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愛する者のために死ぬ

 「さあ、死にますか」

 伍長は、隊長に向かって、そう言った。

 隊長は、「お前たちは死ぬことはない。死ぬのは俺だけでいい」と言った。

 「そんな冷たいことは言わないでくださいよ。俺たちは、家族みたいなもんだ。隊長だけ残して、逃げられるかっていうんです」と、伍長は、ライフルを肩に担いだ。

 「そうそう、どこまでもついて行きますよ。隊長。あなただけを死なせない。隊長も知っているでしょ、俺たちが物分りが悪くて、不器用だってこと。俺たちにできる唯一のことは、最後まで、あなたと一緒に戦うことだけだ。なあ、兄弟」と、軍曹は伍長の肩に手を置いた。

 僕は、この光景を呆然と見続けていた。すると、少尉は、「こいつらはわかっているんだ。勝っても負けても死ななければならないことを。敵に殺されるか、生き残ったところで、捕まって処刑されるか。どっちに進んだって、道の先にあるのは「死」なんだよ」と、僕に話しかけた。「隊長は、娘さんを逃がしたら、自決するつもりだ」とも言った。

 僕たちの部隊が所属する軍団は、この地からの撤退を決めた。もっと言えば、武装解除だ。しかし、それは、事実上の敗走であり、この地に住まう人々を残していくということであった。隊長は、残された自分の娘を守るために、一人、軍を離脱し、この土地に残った。少尉と軍曹、伍長と僕も残り、敵はもうすぐのところまで近づいていたのであった。

 すでに、敵とは、国と国との取り決めで、戦争は終わっていた。僕たちの国は負けたのだ。しかし、まだ、本土から遠いこの土地は、まだ戦争が続いていた。敵は侵攻し、村は焼かれ、略奪され、女性は犯された。男性は、家族を守るために戦い、死んだ。悲劇が続いていたのだった。
 
 隊長は、僕に、「お前は逃げろ。お前は、根っからの職業軍人ではない。そして、俺たちのように、戦うことでしか生きていけないわけではない。お前の知恵は、敗戦後の復興に重要だ。みすみす、命を落とす必要はない。いま、逃げれば、まだ間に合うだろう」

 僕は、「嫌です。僕も、皆さんと家族になりたいんです。僕は、皆さんと一緒にいたい」と答えた。
 隊長は、「ここは凄惨な戦場になる」と言い、塹壕を掘っていた少尉と伍長と軍曹はこちらを向いて笑った。

 「なぜ、そんなに笑っていられるんですか?死ぬことは怖くないんですか?」と、僕は隊長に尋ねた。

 「死ぬための理由があれば、死ぬことなんか怖くないさ」

 「死ぬための理由って、何ですか?」

 「それは愛する者を守るために死ぬということだ」

 と、隊長は言った。僕は、次の言葉が出なかった。

 「俺は、軍人である前に、人間だ。気持ち良く人間だ。そして、父親なんだ。自分の子供を守るためだったら、俺は死んでもいい。ここで、敵の侵攻を少しでも食い止め、少しでも遠くまで、娘を逃がすことが、俺の父親としての仕事だ。それに、お前は付き合わなくてもいいんだ。だから、逃げろ。お前は、愛する者のために生きろ」

 すると、少尉がこちらに来て、「俺の家族は空襲で死んだらしい。軍曹の家族も伍長の家族もみんなこの戦争で犠牲になった。もう失うものはなにもない。気持ち良く、俺たちの好きな隊長と一緒に死ねる。それが俺たちの生き方だ。そういう不器用な生き方しかできないのさ」と、言った。

 木の上で、監視を続けていた伍長が叫んだ。「来たぞ。」

 隊長は、「お前は早く離脱しろ。これが最後の命令だ」と、僕に叫んだ。

 僕は、首を振り、「僕も家族です。皆さんと一緒に戦います」と言い、塹壕に飛びこんだ。

 軍曹は、「兄弟。ここは踏ん張りどころだぞ。お前は何があっても生き残るんだぞ」と、僕の肩を叩いた。
 隊長も、塹壕に飛び込み、「馬鹿者が」と、僕につぶやき、そして大声で、「そんな不器用なお前たちが大好きだ」と言った。木の上の伍長も、塹壕の中の少尉も軍曹も僕も、笑った。澄み切った笑顔を見せた。

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