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子どものころのキャリアプラン

前回の統一地方選挙では、某市の首長や某市の市議会議員選挙への出馬の話が実際にありました。
首長に関しては、マニフェスト(政策公約)も出来上がっており、後は、市役所で出馬会見をするだけでした。(/ー\*)

小学生の頃は、国会中継を見ながら、国会答弁の真似事をするのが好きでした。

あと、シンクタンクを作りたいというのは、変わらずに持っている夢ですね。

さて、子どものころ(中学生、高校生ぐらい)に考えていたキャリアプランの1部は、下記のようなものでした。

46歳(2025年):経済企画庁長官(現在の経済財政担当大臣)に就任
→民間登用で入閣。

48歳(2027年):東京都知事に就任
→副知事は、都庁プロパー1名、中央省庁出身者1名、政治家1名、財界人1名
→1期4年で勇退。

54歳(2033年):自由民主党総裁に就任
          内閣総理大臣に就任
→2期6年。勇退とともに、次期総選挙には不出馬。
官房長官、官房副長官、官房副長官補、首相補佐官などのスタッフを政治的任命。
首相補佐官は、首席補佐官、次席補佐官(国内政策担当)、安全保障担当補佐官。また、官邸の内閣広報室を拡充し、広報部長並びに広報部次長を任命。さらに、報道官を任命。
官房長官による記者会見は、週2回とし、毎日2回の会見は報道官が担当。
→勇退後は、シンクタンクの所長に。

なお、内閣総理大臣になるためのシナリオについては、できれば、総裁選への立候補を国会議員以外にも門戸を開いていただき、知事経験者として立候補するという感じでしょうか。総裁になった後、衆議院が解散され、比例代表で当選。

つまり、総裁選は予備選挙で、衆議院選挙は内閣総理大臣を選ぶ本選挙という感じで、擬似公選制にしてはどうかということを考えていました。

なので、高校時代に書いた論文は、首相公選制でした。あとは、アジア経済の統合ですね。九州の博多もしくは沖縄にアジア共同体本部を置く。経済、安全保障などを一元化し、アジア共同体に日本が主導的な役割を果たすべき、というのが当時の意見でした。

当時(15年前くらい)は、アジア経済共同体を作り、米国経済圏、欧州経済圏と、経済だけではなく、安全保障も含め、鼎立による秩序形成のための戦略を検討していました

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