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喪失と流刑地

ノーベル物理学賞に続き、ノーベル化学賞に下村脩さんの受賞が決まりました。おめでとうございます。

現在は、マサチューセッツ州にお住いということで、いまが一番良い時期ですよね。ボストン。

日本人の同一年の受賞が続いたというのは、とてもすごいことです。

この勢いで、ノーベル文学賞も村上春樹さんが受賞するといいなと思います。

先日、村上春樹作品の論評をしたのですが、(ノーベル文学賞を受賞された暁には、ちゃんとした論評を発表します)、いまのところ、3期ぐらいに作品を分けることができます。どのように分けるかと言うと、作品の書き方というところでしょうか。ただ、村上作品の底流にあるのは、「喪失」だと思います。「風の歌を聴け」から「アフターダーク」まで、読み手は、読み終わったときに、何らかの擬似的な喪失感に襲われます。なんとなく、心にポケットができてしまった感じです。

その擬似的な喪失感が、やがて、自らの経験にオーバーラップして、村上作品と自分の経験が重なりあい、それがシナジー効果を生み、作品の奥深さを味わうことができる、というのが、村上作品の醍醐味ではないでしょうか。誰しもが持っている喪失感を微妙に刺激する、ということのような気がします。

ぼくも、ノルウェイの森がベストセラーになった当時(小学生のころ)から、大学生になるぐらいまで、村上作品の良さを理解することはできませんでした。村上作品は、きっと「大人」の作品なのでしょう。

これは、ぼくが渡辺淳一の「失楽園」には、さほど関心がなかったのに、「愛の流刑地」は、ある種の感情を得た、ということと同じかもしれません。「愛の流刑地」も結局は、喪失がテーマです。そして、その喪失こそが「流刑地」ということなのです。言い換えれば、「愛の喪失」こそが「愛の流刑地」なのです。

村尾菊治は、その「喪失」を抱え、受け入れ、生きていくことを決めるわけです。

確かに、村上作品の主人公たちも、村尾菊治も、「喪失」を認めるところで作品は終わります。

なぜならば、「喪失」というものは、忘れることもできないし、他の代替的なもので埋め合わせることもできないからです。

村上春樹作品、マイベスト

1.羊をめぐる冒険
2.国境の南、太陽の西
3.ノルウェイの森
4.ダンスダンスダンス
5.海辺のカフカ
5.ねじまき鳥クロニクル
6.世界の終りとハードボイルドワンダーランド

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