけだ。カカカ。」と言って苦笑した。
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「俊ちゃん、ただいま」と、その女性は言った。福沢は、その女性の方を見ずに、ただ手を挙げた。「あの、どちらさまでしょうか」と、その女性は言った。佑奈は、「ごめんなさい。私は、今井佑奈。日本公共政策研究所から来ました」と自己紹介をした。「東京からお越しになったのですか。失礼しました、私は、石川麻衣と言います。今は、大学で助手をしているんです」と、その女性は言った。福沢は、「別に挨拶なんかしなくてもいいよ」と言った。麻衣は、「お客さんがお越しになっているのに、何もおかまいもしないで。どうぞ、お座りください」と言うと、福沢は、あいかわらず、佑奈や麻衣の方を向かずに、「すぐに帰るんだから、おかまいも何もしないでいいんだよ」と言った。すると、麻衣は、「俊ちゃん、失礼なことを言わないの」と言った。
「そのままでいいから、聞いてもらえるかしら」と佑奈は言った。麻衣は、「俊ちゃん!」と言ったが、福沢は振り返ることはなかった。
「端的に言うわ。私は、あなたの”Team Japan Creation”が欲しいのよ。私は、政権交代の受け皿を作るために、新しい政策研究チームを作るつもりなの」と佑奈は言った。
麻衣は、「”Team Japan Creation”」と言った。佑奈は、「そうよ。未来創造研究機構で挫折したあなたのプロジェクトをもう一度立ち上げるの。あなたがリーダーとなって、もう一度、あなたの夢にチャレンジできるのよ」と言った。
福沢は、何も言わずに、目を瞑っていた。麻衣は、「しかし、元のメンバーを集めることは無理よ。ある人は、すでに職を得てしまっているし、ある人は、日本にいない。そして、さらには、現在も未来創造研究機構に残っている人もいる。チームを集めることは不可能よ」と言った。
佑奈は、「あなたがいれば、それがあなたのチームなのよ。何も同じメンバーでなくても、あなたがいればチームはできるの。もう一度、チームを作ることができるのは、あなたしかいないの」と言うと、
福沢は振り向かずに、そのままで、「あんたの野望はなんだい?」と言った。
麻衣は、「俊ちゃん!」と言うと、佑奈は、「いいのよ」と言った。
福沢は、「いま、”Team Japan Creation”を、もう一度立ち上げたとして、あんたには、どんな役得があると言うんだ?日本初の女性首相でも目指してみるか?」と言った。麻衣は、「俊ちゃん、失礼よ!」と言った。
佑奈は、「いいのよ」と言った。福沢は、「あんたの算盤勘定が、どのように合うのか、それを聞かせてほしいね。人間を信じられなくなっていてね。人々の行動の背景には、必ず合理的な目的、算盤勘定があるだろうって思ってしまう。そのチームを利用して、あんたは何が欲しいんだ。」と言った。
佑奈は、笑いながら、「自分の考えたプランが現実になることから得られるオーガニズムかしらね」と言った。福沢は、「あんたも、その快感に取り憑かれた悪魔ってところか」と笑いながら言った。佑奈は、「あなたも同類でしょ。」と言うと、福沢は笑った。
佑奈は、「まあ、そういうことだから、私はあなたとあなたのチームが欲しいの。より高いオーガニズムを得るためにね。返答は、今でなくても良いわ。その気になったら、東京に来てもらえたら嬉しいわ。もし、あなたが私と同じタイプの人間ならば、あなたは、東京で、チームをもう一度立ち上げ、戦うことになるわ。あなたは、戦うことのできる能力を持っていて、そして、そこからオーガニズムを得るタイプだから」
福沢は、「勝手に、分析をして欲しくないな」と言った。
佑奈は、「そうそう。この記事を参考までに差し上げるわ」と言って、紙を福沢の寝そべっている頭の上の方に置いた。「これを読んだら、あなたは闘うしかなくなる」と言って、佑奈は、部屋から出て行った。
麻衣は、佑奈が置いて行った記事を手にすると、「俊ちゃん!」と言った。福沢はしぶしぶ起き上がり、麻衣から記事を受け取ると、その記事には、「未来創造研究機構専務理事 上田玄三氏 産官学共同の政策提言チームを立ち上げへ」という見出しが書いてあった。
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福沢が店を出ると、少し酔った感じで道を歩き、その後を佑奈が追った。福沢は、佑奈のことを、完全に気にしないそぶりで、ふらふらと歩き、そのうち、あるアパートの一室に入った。佑奈も福沢の後に、そのアパートに入った。
