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現代社会の病巣と欲望の枯渇

Photoいまは、いくつかの新作をゆっくりと書いています。ひとつは映画の原作を書きたいと思っています。それが、「Ms.クリスマスからの贈り物」ですね。ディケンズのクリスマスキャロルのような作品をずっと書きたいと思っていたのですが、今回はそれに挑戦をしてみようかなと思っています。

もうひとつは、「喪失」と「孤独」、「欲望の枯渇」をテーマにした恋愛もの「エターナル・ラブ(仮)」というのを考えています。

人というのは、みんな闇の部分だったり、少なからず重荷を背負って生きている。そうした荷物を持ちながら、人々は出会い、そして別れていくわけです。でも、その中でも「永遠の愛」はあってもいいのではないかと思うのです。「好き」とか「嫌い」というレベルではなく、「忘れられない存在」への愛慕と言ったらいいのでしょうか。それが重荷になったり、それを原因に心を閉ざしたりしてしまうかもしれない。

恋愛というのは、人間不信になるリスクが大きいと思います。少なからず、恋愛をしていけば傷つくわけですから。今まで生きてきた環境も文化も違う男女が出会い、一緒に生きていこうと思うわけですから、価値観の違いはあるでしょう。それは時が経って、同じ経験や体験をしていけば、相手のことを知れば知るほど、すり合わされていく、新しい発見をし、新しい価値を作っていくんだと思います。それが楽しさでもあると思うのです。

だから、まずは始めてみよう、ということが重要なのではないかと思うのです。じゃあ、なぜ始められないのか。それは、自分が傷つくのが嫌だからなんだと思うんですよね。恋愛から距離を置いている人の中には、「いい人がいない」ということを言う人もいるんですが、その中の一部の人には、たぶん、自分が傷つくのが嫌だからという人もいるのではないかと思うのですよね。

逆に、恋愛依存的な人もいると思います。依存傾向というのは、心が満ちていない、充足していないひとつのシグナルなのかもしれないと思います。ストレス解消の手段なんだと思います。だから、誰にでも可能性があることだし、少なからず、依存とは言わないまでも、経験があると思います。失恋をしたら、ヤケ酒を飲んでしまったり、普段はタバコを吸わないのに、吸ってみたり。僕も少し落ち込んでいるとき、本屋さんに行って、たぶん、絶対に読まないであろう本を買ってしまったりします。ヤフーオークションで、後で、なんでこんなの買っちゃったんだぁ、みたいなものを買ってしまったりということもあります。それが慢性的なものになると、買い物依存とか過食依存とか、はたまたアイドル依存に発展していくのではないかと思うんです。たぶん、心のどこかに傷があったり、欲望の枯渇感があるのかもしれない。だから、ひとつ依存傾向にある人は、他の依存傾向にもなってしまう可能性があるように思います松嶋菜々子と堤真一の「やまとなでしこ」で、松嶋菜々子演じる桜子は、そんな陰を持っていたじゃないですか。

人間は、思うほど強くない。弱い人間だと思うんです。感情や思考力があるからこそ、傷つきやすいのだと思うのです。それが現代社会においては、実は無防備であったり、社会とつながっているようで、つながっていないのだと思います。

社会というのは、ある種の互助的なセーフティーネットなんだと思うんですね。互助的と言ったのは、つまり交換システムだということです。贈与と交換はひとつの法則なんだと思います。一方的な贈与というのは、中沢新一さんの本とかを読むと神にしかできないんだ、とおっしゃってますよね。人間は、贈与と言っても、交換としての贈与しかできない。

それは、よくわかります。見返りとかそういうレベルの話ではなく、少なからず、相手に喜んでもらって、その喜んでもらっている姿を見たいと思います。反応が悪かったりしたら、あまり気持ちが良くないですよね。そうしたことが続けば、嫌な気持ちが蓄積していって、いろいろと悪影響を及ぼしたりする。だから、片務的な贈与は難しいんです。

現代社会の病気を治療するためには、社会の再構築という大きな内科的な治療が必要なんだと思うんですね

村上春樹さんが「羊をめぐる冒険」、「ダンスダンスダンス」を書かれていた時代は、まさに、「大量生産」「大量消費」社会だったわけです。その中で、集団化・没個性化による息苦しさみたいな問題があったんだと思うんです。それが、今度は、多様化・個性化時代がやってくる。「大量生産」「大量消費」ではなく、オーダーメイド生産されたものを自分だけが消費する時代になったわけです。「世界にひとつだけの花」という歌が流行しましたが、まさにそういう時代になったわけです。だから、欲望を満たしてくれるものはたくさんできた。でも、本当に全ての欲望を満たしてくれているのかと言うと、人間の欲望には限界はありませんから、欲望のバブルの増幅に追いつかず、どんどんと欲望に枯渇してしまう、いつかバブルが弾けてしまうというような循環が生まれるようになってしまったと思うんです。

それが、21世紀の産業社会の姿なわけです。欲望が枯渇してしまうから、依存をしていってしまう、それは、実は大事なものを喪失してしまっているのではないかと僕は直感ながら思うんです。

だから、現代社会でもうひとつ重要なのは、相手の「欠落」なり「陰」の部分を理解し、それを認めることなんだと思うんです。もちろん、恋人や夫婦だからといって、無理に、一緒に背負う必要はないし、補完をし合うこともない。でも、お互いに、お互いの良い部分と「陰」の部分を尊重してあげることなんだと思うんです。

恋愛は、減点法なのか加点法なのか、どちらがいいのかわからないけど、相手の良さを発見する楽しさを持つことは重要だと思いますね。だから、僕は加点法主義者かな。

「Ms.クリスマスからの贈り物」と「エターナル・ラブ(仮)」では、現代社会の深層を作品を通じてメッセージにできればと思っているんです。

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