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そのまんま東の傲慢

そのまんま東が4月9日に自分のblog上で書いた記事が物議を呼んでいる。

問題となっている発言は、「東京は創造(変化)を一旦拒否した。東京の傲慢は復活した。これで暫く、東京は変わらない。日本も変わらない。それが是であるか非であるか?その検証も当面封印された」というものである。

4月23日の石原知事の会見の中で、下記のような質疑応答がなされた。
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【記者】3期目を迎えるに当たりまして、実は宮崎の東国原知事がホームページ上で当選後に、「東京の傲慢(ごうまん)は」、都知事に対して、「東京の傲慢は復活した」という言葉を載せたんですが、その点に関しては。

【知事】何をもって傲慢とするのか、もう少し詳しく聞かしてもらいたいね。だから、そんなのやるなら、週刊誌か何かのキャッチフレーズだけをとらえて、あまり軽率にものを言わない方がいいんじゃないかな。知事までなった人ならば。
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これに対し、そのまんま東は、「傲慢なのは、都知事のことを指すのではなく、都民のことを指す」というような発言をしたとのことである。これは、4月27日の石原知事の記者会見(13分30秒)の中で、日本テレビの「バンキャ!」の記者の発言から判明する。これに対し、石原知事は、「目の前で言え、俺の前で言ってみろ」。「発言のつじつまが合わない」、「もう一度、政治の勉強をして出直して来た方が良い」と発言している。

さて、そのまんま東の趣旨は、本当に、「都民批判」なのだろうか?もし、本当に都民のことを指しているのであれば、知事という公職にある政治家の発言として許されるものなのだろうか。
ただ、「都政に満足して、変革を求めず、保守的でありたいということが傲慢だ」という発言を、宮崎県知事であるそのまんま東がすることこそが、民主主義の基本を否定する宮崎県知事の傲慢ではないか。

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日本の税制をどうするか

夏の参議院選挙では、「日本の税制をどうするか」ということを国民に問うべきである。
財政再建を目指すのであれば、税制改革の議論は避けて通れない。もちろん、行政改革による歳出カットは大前提である。その上で、税制をどのようにしていくのか、ということも、合わせて考えなければならない。

これは、財政赤字の問題だけではなく、少子化・高齢化、グローバル化、などの社会環境の変化に応じた抜本的な税制改革を行わなければならないということであり、増税か減税かというような二元論で集約できるものではない。

課税原則にしても、従来の「公平、中立、簡素」というものを守っていくのか、もしくは、「公平、活力、簡素」というように考えていくべきかによって、あるべき税制の姿は変わってくる。

中立の原則は、超過負担を少なくする、すなわち、実際の税支払いを超えるプラスアルファの部分をゼロにするべきということであり、これが大きいということは、税に歪みがあるということである。「活力」を考えることは、租税特別措置について、税の歪みを意図的に作る、ということである。税の歪みが大きければ、その歪みの恩恵を受ける人以外から不満が出るし、多くの抜け穴ができてしまう。

レーガン税制に関しても、第1次税制改革と第2次税制改革では、全く異なった税制改革を行っている。第1次税制改革では、租税特別措置を活用する税制改正を行ったが、さまざまな抜け穴ができ、税制そのものがボロボロになった。そこで、第2次税制改革で、「広く薄く」的な税制に変更したのである。

この20数年、日本の税制改革の歴史において、政府税調が進めてきた方向性は、「広く薄く」というものであった。原則としては、所得税と消費税の2税を基幹税とし、「広く薄く」という税体系の方向性をさらに進めていくべきであろう。格差の問題を考えても、税制の歪みを拡大させるよりも、税制を立て直し、歪みを縮小させることこそが重要であると考えられる。

