冒険Ⅳ
Dear 君へ
僕が日本を出発して、3日が経ちました。たかが3日ですが、その間にいろいろな新たな経験をしました。最初の夜は、何も勝手のわからない異国で、ほぼ一人で、電車に乗ったり、飛行機に乗ったり、街を歩いたり、ご飯を食べたり、人と話したり。日本では特に変哲もないことができるかどうかわからなくて、泣きそうになりました。そして、君を思い出して、そして無性に会いたくなった。心細いときに、側にいてほしいのは君だという、僕の気持ちを知りました。
君は、奇蹟を信じますか?人と人の出会いは、偶然なのだろうか、それとも必然なのだろうか。僕には、いまのところ、わかりません。たぶん、この先も、ずっとわからないままだと思う。でも、運命というのが本当にあって、それが何か宇宙の奥の方にある大きな記録レコーダーみたいのに全て刻まれて、そして記憶されたものであるならば、僕は僕の人生をもっと楽観的に、その決められた運命を楽しんでみたいと思うんだ。
少なくとも、君と出会うことは、僕らが生まれる前から決まっていたことだと、そう思うんだ。不思議なことだけど、そう確信している。そして、その運命に僕は感謝しているんだ。
運命を自分で切り開くということって、どういうことだろう。決められたレールの上をただ歩くのもつまらないから、君と一緒に奇蹟を起こしてみたいと思うんだけど、どうかな。そうしたら、もっと君との人生が楽しくなると思うんだ。ただそれは、神様に背く行為なのかもしれない。アダムとイブがそうであったように、禁断の果実を食べることなのかもしれない。だから、君の意見も聞かせて欲しい。
from 僕
管理棟に戻った僕は、まず電話番号を間違えていたことを知る。
「あ、×ではなく●だ。」
そして、もう一度、僕は電話番号を覚えなおすことにした。時間はいくらでもある。時間つぶしのタネは何もなく、電話番号を覚えなおすことは、非常に画期的な時間つぶしだった。
満月は少し西の方角に移動していた。生暖かい風がそそいだ。僕は、時間つぶしに、草むらの真ん中で座禅でもして、悟りでも開こうかと思った。
実は、今夜は僕は早く寝ていた。確か、23時ぐらいには寝ていたはずだ。寝ている間に、スポンテニアスオーダーと無知のベールとコンスティテューショナルルールが気になった。それで頭の整理をしようと、目を覚ましたのだった。目が覚めたら、朝にシャワーを浴びようと思っていたところ、突然、運命の指示のようにシャワーを浴びたくなって、支度をして、シャワーを浴びにいった。ところが、シャワーを浴びる前に髭剃りを忘れたことに気が付き、部屋に戻ったとき、ドアノブが思うように回らなかった。鍵がなくて、締め出されたことを初めて理解した。
僕が今夜、締め出されてしまったことは、運命なのだろうか。宇宙のどこかにある大きな記録装置には、克明と刻まれていたことなのだろうか。では、この先、僕はどうなるのかも決まっているはずだ。それは、僕には分からない。結果は、例えば、明日の今頃にはわかっているだろう。しかし、なぜ、そういう結果になったのかは、運命だったのか、奇蹟が起きたのか、それは僕も誰もわからない。だから、僕はきっと死ぬまで、自分の人生で起きたことが運命として生まれる前から決まっていたことだったのか、それとも少なからず奇蹟を切り開いてきたのかはわからないだろう。でも、それは知らなくてもいいことなのかもしれない。科学の力で、それまで分かってしまったら、人生がつまらなくなる。もし何世紀か後にそれを知った人間は、その退屈さをどう紛らわせるのだろう。それにはいささか興味がある。僕は僕の人生を、それが運命であろうと決められていないものであろうと、一日一日を楽しんで生きていきたいと思う。
草むらの中で、座禅を組むのは、何時からでも始められる。今は、3時だ。朝の7時まで、まだ4時間もある。そこで、散歩をすることにした。まずは、公共選択研究センターまでの道のりを確認することにしよう。裸足の足裏がやや痛くなり始めている。しかし公共選択研究センターは近いところにあるので、すぐに到着した。外から眺めてみる。僕が来ることに憧れていた場所で、夢の場所だ。夢が少し叶ったことによる喜びが胸に溢れてきた。
