恋のダウンロード
仲間由紀恵 with ダウンズローズの「恋のダウンロード」を聴いています。
ぼくは、なかなかのお気に入りになりました。というのも、古き良きアイドルJ-POPの匂いがプンプンするからです。曲は筒美京平で、王道ですね。そして、作詞は、あまり意味に凝り過ぎていないで、勢いで行っているところが良い。
この歌は、メッセージ性というより、仲間由紀恵が歌っていることが重要な歌なのだ。そう、1980年代や90年代前半に、ぼくたちが一生懸命に追いかけたアイドルたちの歌のように、歌の内容に意味があるわけではなく、もちろん音楽に意味があるわけではなく、そのアイドル(男性も女性も)が歌っていることが重要なのだ。
この数年、ぼくたちが忘れていた何かを、思い出すことができるのだ。
このジャンクさ、というか、手軽さが、たまらない。たまに、ぼくたちがファーストフード店のフライドポテトが食べたくなるように、ぼくたちは音楽にも、たまに、求めるのだ。 熱々の揚げたてのフライドポテト。でも、その多くは、しなびて、冷めたポテトなのだが、たまに、熱々のポテトにめぐり合う。そんな感じなのだ。
音楽を作るとき、小説を書くときも同じだけれども、凝りすぎると、それはただの自己満足の世界で、悦に浸っているに過ぎないという現象に陥っていることも多い。だから、第3者の評価が重要になってくる。
そうしたマスターベーション的作品の大半は、全く受け入れられないか、一部のマニアにしか受け入れられない。
ぼくたちは芸術家なので、自分で納得すること、さらに、自己満足や自己陶酔との微妙な間のところで、トランスな状態になることも時には必要なことである。作品を創造するということは、そういうことである。時に、神の言葉を聞き、神の奏でる音に耳を傾ける。そして、それを盗むのだ。無意識のうちに、こうした意志の交換の連続が行われる。
そんなとき、素朴なメッセージや音が、実は人々に認められることもある。
そんなことを思い出させてくれる一曲である。
☆☆☆☆(星5つ中4つ)


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