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人間としての自己、機能としての自己

Shumpei_11_8

 今日も病床に伏しておりました。ということで、国会の予算委員会をテレビで見ておりましたら、民主党からは管直人議員が質問に立たれました。管委員の質問に対して、どのように答えるのが良いのかなぁと思って聞いていましたが、例えば、

「私は信条は変わらずに持ち続けておりますし、主張すべきときは、その信条・信念を訴えていくつもりです。しかしながら、同時に、私は、内閣総理大臣として、日本の国益を第一に考えなければいけない立場にあります。公人として、内閣総理大臣として、私は、時に、私の信条・信念を主張することが国益を害する、損なうのであるならば、内閣総理大臣の責任とは、私人である部分を律することであると考え、その責任を果たすつもりです」
 
というのはどうでしょうか。
 
 つまり、自分の「こころの問題」と政府の「見解の問題」とを、明確に分けるということです。自分を政府の機能の一部とした方が判断がしやすくなると思います。
 これは、そういえば、The West Wingで死刑の問題が取り扱われたとき、バートレット大統領が、そんなことを言っていたのを思い出しました。死刑が執行されるときに、バートレット大統領は、馴染みの司教を呼んで、その司教から、「ジェドと呼ぶのがいいのか、大統領と呼ぶのがいいのか」と問われたとき、バートレット大統領は、「大統領と呼んでください。ただ、これは何も偉ぶって言うのではなく、自分を政府の一機能として考えた方が楽だからです」、というようなセリフがありました。

 人間には、いろいろな側面や立場があります。家庭では、良き父親でも、職場では厳しい上司であるかもしれません。人は、いろいろな仮面を被りながら生きています。時に、その仮面が自分の心を苦しめるときもあるのです。そのとき、一個人としてではなく、一機能として自分を捉えた方が精神的には良いのでしょう。

 人間は、何の仮面も被らず、裸の自分でいるとき、そのとき、自分はどのような自分なのか、そして、多分、自分が愛する人には、その自分を見て欲しいと、心から欲しているのではないかと思います。

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