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君がいなければ どんなに成功したとしても無意味なんだ

離れていると 自信が ときどき もてなくなる 

理由は わからないけど すごく不安になり 感情が揺さぶられてしまう

"Star Closed Lovers" 

僕の最も好きなジャズで、デューク・エリントンの曲だ。

デューク・エリントンには 他に"Chelsea Bridge"や"Take the A train" "Zweet Zurzday"などがある。

その中でも 僕は "Star Closed Lovers"が好きだ。

ボーモアを片手に この曲を聴きながら 目を少し閉じてぼんやりと 君のことを 思い出す。

そうこうしていると 曲は "I Remember Cliford"に変わっていた

これも悲しい曲だ

数年前、 仕事で煮詰まったときは、アヴェ・マリアを聴きながら、個室になっている部屋の壁に、テニスボールをぶつけていた。

ある仕事の関係で、昼間は、アルバイトで仕事を手伝ってくれる人が5人ぐらいいた。研究は、基本的に、夕方以降で、オフィスに一人になってからだった。ひとりになると、よくジャズとかクラシックをかけて、仕事の続きをしたり、論文を書いたりしていた。
このときは、火曜日の朝から土曜日の夜まで寝ない、というような状態が続いたりして、はっきり言って、ワーカーホリックだったと思う。
特に、ブレックファースト・ミーティングが、朝8時から虎ノ門や新橋であったときは、その事務局であったので、気がついたら夜が明けていて、シャワーを浴びて、会議に行くということも多かった。

ある人が教えてくれたのは、昼間は、自分の座席に座っているようではだめだ、ということであった。昼間は、自分の足で歩き回り、情報を集めたり、意見交換をしてくる。ビジネスアワーが終わったら、自分のオフィスに戻り、勉強をする。

会議の事務局は、まず会議のイシューを調整し、決定する。そして、事務局案として原案を用意し、議論の題材を準備する。そのために、必要であれば、事前に、関係者の意見を聴き、すり合わせをしておくことも重要である。

打ち合わせやミーティングというのは、その場で議論を楽しむものではなく、物事を決めるためのものだ。たまに、手段が目的化しているケースがある。物事を決定するためには、会議が重要なのではなく、事前の調整が必要なのである。

事務局長の役割は、トップを補佐するとともに、現場の責任者として、円滑に運営するということだと思う。

補佐するということは、どのようなことか。トップに意見を求められたら、3つの案を提示し、その3つの意見について、そこに自分の見解・分析を述べることである。だから、いつでも3つの案を準備しておかなければならない。そのためには、トップに聞かれる前に、トップが知りたいことを察知し、案を準備し、分析をしておくということをしておかなければならない。

現場の仕事は、まずチームとして目標や方向性を明確に示すことである。そして、スタッフに、その者の仕事の意味・意義を明確に説明し、自己の役割を認識させ、その者の個人的な業務目標(オブリゲーション)を設定することである。これが「業務管理」というものである。

僕のマネジメント方法は、基本的に、このような形で行ってきた。どのくらいの時間、働いたかは問題ではなく、オブリゲーションを果たした上で、どのくらい成果の上積みをしたかが評価のポイントである。

仮に、10の仕事を2時間で済ませる人と、10の仕事を4時間で済ませる人がいて、仕事上のアシスタントとして、どちらかを選べと言われれば、僕は、その者の人間性を問わず、前者を選ぶ。仕事上の関係において、必要な要素は、人間性ではなく、生産性だ。
もし、その者のその日の業務が10の仕事だけであるならば、2時間で終われば、8時間契約をしている場合、残り6時間、そこにいなくても8時間分の給料は支払う。なぜならば、その者に、残り6時間分の仕事を用意し、指示できなかったのは、僕の責任だからであり、仕事を準備する能力が僕に無いことが原因だからである。

アシスタントを使うというのは、自分の能力も試されるということである。手術でも、執刀医よりも助手の方が能力があれば、その助手が執刀するべきである。現場において、権威や立場は、何も役に立たない。仕事上の上司と部下の関係というのは、主従関係ではなく、競争関係であるべきである。
上司は、常に部下と競争し、より高い能力を見せることが部下を掌握することができるのである。ただ、これを部下の側がやると、上司に嫌われ、追放されたりするので、自分が上司になったときの心得というようにしておいた方がいいかもしれない。
しかし、部下は上司の言うことだけを聞いていてはだめだ。時に、自分の意見を述べ、ぶつかることも必要だ。

僕は、「1を聞いて10を知るようにしてくれ」ということも言っていた。これには2つの意味がある。ひとつは、1を聞いたら、10を理解できるように、あらかじめ準備しておいてほしいということ。10の指示を丁寧に全部説明できる時間がある時は良いが、走りながら考える状態なので、大概、そういう時間はない。もうひとつの意味は、1を聞いたら、残りの9は、こちらが考えている基本線をベースに、僕が考えているもの以上のものを、自分で作り上げてくれ、という意味である。これが現在のキャッチフレーズである「思考し、創造し、実践せよ」につながってくる。

また、僕は、当時、「パブリックマインド」という言葉を使っていた。業務上の忠誠をどこに誓うか、ということである。これは、上司にでも会社にでもなく、「公共」のために誓うべきである。業務において、私利私欲のものさしは捨て、公益を考えてほしい、ということである。企業の不祥事も、この点がしっかりとすれば、問題は生じないはずだ。

僕は、何人か、こういう上司になりたいという理想というか目標になる人々と出会ってきている。

また、初めて、目が合った瞬間に、潜在的な恐ろしさを感じた、ということもある。

いろいろな人を見てきて、自分なりのマネジメント方法を、常にヴァージョンアップさせようと思っている。

さて、その後、大部屋に戻り、オフィスではなくデスクになったので、テニスボールは封印した。 

そして、この春から個人研究室を頂くことができた。しかし、まだテニスボールは箱の中に入っている。

少し、昔のことを思い出してしまった。

でも、どんなに仕事で成功したとしても、大切な人が横にいなければ、とても 虚しく儚いと思う。

君がいてくれなければ、何もかもが無意味なんだよ

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