インタビュー:ジーコの解任、W杯前に考えた=川淵会長
オシム・ジャパンではなく、ジーコの話ですが、こんな話が出てきました。
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インタビュー:ジーコの解任、W杯前に考えた=川淵会長2006年8月17日(木) 19時8分 ロイター
[東京 17日 ロイター] 日本サッカー協会の川淵三郎会長が17日、ロイターとのインタビューに応じ、FIFAワールドカップ(W杯)ドイツ大会前にジーコ前監督を解任する考えがあったことを明らかにした。
日本は、W杯1次リーグF組で1分け2敗で敗退、ジーコ前監督は、契約満了となるW杯後に退任した。
川淵会長は、日本代表がアジア予選で苦戦する中、ジーコ前監督を交代させることを考えたが、W杯出場が決定したので解任する理由がなくなった、と話した。
また、ジーコ前監督が、鹿島アントラーズでテクニカル・ディレクターを務めていた際には細かい指導を行っていたが、日本代表の指導に関しては傍観的なアプローチをとり、チーム内には方向性が不明瞭になっていた選手もいたことを認めた。
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これは、2005年2月9日に、埼玉で北朝鮮に辛勝して、3月25日にテヘランでイランに負けたときですかね。そして、3月30日に、埼玉でバーレーンに辛勝。あのときは、結構、厳しい状況でしたよね。そのとき、確かに、ジーコ解任して、オシムに任せてはみたいな話は、まろまろ堂さんとしていたような気がします。その後、ぼくは、米国に行っていて、マナマでのバーレーン戦、バンコクでの北朝鮮戦は見れなかったのだけど、マディソンで池上さんに、オシムいいですよぉ~という話をしていました。そういえば、「ジーコは運はいい」と言ったら、「神様に運がいいとか言っちゃダメ」と言われた。そのとき、マディソンの街を走りながら、オシムサッカーのポイントについて話していた気がします。
一年後に、本当に、オシムが代表監督になるとは思わなかったですね。
当時、ジーコを解任できなかった背景には、後任がいなかったからだと思います。ターニングポイントは、3月30日の結果次第だったのでは。たぶん、テヘランで解任したところで、5日後に埼玉で試合なので、エドゥーが代行するだけなので、3月30日に埼玉で引き分け以下なら、解任ということだろう。その時点であれば、5月22日のキリンカップまでに後任を選べば良い。しかし、ヨーロッパではシーズン中で特にリーグ佳境だし、なかなか現職監督は難しい。Jも始まったばっかりだし、後任は選びづらい。その状況の中で、なんとか30日に勝った。そして、生き延びて、キリンカップ。ここで2連敗。ここで2つ目の推測。もしかすると、6月3日のバーレーン戦が次のターニングポイントだったのでは。ここで引き分け以下で、ジーコ解任、エドゥー代行。エドゥー代行のまま、バンコクで試合して、日本に戻り、そのままドイツでコフェデレーションカップ。帰国後に、新監督就任というシナリオだったのではないか。ちょうど、東アジア選手権まで一ヶ月あるし、欧州のリーグ戦もオフだし、監督選ぶには良い状況。このときの候補は、ヴェンゲル、エメ・ジェケ、デシャンあたりだったのでは?ただ、見事に6月3日は勝利して、そういう状態は起きなかったということかな。
確か、トルシエも、そういうときありましたね。


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