福沢は、「しつこいな」と言うと、佑奈は、「どうしても、あなたの力が必要なのよ」と言った。福沢は、「君の役に立つほどの力を、俺は持っているとは思わないけどな」と言った。「政策研究・提言集団を作るためには、あなたの力が必要なの」と佑奈は言った。福沢は、「興味ないね」と答えた。佑奈は、「いえ、あなたは興味を持っているはず。いや、興味なんかじゃないわ。使命として、再挑戦したいと思っている。あなたが、なぜ臥竜先生と呼ばれているのか。それは、政策教育をこの街でしているからよ」と言った。「政策教育なんて、大したことはしていない」と福沢は言った。「あなたは、現在の日本や地域の問題を的確に分析し、街の人々に解説をしている。若い人から老人までわかりやすく話をしている。世の中で起きていることを明確に説明することで、人々を少しでも考えるような努力をしているじゃないの」と佑奈は言った。
「ただの酔っ払いの戯言だよ」と、福沢は、佑奈とは反対の方向を向いて、寝そべってしまった。その時、そのアパートのドアが静かに開いた。福沢と佑奈は、ドアが開いたことに気が付かなかった。佑奈は、「いつまで大石内蔵助を演じているつもりなのよ。そんなに、上田玄三が怖いの!?」と言うと、ドアの前に立っていた女性が、「上田玄三」とつぶやいた。その声を聞き、佑奈は、ドアの前に立っていた女性を見た。
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福沢は、「君は誰?」と不思議そうな感じで、佑奈に尋ねた。佑奈は、名刺を差し出すと、福沢は、「日本公共政策研究所 主任研究員 今井佑奈、さん」と声に出して、名刺を読んだ。「その日本公共政策研究所主任研究員の今井佑奈さんが何のようなの?」と福沢が訊ねると、佑奈は、「あなたをスカウトしに来たんです」と言った。
福沢は、鼻で溜息をついて、そして、座敷に胡坐をかいて座った。「風流がないね。人がせっかく楽しんでいる時に、それを邪魔する権利が君にはあるのかね」と言った。隣にいた舞妓さんが、「この人、誰どすか?」と聞くと、福沢は舞妓さんの膝に頭を乗せて、寝そべって、「東京のシンクタンクの研究員の偉い先生だとさ」と言った。
佑奈は、「嫌味を言わないでください」と言った。福沢は、「嫌味の一つも言いたくなるさ。人がせっかく遊んでいるというのに、水を差しやがって」と言うと、舞妓の膝に頭を乗せたまま、天を向いた。「臥竜先生のおへそが曲がってしまったみたいどすな」と芸妓さんが言った。
福沢の頭を膝に乗せている舞妓は、福沢の頭を撫でて、「よしよし」と言った。福沢は、「今日は、お開きにしようか」と言って、立ち上がり、上着を着て、1階に降りて行った。佑奈も、その後を追った。福沢は、女将に、「今日も付けておいてくれ」というと、女将は、「臥竜先生には、かないまへんわ」と言って苦笑いをした。
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その女性は、ピッチリとしたパンツスーツに身を包み、ツカツカと、早足で、祇園の街を歩いていた。その女性の髪は、肩にかかるぐらいで、ブランド物のカバンを肩にかけ、手にはメモ紙を持っていた。少し不機嫌そうに、ある店を探していた。不機嫌な理由については、わからない。ただただ、彼女は不機嫌であったのだ。何時間も、彼女が探している店が見つからなかった。
ようやく、その女性は、自分の探している店を見つけた。その店の名前は、「季節」という老舗の店だった。女性は門戸を勢いよく開けた。周りの人々は、その音に驚き、もう少し風流な開け方もあるだろうにという顔でその女性を見ていた。
店の中に入ると、その女性は、女将に自分の名刺を差し出した。その名刺には、「日本公共政策研究所 主任研究員 今井佑奈」と書かれていた。女将は、「東京からお越しどすか」と言うと、佑奈は、「ここに臥竜先生と呼ばれる福沢俊明という方がおられると聞いたのですが」と答えた。
女将は、「臥竜先生に、何の御用件であらっしゃいますか」と尋ねると、佑奈は、「仕事の話です。何度も何度もご自宅に連絡してもつながらない。最近は、毎日のように、この店に来ていると聞いて押しかけて来たんです」と言うと、女将を押しのけて、2階にツカツカと登って行った。
2階では、ある男が舞妓さんや芸妓さんに囲まれながら、御座敷遊びをしていた。じゃんけんのようなルールで、お囃子に合わせて、襖越しに加藤清正、虎、おばあさんの真似をする。清正は、虎に強くて、虎はおばあさんに強くて、おばあさんは清正に強いというルールだ。負けた方は、御猪口一杯のお酒を飲み干すというルールであった。
佑奈は、福沢の姿を確認すると、大きな声で「福沢さん」と言った。その声で、お囃子は止まり、福沢も舞妓さんも芸妓さんも、唖然と、驚いたような顔で佑奈を眺めていた。
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●Advocacy 6 から現在の人物相関図

別ウインドウでTeam Policy Dragon 人物相関図(Advocacy 6から現在まで)を見る
○Advocacy 5までの人物相関図

別ウインドウでTeam Policy Dragon 人物相関図(Advocacy 5まで)を見る
福沢俊明(FUKUZAWA, Toshiaki):
日本公共政策研究所研究員。Ph.D in Economics.