そして、いよいよ座禅を組もうと管理棟に歩き始めた。途中で、車線がある。そのとき、一台のトラックが止まった。ジョージの前であったあのトラックである。
「お前、まだうろついてたのか。どうしたんだ。」
と、運転手は今度は親切そうに、(もしくは哀れみを感じたのかわからないが)、聞いてきた。
「鍵がまだ開かないんだよ。」
そのとき、横を「ジョージメイスン」と書かれたパトカーが通った。警察といっても大学の警察のようだった。
運転手はクラクションを鳴らした。
「ポリスに相談してみろ」
運転手は、そう言った。
パトカーはクラクションに気が付かず、行ってしまった。
僕は「朝になれば管理人が来るから、それまで待っているよ」と言った。
そして、僕は運転手にお礼を言って、とぼとぼ歩き始めた。
そのとき、パトカーがこちらに戻ってきた。パトカーは僕の横を通り過ぎて、トラックのところで止まった。僕は振り返ると、運転手は僕を指差して、パトカーの警官に何か話していた。
僕は、パトカーとトラックのところに、走って戻った。
運転手は、「ポリスに聞いてみろ」と言って、去っていった。
警官は少し怖い剣幕で、「何があったんだ」と聞いてきた。
「今夜、大学の施設に泊まっているんだけど、部屋の中に鍵を置いたまま出てしまって、締め出されてしまったんだ。」と、僕は事情を説明した。
警官は、「ふむ。なんで泊まっているんだ?」と聞いてきた。
「公共選択研究センターのイベントだ」と、僕は答えた。
「ふむ。どうしたものか。」と警官も少し困惑していた。
そのときに、僕は、さきほど、時間つぶしに覚えた電話番号を思い出した。
「管理人の電話番号は、3-●●●●で、電話してほしい」と、僕は伝えた。
警官は、「ふむ、それは管理人の電話番号なのか。」と、携帯電話を取り出して、電話をかけ始めた。
電話の鳴る音が数回鳴る。相手は出たようだ。
「警官なんだけど、今夜、大学の施設に泊まっている人が鍵を部屋の中に忘れてしまって困っているんだ」と警官は話し始めた。
いくらか電話で会話が続いた。その後、警官は電話を切り、僕に向かって、
「管理棟に行け」と言った。
僕は、「僕は管理棟に行くべきなんだね」と反復した。
警官は、「そうだ。おやすみ。」と言って、パトカーをバックさせた。
僕は、お礼を行って、管理棟に走った。少し、足の裏は痛かったが、喜びのあまり痛さを感じなかった。
管理棟が近づくと、管理人が管理棟に入っていくのが見えた。何もかもがうまく行ったのだ。
管理棟で、管理人が僕を見つけると、
彼女は「何号室?」と聞いてきた。
僕は、「ごめんなさい。110室です。」と伝えた。
「気にしなくていいのよ。」と、合鍵を渡してくれた。
僕は、「どうもありがとう。本当にごめんなさい。」
彼女は、「いいのよ。鍵は明日の朝に返してね。朝7時から空くから。」と言った。
僕は、お礼を再度行って、部屋に戻った。
まずは、宿泊施設の建物のドアである。鍵の一個目は、いとも簡単にそのドアを開けてしまった。
次にいよいよ部屋の鍵である。鍵の二個目を挿し、そのままドアを押すとドアは開いたのである。
電気が点けっぱなしで、バスタオルと髭剃りが置き忘れてあり、机の上には鍵がしっかりと置いてあった。
その瞬間、僕の鍵をめぐる深夜の冒険は終わったのである。
Dear 君へ
今夜、僕は大変な経験をしました。でも、この経験で、見知らぬ異国で、なんとかなるという、淡い自信を身に付けることができました。少なからず、勝手のわからない土地で、生活することに些細な不安を感じていたのですが、明日から、堂々と日常の何気ない生活ができそうです。
たぶん、この経験は、一生忘れられない笑い話として、僕の記憶の中に残ることでしょう。もしできることなら、この笑い話をタネに君とも何度も笑いたいと思っています。
ただ、やはり不思議なのは、偶然なのか必然なのかわからないけれども、鍵が夜中のうちに開いたことです。人生のめぐりあわせって面白いですね。
from 僕


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