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価値と手段

 最近、年末からのあることをきっかけに、いろいろなことを、改めて、考える機会が、たくさんある。
 たとえば、「市場」とは何なのか、「自由」とは何なのか、「信頼」とは何なのか、「公共性」とは何なのか。

 このようなことを考えていると、これまで、当り前のように前提にしてきたことにも疑問が出てくる。
 たとえば、政策論にしても、「手段」として考えれば、問題はないのであろうが、本当に、それだけの意味なのか。すなわち、「市場化政策」とは、ただ、市場を作ることなのか。「公務員改革」とは、ただ公務員を減らすことだけなのか。「地方分権」とは、ただ、分権をすることなのか。

 それらは、ひとつの手段ですぎず、もっと、奥まった所に、これらの政策の目標なり、意味、価値というものが存在しているように思える。最近は、「経済成長」でさえ、「目的」ではなく、「結果」なのだ、というようなことを考えている。では、「経済成長」が内包している価値とは何なのか。

 市場とは、「選択の自由」があるということである。この意味で、民主主義も「選択の自由がある」ということを考えれば、経済的制度であるか政治的制度であるかの違いはあるにせよ、共有するべき、通念的価値のレベルでは、同一の意味を持つということになる。

 いま、書いている原稿は、信頼に関するコストの問題だ。この問題を解いていくと、トーマス・シェリング的な解を得ることができる感触をつかんでいる。

 パットナム的な考え方をすれば、社会に重要なのは、互酬性であり、信頼が高い社会では、効率性も良くなるという議論をしている。

 いわば、「信無くば立たず」なのである。

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