以前は、経済団体のシンクタンク、未来創造研究機構の研究員として、政策研究・提言チーム”Team Japan Creation”のリーダーであった。プロジェクト解散後は、「臥竜先生」と呼ばれながら、全国を放浪し、京都で祇園遊び三昧の日々を送っていた。今井佑奈に誘われ、新たな政策研究・提言チームを立ち上げることを決意する。「フィラリスト」としての能力は天性の能力であると言われ、チームのエースとなる。
米国時代に、神崎、今井佑奈、安藤と親しい関係にあった。
今井佑奈 (IMAI, Yuna):
日本公共政策研究所主任研究員。Ph.D in Economics.
日本の政策過程・立法過程を変革し、政権交代の受け皿作りをするために、福沢をエースに迎え、新たな政策研究・提言チームの構想の実現を目指している。また、自らの提言が現実の政策に反映されることに、大きなオーガニズムを感じると自ら述べている。
神崎は、元婚約者。
石川麻衣 (ISHIKAWA, Mai):
日本公共政策研究所助手。Ph.D Candidate in Economics.
以前は、未来創造研究機構の助手として、福沢の”Team Japan Creation”に参加していた。チーム解散後は、福沢と共に全国を放浪し、京都では、大学の助手を務めながら、福沢を支えていた。新しいチームの最初のメンバーとして、チームのマネジメントのアシスタント業務を中心に担当している。ロジックの設計と客観的な視点の提供を行うことで、福沢の能力をコントロールしている。
植村竜太郎 (UEMURA, Ryutaro):
日本公共政策研究所助手。 Ph.D Candidate in Economics.
大学院博士後期課程を満期退学したばかりの新人研究職員。
吉沢晴信 (YOSHIZAWA, Harunobu):
政策秘書。政策秘書試験合格(衆議院・参議院)。
以前は、未来創造研究機構の研究員として、福沢の”Team Japan Creation”に参加していた。チームでは、サブリーダーとして、チームの兄貴分、取りまとめ役であった。福沢の精神安定剤的存在。
星野徹夫 (HOSHINO, Tetsuo):
日本公共政策研究所職員。
飲む・打つ・買う・三拍子揃ったグータラ人間として評判。昼間は、ソファで昼寝をしており、夕方になると夜の街を彷徨う。その原因には、家庭よりも仕事を優先してことで、子供を亡くし、妻に離婚されるという喪失経験があった。しかし、福沢と徐々に行動をともにすることで、福沢を信頼し、Team Policy Dragonのロジスティックス担当として参加する。
上田玄三 (UEDA, Genzo):
未来創造研究機構専務理事。国内外の経済界より資金を集め、産官学連携の政策研究・提言チーム"Team Japan Innovation"を作った。研究部長時代には、”Team Japan Creation”のコーディネーターを務めていた。そして、”Team Japan Creation”の功績により、専務理事選挙に当選した。しかし、福沢と対立し、チームを解散させてしまう。
神崎嘉彦 (KANZAKI, Yoshihiko):
ハーバード大学教授、未来創造研究機構特命研究員、"Japan Innovation"プロジェクトリーダー。 Ph.D in Economics.
20代でハーバード大学のテニアー(永久就職権)を取得。米国の学会では、将来のノーベル経済学賞候補と目されている。
今井佑奈は、元婚約者だった。また、安藤泰とは、大学時代からの親友。
安藤泰 (ANDO, Yutaka):
日本公共政策研究所主席研究員。Ph.D in Economics.
人格も能力も優れているが、権力欲はない。佑奈の上司であり、良きアドバイザー。
神崎とは、大学時代からの親友。米国時代には、今井佑奈や福沢とも親しく付き合っていた。
細川の追放後、新しい研究常務担当理事となる。
細川昭次(HOSOKAWA, Akitsugu):
前日本公共政策研究所研究常務理事。
新しい政策研究・提言チームを作ることに消極的。自己保身を第一とし、責任は、安藤と今井にあると宣言している。一時は、上田とともに、福沢の追放を計画するが、逆に、公共政策研究所を追われてしまう。
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