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女の子とサッカーの記憶

Jリーグがスタートしたのは、ぼくが中学1年生のときだった。中学生の頃は、浦和市(現在のさいたま市)に住んでいたので、浦和レッズを応援していた。でも、浦和レッズは弱かった。いつも最下位争いをしていた。このころ、ぼくは初恋をした。

中学3年生のとき、テスト勉強をそっちのけで、米国W杯のアジア最終予選に釘付けだった。ハンス・オフトのチームは、ワールドカップの出場に手が届きかけていた。一戦一戦を恐る恐る見ていた。最終予選前に、中山が「勝ちたければ、俺を使え」と見栄を切っていた。そして、言葉通り、活躍していた。

イラク戦。誰もが、翌年、日本代表が米国に行くことを確信していた。そして、無情のゴール。いわゆる、ドーハの悲劇だ。でも、この経験があるから、いまの日本代表があると思う。誰かが言った。「神様がまだ早いと言っているんだよ」と。

高校3年生の夏休み、簿記の試験を受けるために、予備校に通う。都立の商業高校に通う、一つ年下のあの女の子と出会ったのは、このときだ。ぼくは、初めて、冒険をした。

この夏の話題は、マイアミで、五輪代表がブラジルを破ったことだった。翌年、岡田監督の日本代表は、フランス・ワールドカップへの切符をつかむ。

フランス・ワールドカップでは3敗した。そして、トルシエが日本にやってくる。
トルシエは、まず、ワールドユースで準優勝という結果を出す。そして、シドニー五輪へ。

シドニー五輪の準々決勝(米国戦)の日、ぼくは、一つ年下の彼女と付き合っているかどうか微妙な頃で、渋谷の町を歩いていた。東急の裏あたりの路地を歩いているとき、歓声が起きた。PKを外した瞬間だった。

トルシエが、日本をワールドカップ・ベスト16に導いた後、ジーコがやってきた。
そして、ジーコがドイツで敗れ、いま、オシムが監督をしている。

今日、浦和レッズがACLの決勝進出を決めた。ACLの前身の大会では、黄金時代のジュビロ磐田が優勝したことがあるが、ACLになってからは初めてだ。もし、ACLに優勝すれば、12月のトヨタカップにアジア王者として挑戦できる。浦和レッズに、福田正博はいないけど、Jリーグのスタート時は、最下位争いを演じ、一度は、J2に降格したチームがいよいよアジアの頂点に届きそうなところまで手を伸ばした。

これも、辛抱強い、長期的なクラブ強化の賜物である。アーセナルもそうだが、やはり、本当に強いクラブというのは、この点をしっかりとしている。

来年のJリーグには、ラモス監督に率いられたヴェルディも戻ってきそうだ。

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