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現代社会の潮流と責任、そして人間としての尊厳

Sn3e0110_2篤姫」のサントラを買いました。メインテーマが好きですね。早速、携帯の着信音にしました。今年の大河ドラマは、昨年の「風林火山」に比べると、あまり汗臭くなく、華やかな感じがします。ただ、天璋院の凛々しさが、華やかさに緊張感を与えています。これは、宮崎あおいの演技の素晴らしさだと思います。

この凛々しさと緊張感は何が原因なのでしょうか

天璋院(篤姫)は、運命の姫だと思います。和宮も運命の姫。この時代、すべてが時代の大きな変化という潮流の中に飲み込まれ、そして、与えられた運命に購うことすらできず、翻弄され、生き抜いた時代。まさに、今の時代もそれに近いと思います。ひとつの秩序が崩壊し、新たな秩序がやってくる。ぼくたちは、その新たな秩序に不満を覚えながらも、そこに向かう運命が定められているのです

現代社会に覆う閉塞感や不安感というのは、こうした時代、社会、構造のトランジッションに対する不安感なんだと思います。いま起きている問題というのは、いま初めて起きているのではなく、たぶん、ひとつの秩序という制度の中では内包されてきたものが、その制度が変わろうとしている中で、表出してきているのだと思います。

格差問題というのは、まさに、そのひとつのような気がします。もともと、格差というものは存在するわけで、それを再分配制度によって調整がなされてきた。でも、財政の問題や生産性の問題など、格差を是正する社会の再分配制度の機能が弱くなってきたから、格差問題が表出している、というような理解もできると思うのです。

最近、羞恥心とかPOBOとか、DAIGOとかおバカキャラというのでしょうか、そういうキャラが流行っているのですが、これもひとつの格差社会の現象のような気がします。高度成長期には、坂本九が「上を向いて歩こう」という名曲を歌っていたけど、いまは、「上を向いて歩く」ではなく、こうしたおバカキャラを見て、「下を向いて歩こう」という状態になっているような気がする。「下を向いて歩こう」というところに、「陽はまた昇る」という歌を歌っている。これは、島田紳助の毒のこもった社会への投げかけ、アンチテーゼ的なメッセージなんだろうと思います

つまり、下を向いて、笑うことで、なんだか社会への不満がガス抜きされているような気がするのです。DAIGOも、竹下元首相の孫とのギャップ、非対称性の部分でガス抜きになっているのだと思う。下を向くことで、まだまだ、自分も大丈夫、という元気をもらっている、ということなのかなと思ったりしています。

これは、モルヒネのようなもので、負のスパイラルしか生まないような気がするし、その危険性を強く恐れています。結局、羞恥心、POBO、DAIGOは、幕末の「ええじゃないか」みたいなもので、何も生み出さないような気がするんです。

Sn3e0107_2一方で、明治維新は、篤姫にも出てくるように、長州、薩摩の側にも、幕府側にも人物がいて、真剣にこの国の未来について戦っていました。明治維新の志士たちは、「上を向いて」戦いを挑んでいたわけです。勝海舟は、次の時代を見据えた上で、幕府のために闘った。江戸幕府の終焉というのは、実は見事な幕引きなんだと思います。

北条も足利家も最後は無残な形で廃れてしまうけど、徳川家は公爵家として明治の時代も貴族であり続けた。たぶん、薩摩や長州の志士たちは、勝海舟を認めていたし、勝海舟も彼らを認めていた。新しい時代とはどういうものかをメタな部分で共有できていたわけです。だからこそ、見事な幕引きができたのだと思う。志士たちと勝海舟は、立場が違っただけだったのです。

このとき、江戸城の大奥で、幕府の幕引きをしたのが、天璋院(篤姫)でした。若干、32歳の女性に、徳川家の運命が任されたと言っても過言ではありません。特に、天璋院(篤姫)にとって、東海道を攻め上がってくる討幕軍は、自分の実家である薩摩だったわけです。つまり、実家と婚家が日本を二つに分け、まさに雌雄を決しているという運命の板挟みにあっていた当事者になってしまいました。そして、天璋院(篤姫)は、実家ではなく、婚家である徳川家のために奔走するわけです。もちろん、薩摩からは迎えの使者がやってくる。しかし、それを断わり、大奥の幕引きを見届け、その後は、徳川16代目の家達を徳川家宗家の後継者として育て、成長を見守るのです。

NHKの企画趣旨には、次のように書いてあります。

自分の立場、責任を自覚した篤姫の行動が、江戸無血開城に大きな役割を果たしたのです

Sn3e0106現代社会にあって、個人の行動に対し、責任を果たすということが、やはり重要である。もちろん、逃げだしたくなることもある。自分に言い訳をして、他者のせいにすれば、楽になれるかもしれない。でも、それは、とても悲しいことだと思う

自分の行動の責任を取ってあげられるのは、結局のところ、自分しかいない。最後まで、自分を愛で、信じてあげることができるのは自分しかいない。責任から逃げるということは、自分すらを見捨てているということになるのではないかと思うのです。それって、とてもかわいそうなことだと思います

だって、責任から逃げるということは、自分を裏切るということなのだと思うのです。

社会が悪いからと思い、無責任に「下を向いて」、擬似的に自分を励ましている。それよりも、「上を向いて」、胸を張って、責任を果たしていくことが重要なのではないかと思うのです。

NHKの「篤姫」の企画書は、ここまでは書いていないのだけど、今年、「篤姫」を大河ドラマにした理由なのではないかと思います。その凛々しさ、決意、そして運命が、このテーマ曲に込められていると思います。

そして、ぼくがいま書いている「エターナル・ラブ(仮)」も、「責任」がひとつのキーワードになっています。

Sn3e0108_250歳代の先輩たちとお酒を飲んだ時、「破壊は自分たちの仕事だ。そして、その後、創り出すのは、矢尾板さんたちの仕事だ」と言われた。ぼくは、心の中で涙を流して、「実践なき学問に意味はない」、社会的な情熱と使命を胸に、その志を引き継いでいかなければならないと思った。

現代社会の閉塞感は、「下を向いて歩いている」ことが原因だ。それは何も生み出さない。だから、ぼくたちは、夢を語り、新しい日本を創造するために、「上を向いて歩く」ことが重要なのだと思う。それが、本当の意味での人間の尊厳を守るということになるのだろうと思います。

どんなに好きな人物であっても、仲の良い人物であったとしても、立場が逆の立場に立っていれば、戦わなければならない。そして、大望を果たすために、その運命と宿命を乗り越えていかなければならないのです

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■NHK「篤姫」視聴率、自己最高の29・2%-なぜ高視聴率なのか?
こんにちは。篤姫、幕末ものはヒットしないというジンクスを破って高視聴率を獲得していますね。私は、この視聴率の背後には、多くの人たちの改革への期待があるのではないかと思います。現状の社会の閉塞感を打ち破る明治維新のような大改革を無意識のうちに求めているのではないかと思います。そうして、私は本当に閉塞感を打ち破る方法はあると思います。それは、明治時代の先達が西欧から本格的に導入することをしわすれた西洋型近代NPOを導入することだと思いす。良い悪いは別にして、まずこれをしなければ、今の日本の閉塞感に満ちた状況はなかなか打ち破ることはできないと思います。詳細は、是非私のブログをご覧になってください。

Posted by: yutakarlson | December 08, 2008 at 12:01 PM

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Tracked on October 22, 2008 at 11:57 AM

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