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メニューのないイタリア料理屋さん

 春の匂いがした。
 まだ、冬の真っ只中のはずなのに、かすかに春の匂いがした。
 北海道から帰ってきて数日、東京は穏やかに暖かい日が続いていた。

 北海道の夜は、肌に突き刺さるような寒さだった。一転して、東京は、マフラーも外してしまうほどの暖かさ。
 僕は、もうすぐ、そこに春が来ていることを、感じていた。

 陽射しも温かく、本で陽射しが反射し、まぶしかった。冬の間、堪えていた花たちが、いよいよ芽を出す時期が来る。何か、新鮮な気持ちになって、素直に春の訪れを喜ぼう。

 街を歩いていると、道路の反対側に、初めて見るお店があった。四谷の上智大学にほど近いところだ。

 僕はなぜか興味を持って、その店に入ろうと思った。たまたま、僕はパスタを食べたくなっていたこともある。

 そのお店には、メニューがなかった。ほとんどのパスタはできるという。僕は、リングイネが好きなのだが、ペペロンチーノを注文した。それに、店員さんの勢いに飲まれ、いつのまにかオレンジジュースを注文していた。

 パスタだけだと、バランスが悪いので、サラダを注文した。

 メニューがないから、お金がいくらかかるのかわからない。それがちょっと怖かった。料理を待ちながら、お店のソファに座り、考え事をしていた。そのうちに、料理が運ばれてきた。

 料理屋を出て、僕は神宮外苑の方向に歩いていった。歩いているとき、僕は気が付いた。僕は羊を見つけたのだった。羊は僕の中にいたのだ。

 僕は、この夏以来、いろいろと大事なものを置き忘れてきていた。大事な人も失った。
 それは、運命のように、自然にそうなっていた。いや、そうしなければいけなかったのかもしれない。

 やっと、僕は羊男が僕に伝えようとしていたことの意味がわかりそうになった。僕は、もっと踊らないといけない。もっと、気持ちを緩めて、踊ることが重要なんだ。

 もう一度、僕が置き忘れてきた大事なものを取り戻せるのだろうか。いや、僕はそうしなければいけないのだ。

 「ねえ、僕は君に大切なことを預けっぱなしにしていたようだ」

 僕は、信濃町の駅に伸びる道を一気に走り出した。春はもうすぐそこだ。

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