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1ドルの罪に、どの程度の刑罰を与えるべきか

1ドルの罪に、どの程度の刑罰を科すべきか

量刑の重みの問題である。

そもそも刑罰には、次のような意味があると考えられる。

(1)社会的制裁(ある種の代替的報復行為)
(2)更生
(3)抑止

社会的制裁行為は、「目には目を」ではないが、個人の報復行為を国家なり自治機関が代替的に行う、ということである。ここで比例報復を基準に考えれば、1ドルの罪には1ドルの量刑を、ということになる。

更生については、刑罰を課すことにより、贖罪行為を通じて行為者の反省を促すことにある。これを基準に考えれば、罪の重さよりも、どの程度の量刑により、更生が可能かどうかを判断する必要がある。

抑止については、罪を犯せば、罰せられることを知らしめ、行為そのものを抑制しようというものである。これも、罪の重さよりも、効果の大きさで判断するべきである。

では、最初の質問に戻り、1ドルの罪に対し、どの程度の刑罰を科すべきなのか。「目には目を」的な比例報復の考え方をすれば1ドルの量刑を科すべきであり、比例報復の考え方をしなければ、もっと大きな量刑を科す可能性もある。更生や抑止という考え方を基準に入れれば、比例報復以上の刑罰を科すべきであると考えられる。

それでは、民法上の義務である損害賠償についてどうだろうか。損害を発生させてしまったとき、その損害を弁償することは当然であるが、その損害をどのように考えるかについても難しい。

価格というシグナルを通じて、その価値を客観的に測ることができるのであれば、価格を基準に判断するべきであるが、たとえば、人間の心など、価値を客観的に測ることができないものに対する賠償は、どのような基準で考えるべきか。

ひとつは、その行為が故意によるものなのかどうかで判断するべきであろう。

たとえば、浮気や不倫の代償は、いくらになるのか。(「カバチタレ」の最近のストーリー)

Aさん(男性)とBさん(女性)、そしてCさん(男性)の3人がいるとする。

AさんとBさんが婚姻関係にあるもしくは恋人であるとする。このとき、BさんがCさんと浮気なり不倫をしたとする。このとき、Aさんは、痛く傷ついたとして、損害賠償請求を行うことができる。

このときの損害賠償責任の所在を考えてみよう。

まず、CさんがBさんに夫もしくは彼氏がいるということを知っていたか、という問題を考えるべきだろう。もし、知らないのであれば、Cさんにとっては、この問題は故意の過失となり、それほど大きな損害賠償責任を持たない、のではないかと考えられる。

このとき、すべての情報を知っているのは、Bさんだけになる。Bさんにとっては、意図的な過失になるわけで、大きな損害賠償責任を持つことになる。BさんとCさんとの関係において、Bさんに嘘があり、Cさんに損害が発生している場合には、刑法上の責任が発生するかもしれない。

しかし、Cさんが知っているとすれば、Cさんの賠償責任は大きくなる。ただし、Bさんに対し、求償権を持ち、CさんはAさんに対する賠償責任を持つと同時に、Bさんに対して、その責任の一部を共同で負担することを求められると考えられる。

賠償金額については、Aさんの生活が、BさんとCさんの行為によって、どの程度の影響を与えたのかによる。例えば、離婚や婚約破棄ということになれば、それだけAさんの受けた精神的苦痛や損失は大きいとして、数百万円の賠償金(慰謝料を請求できるのではないか)。

よって、浮気や不倫の代償は、その行為によって、どれだけの精神的苦痛と損失が発生したかによって決定し、刑罰のような報復、更生、抑止のような効果に関係なく決定されることがわかる。損害賠償は、賠償であって、報復ではないからだ。

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