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人間は、みんな弱い存在なのかもしれないのだ

 ぼくは、コミュニケーションが不器用だ。自分のいいたいことをちゃんと伝えられなかったりすることが多い。それで、いろいろな人に嫌われたり、遠ざけられたり。人間関係が絶縁してしまったり。

 いまでも、「これがいい」というカタチはなくて、常に、迷いながら、悩みながら、コミュニケーションをしている。だから、時たま、コミュニケーション自体がとてつもなく億劫になるというかしんどくなる。

 だから、パーティーとか飲み会みたいなものは苦手だったりする。大勢のいるところで、まず、誰とどのように話したら良いのか、わからなくなる。なんとか、話す相手を見つけたとしても、肩に力にこもってしまって、何も話せない。とてつもなく気を遣ってしまって、それで疲れてしまう。

 もちろん、付き合いの長い人や信頼をしている人とは、ぼくも楽しい時間を過ごすことが出来るから、そういう人たちを会うのは、とっても楽しみ。

 たぶん、これは自分の中にあるコンプレックスが原因だ。気にしなくてもいいことまで気にしてしまう。

 人は誰でも弱さを持っている。コンプレックスなりトラウマみたいなものなんかも持っていると思う。でも、それを、なんとか克服しようとしたり、直そうとしたり、少なからず外には出さないようにしたり、がんばっている。それが成長だ。だから、他者の内面的な弱さを、相手を傷つけるためだけに浮き彫りにしてはいけない。もっと、人間の内面性を見つめてあげて、それを認めてあげることが重要だ。

 その弱さの自己治療の方法にはいろいろある。昇華させたり、たまには、休んでみたり。

 ぼくは、文章を書くことで、ぼく自身の内面的な弱さに、そして同じような弱さを抱えている人の弱さに、語りかけ、じょじょにその弱さに井戸を掘るようにコミットメントしていき、この世の中に転がっているひとつでも多くの弱さを克服できるようにしたい。

 それが、コミュニケーションが不器用なぼくなりの文章を書く理由だ。

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