格差の問題にしても、市場への批判が多くなされるが、市場をより強く、発展させることこそが、格差の是正が可能である。

批判を恐れず、必要な政策を実施していくことこそが、いま、政権にとって、最も重要なことであると思う。

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文京区区議選の戦い:その後

知人のまろまろ堂さんこと、渡辺よしひろさんが文京区区議会議員選挙に立候補されたのですが、残念な結果となってしまいました。

まろまろさんに、現在の心境を取材したところ、「三方ヶ原の戦いの後の徳川家康の気持ちです」とのことでした。徳川家康が天下を取れたのも、三方ヶ原の戦いの敗戦があったからです。

徳川家康は、三方ヶ原の戦いの後、その敗戦を忘れないように、自分の姿を絵に残し、生涯、その絵を見て、気を引き締めたと言い伝えられております。

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「挑戦」する志こそが素晴らしいと思います。何も「行動」を起こさなければ、何も始まらないわけです。
まろまろさん、お疲れ様でした。

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戦術のオプション

 ぼくが最近、陣形として魅力に取りつかれているのが、4-3-3である。1トップを置いて、その1.5列目の両脇に2枚置く。その後ろに3枚の中盤を置き、4バックというものである。

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サイドバックの2枚をオーバーラップさせたときは、2バックになるので、かなり攻撃的な布陣である。その反面、1.5列目のうち1枚目を守備的に使うことで、守備を固めることもできる。スタイルとしては、ポゼッションサッカーで、ある程度のキープ率を持ち、優位にゲームを進めるというアイディアである。
1.5列目の1枚は、ドリブルでボールが持てる選手、もう1枚は、ゲームメーカーを置くイメージである。1トップは、ポストプレイヤーであり、ストライカーでもある。

今の日本代表で考えれば、スターティングメンバーは、こんな感じである。

       高原

   田中達    中村俊

   遠藤  鈴木  小野

 中田浩 阿部 中沢 加地 

       川口

次に、Bプランを考えておく必要がある。戦術のオプションは常に、複数が必要で、臨機応変に変更をしていかなければいけない。ドイツで、ジーコは、それができなかった。

Bプランは、4-4-2である。この場合、中盤をボックス型にするのか、トップ下を置くのかということで、Cプランまで作ることができる。さらに、台形型で、もう2つのオプションも付け加えることができる。

[Bプラン]

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[Cプラン]
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[Dプラン]
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[Eプラン]
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さらに、3バックにして、中盤を5枚にする型もある。

[Fプラン]

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重要なのは、試合は、流動的なので、その都度、状況に合わせたタイプを採用することである。その決断をする勇気を監督が持ち合わせているのか、ということが極めて重要になってくるのである。

戦術というのは、本当に芸術であり、魔物だと思います。その魔物の魅力に引き寄せられ、博士号を取得したら、次は、コーチングライセンスの習得を目指そうと考えています。

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チェルシー先勝

今年のUEFA CLは、プレミアリーグのチーム同士なのに、アテネで試合ということになるかもしれない??

今週は、チャンピオンズリーグの準決勝2試合が開催されました。ベスト4の中に、英国のプレミアリーグのチームが3チームと、プレミアの価値が急上昇中ですが、マンチェスター v.s. ミランは、マンチェスター・ユナイテッドが3-2で勝ち、チェルシー v.s. リバプールは、チェルシーが1-0で勝利という結果になりました。

 モウリーニョ監督が言っているように、「CLは失点しないことが重要」というように、ホームで完封したことは、決勝進出に大きなアドバンテージになると思います。いよいよ、モウリーニョのチェルシーでのプロジェクトが完成に向かうかもしれません。

 ただし、CLを優勝したところで、日本でモウリーニョに会えるかどうかはわかりません。モウリーニョが、ロンドンに留まる可能性は、現在のところ、五分五分という噂。チェルシーとは5年契約をしているわけですが、どうなるかわからないというのが本音かもしれません。今年、4冠達成ということになれば、現在のフロントとの確執から、ロンドンを離れる可能性も大きくあると思います。また、ロッペンもチームを離れる可能性も指摘されています。

