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恋愛を楽しみ、人間を楽しむ。

 渡辺淳一の「愛の流刑地」を読んでから、恋愛に対する考え方が、なんとなく、少しずつ変わってきている。恋愛を哲学とか人間学のようなもので捉えようとしている。冬ソナであったり、セカチューであったり、純愛ブームが叫ばれて久しいが、本当の純愛とはなんだろうか。その挑戦が「愛の流刑地」だ。渡辺淳一は、「本当の大人の純愛は、精神と肉体の関係を両立させてこそ」と言う。確かに、ぼくも、この年齢になってきて、そんなことが少しずつわかるようになってきた。

 渡辺淳一は、男女の差は、「挿入して放出する性」と「受け入れる性」だと言う。また、「若いときは自分の欲望が強すぎるんだね。とにかくやりたくて挿入して、すぐ射精しちゃう。それは生理として当然だけど、できれば同時に、相手もいっぱいよくしてあげたい、そういう気持ちを持つことが大事なんだね」

 「愛の流刑地」の主人公、村尾菊治を、「菊治はある程度遊んでいて、"こうしてあげたい"と思っていたものを一気に冬香にぶち当てていく。そのためには、やっぱり基本的に、女好きでないとダメだ。冬香を好きだということと同時に女という性が好きで憧れている。彼はそういう性向を持っているわけで」と解説する。

 そして、「人間の置くに潜む普遍的なもの、人間の本質を見つめる眼がないと。人間とはなんなのかということを問い詰めることが文学だから、その視点で愛の形を問い詰めていく」、「"情"と"知"との対立を描いたもの。情が人間の基本なのに、理で全部裁けるのか。すべて論理で裁こうとする。知が上で情が下と決め付けている現代社会への批判と警告が、この作品の大きなテーマでね」と、「愛の流刑地」のテーマを説明する。

 「とにかくぼくは女が好きだった。女好きほど楽しいことはないだろう(笑)」という一言を、世の中の男性たちに大きなメッセージだろう。

 恋愛を楽しみ、人間を楽しむ。このことが重要なのではないか。またひとつ「窓」が開いた。

 引用は、R25のロングインタビューより

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