 同時にリバプールのベニテス監督も動く可能性があるようです。そろそろスペインに戻るということでしょうか。

 CLの決勝が、マンチェスター・ユナイテッドv.s.チェルシーとなったら、アテネ行きの飛行機のチケットを買いたくなる衝動が、かなり大きく起きるに違いありません。

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花嫁とパパ

初めて、石原さとみ主演の「花嫁とパパ」を見ました。時任三郎の演技に脱帽ものです。あと、石原さとみのたどたどしい演技もうまいものです。U-21世代女優がブレークしていますが、演技力では、石原さとみがNo.1だと思うのは、僕だけでしょうか。なんとなく、演技の幅と奥行きを感じます。(長澤まさみのセーラー服姿は、個人的には、かなり飛び道具的な威力を感じてしまいますが。あれは、山Pでなくても、ハレルヤ・チャンスを狙ってしまうでしょう。)。

あと、和久井映見ですが、最初、和久井映見だと気がつきませんでした。今回の和久井映見は、なかなかはじけていて、良い感じです。コメディードラマとしては、大変面白い番組が作れていると思います。

さて、石原さとみと言えば、知人より、第一生命でナイトのストラップを頂きました。なんと、画面クリーナー機能付きです。早速、使わせていただいております。

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言葉遊びから中身のある議論へ

統一地方選挙も終わり、いよいよ夏の参議院選挙モードです。
抽象的な言葉遊びをやめて、そろそろ具体論にブレークダウンさせていくことが重要になってくると思います。
「美しい国づくり内閣」と言っても、何をしたいのか、具体像が見えてきません。「郵政民営化シフト」といったときには、「郵政民営化」をするための内閣だということがわかりました。

参議院選挙までは、具体論には手を付けず、というスタンスも、限界があると思います。
まずは、「美しい国」と「財政再建」の関連性について、説明をするべきだと思います。

財政再建を目指すのであれば、このタイミングで増税の議論を始めなければ、議論をするタイミングすら逃す可能性があります。

「財政再建」か「上げ潮」か、というのも、政治的決断であり、国民の判断するべきことです。

まずは、参議院選挙で、「財政再建」を目指すべきか、ということを国民に問うことをしなければなりません。
そのために、安倍さん、今こそ、臆せず、恐れず、逃げ込まず、堂々と、増税の議論を始めましょう!

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政治とインターネット

blogが政治に結びつくというのは、日本では、まだまだ萌芽期のようです。
「統一地方選挙」、参考にしたメディアは「新聞」が圧倒的

でも、インターネットで候補者が政策を掲げることで、投票者にとって、判断材料が増えたということは事実。
ユーチューブとか使って、討論会の模様とか政見放送とかも、合法的に流せるようになれば良いと思います。

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夕張市長選挙雑感

なによりも、再選挙にならなくて良かったと思います。再選挙になれば、またお金がかかりますので。

そして、藤倉肇さんが当選。実は、ぼくの意中の候補は、藤倉さんか若林たけとさんでした。

ぼく自身が、夕張市長選挙の出馬を取りやめたのは、藤倉さんが出馬宣言をされたからです。確か、3月16日。
それまで、市外からしか立候補予定者がいなくて、なんとなく、政策の議論というより、もっと、なんとなく「名前を売る」的な雰囲気が出ていて、しっかりとした政策の議論を行うために、出馬を検討しました。
他の人が、「名前を売るために」とか「お祭り気分」で出馬するのであれば、自分が政策を考え、それを問うことをしたいと思いました。

3月10日に開催したワイン会で、夕張市長選挙への出馬に関して、友人・知人より、さまざまな意見を頂き、3月17日に夕張市入りを計画していました。そして、どうしても、相談したい方が富山にいて、3月31日に富山に行って相談をした後、4月2日に東京に戻って、出馬宣言をするスケジュールでした。

3月17日の夕張入りは、先輩のA氏とともに行くことを10日に決めておりました。

ぼくの出馬のための最終判断の基準は、(1)市内関係者が出馬し、(2)その人が、売名行為ではなく、本当に夕張市を再生するために出馬するのであれば、自分には、出馬の大義がないので、不出馬にする、もし、誰も、この基準に見合う候補者がいないのであれば、出馬をしようと考えていました。

夕張市入りの前日、藤倉さんが出馬するとの一報を聞き、藤倉さんの出馬会見の内容について、情報収集したところ、(1)、(2)の両方の条件に見合うと思い、その瞬間に、ぼくの出馬の大義が失われ、ぼくは出馬するのではなく、これから政策をウォッチし、提言する側で、貢献しようと思ったのでした。

また、若林たけとさんの、これまで、千葉県の野田市議としてがんばられている姿を拝見し、若林さんにも、頑張って欲しいと思いました。

夕張市長選挙は終わりましたが、これからが再生のスタートです。ぼくは、夕張市の再生をしっかりとウォッチし、再生のための政策を提言していきたいと考えております。

まずは、3月12日と13日に提示した「元気の出る夕張プロジェクト」を、藤倉新市長にお送りするための準備をしたいと思います。

今後とも、ご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。

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渋谷で卓球

昨日は、渋谷で卓球をしてきました。卓球をするのは、人生で2度目ぐらいだったのですが、とても楽しくできました。卓球、楽しいですね。心配していた、翌日の腰痛は無く、まだまだ、若いことを実証できました!

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ぼくは、小さな政府志向のリベラル派

 ぼくは、どちらかというと、政治的にコンサバティブだと思われるようなのですが、実際に、テストしてみると、実は、リベラルだったりします。

 Yahoo!のみんなの政治で、ポリティカル・ポジションを図ってみると、やはり、小さな政府志向のリベラル派であることが判明しました。リベラルかコンサバティブかという軸では、やや中道よりな感じで、たぶん、"The West Wing"のバートレット大統領的な位置だと思われます。

 リベラルということは、「自分勝手がまかり通る世界」が良いというわけではなく、「責任を伴った自由」の追求、「義務と権利」の徹底という、この考え方は、実は、最も厳しい主義なのではないかとも思います。

 でも、自分でも笑ってしまうぐらい、完全な小さな政府主義者、これは、ノージックの「最小国家」とかアダム・スミスの「夜警国家」観に近いのではないか・・・。

 実は、米国の同じようなテストでも、このあたりの位置だったので、あんまり間違っていないと思われます。

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人間50年

人間50年、下天のうちをくらぶれば
夢幻の如くなり

ひとたび生を受け
滅せぬもののあるべきか

諸葛亮孔明が亡くなったのは、54歳。
もし、ぼくの寿命も54歳までだったら、人生の半分を超えたと感じました。
残された時間で、何かひとつでも、成し遂げることができるのか。
人間が生まれてきたからには、それぞれ、一人ひとりにその「生」に、なんらかの意味があり、なんらかの役割があると考えれば、ぼくは、その意味を果たし、役割を担えてきているのだろうか。

この世に生を受けたからには、なにかひとつのことでも成し遂げてみたい。死ぬときは、武士として死んでみたい。
そんなことを、今日、ふと考えました。

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昼まで寝太郎

 ぼくは、本宮ひろ志のマンガが大好きです。「男樹」シリーズ、「旅の途中」、「猛き黄金の国 道三」、「夢幻の如く」、「サラリーマン金太郎」などなど。安田一平の「俺の空」も良いと思います。

 最近は、「昼まで寝太郎」を読んでいます。

 これらの主人公にある程度共通しているのは、人が自然に集まってきて、器が大きい人物で、いわゆる「常識」に拘らない人です。生きていることに、恰好を付けるわけでもなく、小さくまとまっているわけでもなく、なんとなく、筋の通らないこと、仁義に反することが、とにかく嫌いな人物。そして、ハチャメチャな人。

 社会の枠にはまらず、型破りなんだけど、正しい。それに、程度の差はあれ、大局観を持っている感じですね。

 考えてみると、昔の偉人というのは、こういうタイプが多かったのではないか、と思う。そして、それが自己の満足や野心に結びついているかどうかに差はあるにしても、ハチャメチャにしていることが、結局は、何かに結びついているという感じです。

 ある意味、それぞれ、悟りを開いている感じですね。実は、これが最も難しいことです。

 こうした人物像に、昔から憧れを感じています。本宮ひろ志の作品のようなハチャメチャで楽しい人生を送ってみたい。

 ただ、実は、本宮マンガにハッピーエンドって、あまり無い気もします。なんとなく、男の生き様の最大の見せ場は、死に様というか、終わり方にあるような気が、本宮マンガから考えられます。

 やはり、ここは、「武士とは死ぬことと見つけたり」ということなのでしょうか?

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鈴木よしひろ氏世田谷区長選挙出馬

私の知人の鈴木義浩氏が世田谷区長選挙に出馬しました。

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文京区議会選挙に「まろまろ堂」さんが出馬

私の友人の「まろまろ堂」さんが、文京区議会選挙に出馬しました。

まろまろ堂さんこと、本名:渡邊よしひろさんは、東京大学の大学院生ならではで、教育と文化に関する政策を目指しているようです。

「完全無所属宣言」で、斬新な選挙手法。チャレンジする価値は、とっても大きいと思います。
「政治のプロ」ではないからこそ、気がつく視点もあると思います。

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夕張市長選挙に関する決断について

 本日より、統一地方選挙の後半戦がスタートしました。これまで、検討してきた私自身の夕張市長選挙への出馬ですが、今回は、出馬を見送るという決断をいたしました。

 夕張市長選挙には、7名が出馬との報道がなされております。もし、市外の方のみが立候補するのであれば、また、本当に夕張市の再建のために働く意識の高い方が立候補されないのであれば、私は、出馬を市、夕張市の再建の先頭に立つつもりでいました。

 つまり、この選挙は、夕張市の再建のための政策選択選挙でなくてはならず、名声を得るためだけの私欲を満たすための選挙にしてはならない、と思い、ひとつの政策の選択肢を、私の出馬によって提示し、再建のための政策の議論を行い、私の政策を支持していただけるのであれば、身命を賭して、再建に尽くしたいと考えておりました。

 今回の立候補者を見ると、夕張市の関係者の方が出馬されており、この時点で、私自身の出馬の大義がない状態であり、今回は、出馬を見送ることにいたしました。

 新市長には、私のマニフェスト「元気の出る夕張チャレンジ宣言」、「元気の出る夕張チャレンジ宣言(2)」を継承していただきたいと思います。

 これまで、温かいご声援をかけていただきましたみなさまには、心より御礼を申し上げます。

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2007年夏の強化戦略

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World Soccer Digestの最新号は、『メガクラブ「夏の強化戦略」』の特集。
チェルシーの強化ポイントは、最終ラインのテコ入れ、ゲームメーカーの確保などが挙げられている。
ただ、最大のポイントは、2007年夏に、モウリーニョがロンドンにいるのか、というのが、チェルシーにとって、最大のポイントであろう。すでに、モウリーニョがロンドンを離れるという噂は、かなりの部分で信憑性のある話として報じられている。インテルからのオファーも届いているとも言われている。特に、バラック、シェフチェンコの補強は、モウリーニョとしては、受け容れがたいものであり、その後の補強戦略においても、オーナーとの確執が取りざたされている。

個人的には、モウリーニョには、もう少し、プレミアリーグにいて欲しいという気持ちもある。なんとなく、セリエAには、似合わないという勝手なイメージもある。どちらかというと、プレミアリーグ以外であればバルセロナとかの監督になって欲しいと思う。そして、年棒が支払えるのであれば、オシムの後の日本代表監督として、来日して欲しい。

チェルシーにとって、最大の補強ポイントは、監督だろう。カッペロとかはどうだろうか?もしくは、ウリエとか?
また、もし、モウリーニョが続投する場合、デコの獲得はあるのだろうか。

今回の夏は、監督の移動にも注目だ。

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「桜を見る会」

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4月7日に、千鳥ヶ淵で、「桜を見る会」を開催いたしました。20名以上の方に、ご参加をいただきまして、うららかな土曜日の午後を、皆様と楽しく過ごさせていただきました。

また、会の途中に、高原さんがケーキの差し入れをしてくださりました。

「人は一人で生きてはいけない」
「皆さんの支えがあって、初めて、自分がある」

ということを、改めて、実感し、それを忘れてはならないと思いました。そして、私自身も、自分のできることを精一杯に行なっていくことで、お役に立ててればと、改めて、決意いたしました。

「桜を見る会」の後、二次会として、ホテルニューオータニの「オーバカナル」で、食事会を開催いたしました。
こちらも楽しい時間を過ごさせていただきました。

土曜日のイベントで、かなりリフレッシュをすることができました。

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最後に、赤坂見附の駅で、石原さとみポスターを発見したので、時任三郎の代わりに、写真に入ってみました。

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兵とは、流れる河の如く

 学問とは、常に、流れる河の如く、変化させて使うものである。学んだことを、頑なにあてはめることではなく、その学んだことを、いかに、現実に活かすかということを考えるべきである。

 これは、兵法にあっても同じ。兵法は、原則なり基本ではあるが、それは絶対のものではない。天の時、地の利、人の和に伴い、応用・可変的なものでなくてはならない。兵家の生兵法ほど、怖いものはない。

 蜀漢の馬謖も街亭の戦いで、兵法に従い、敗戦し、連戦連勝であった蜀漢の第一次遠征を失敗に終わらせた。歴史に"if"はないが、仮に、王平の進言を採用していれば、蜀漢は、長安を占領していた可能性が高い。長安を占領することができれば、魏の都にも侵攻可能で、歴史は大きく変わっていたかもしれない。

 このような歴史の転機は、壮大な歴史の中でいえば、本当に、ほんのささいな出来事で起こりうるのである。

 三国志演義の主人公は、前半は、劉備玄徳、後半は、諸葛亮孔明である。正史に比べ、水滸伝などと同系統の仁義の話であり、その「徳」の共鳴の話である。人の和を得た劉備玄徳の「徳」、先帝(劉備)への「忠義」のために生涯を貫いた諸葛亮孔明の「徳」である。だからこそ、三国志演義の中盤のクライマックスは、白帝城の劉備が崩御するシーンであり、
出帥の表」があり、最後のクライマックスは、無念の秋風五丈原における諸葛亮孔明の死をもって迎えるのである。

白帝城でのシーンは、主役交代、つまり、「徳」の引き継ぎが行われる。
つまり、劉備玄徳は、「君才十倍曹丕、必能安国、終定大事。若嗣子可輔、輔之。如其不才、君可自取」と言う。これに対して、諸葛亮孔明は、「臣敢竭股肱之力、効忠貞之節、継之以死」と答えるのである。

 「徳」とは、死して初めて、輝くものなのかもしれない。むしろ、死して初めて、「徳」を完結できるのかもしれない。

 「徳」のために、その生涯を、命をかける、という生き方は、「男の生き様」としては、美学になるのではないだろうか。

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「村上春樹」を聴く

 小西慶太著『「村上春樹」を聴く』を購入しました。ハルキ小説のひとつの醍醐味は、小説が奏でる音感です。その音感を本当に楽しもうとする、一風変わった本なのである。

 しかも、代表作の印象深い12曲入りのCDまで付録で付いており、かなりお得である。

 このように書いてみると、なんだか、本の宣伝をしているようである。でも、ぼくは、いま、ここで、とくに、本の宣伝をしようとは思っていない。でも、なぜか、本の宣伝になってしまう、変なものである。

 そこで、本のタイトルからamazonへのリンクを貼るのをやめておこう、ということで、特にリンクを貼りませんでした。でも、それだと、もっと詳しく知りたい人には、不便なので、ここにリンクを貼っておこう。

 なんとも、へそ曲がりな、文章である。

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