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あとがき

 ぼくが、この小説の構想を始めたのは、実は去年(2004年)の春のこと。松井彰彦さんの「市場の中の女の子(PHP研究所)」を読んで、ぼくは経済学の知識をベースに松井さんのような物語が書きたいと思ったのが、きっかけだった。

 そういうわけで、実は、プロローグの初めの何行かは、去年の春に書いていて、それから一年間ぐらいの断絶があって、今年の春にもう一度、書き始めようと思って、改めて構想をしなおしたというものだ。

 誰か一人だけ好きな作家を挙げてくださいと言われたら、ぼくは村上春樹さんを挙げるだろう。「ノルウェイの森(講談社)」が出版されたとき、ぼくは小学生とか中学生だった。その頃は、歴史物が好きで、あまり現代小説に興味を示さなかったから、ぼくが「ノルウェイの森」にたどり着いたのは、それから約10年後だった。初めて読んだ村上春樹さんの作品は、「国境の南、太陽の西(講談社)」で、二度目の大きな失恋をしたときだった。

 「国境の南、太陽の西」、「ノルウェイの森」に登場した主人公は、いずれも一人っ子であって、昔付き合っていた彼女にも指摘されたように、その主人子の言動は、昔のぼくに重なる部分が多かった。そういう意味で共感した部分が多かったというのも、村上作品にぼくが魅せられた最初の理由だった。

 ぼくは、米国に3週間ほど、勉強のために滞在したのだけれど、その出発の前日の夜に、ある人から村上春樹作品の「羊をめぐる冒険(講談社)」と「ダンス・ダンス・ダンス(講談社)」を薦められた。ぼくは、翌日に成田空港の書店で、計4冊の文庫を購入した。米国の電車は日本と違って、待ち時間が長かったし、乗車時間も長かったし、また就寝前に、ぼくはこの4冊を読んだ。そうした中で、ぼくは村上さんのような小説が書きたくなった。

 この作品は、前半部分の「赤い蝋燭」編までを米国で、それ以降を日本で執筆した。まず、ぼくがしたことは、「夢」の世界をできるだけ忠実な絵にすることであった。そうして「夢」の世界観をしっかりした上で、「現実」の世界を描く努力をした。そうすることで、「現実」の世界から一歩離れた立ち位置から、つまり、あまりコミットをしない形で人間そのものを描きたかったのだ。この物語には、ふたつの視点があって、ひとつは「僕」の視点である。もうひとつは、物語を語る客観的な「ぼく」の視点である。ぼくは、ある部分では「僕」と同化し、ある部分ではストーリーテイラーとして、物語を語る。
 
 この物語で、ぼくが書きたかったのは、人間の弱さだ。人間には、完全な人間なんていなくて、必ずどこかしらに欠落を持っているだろし、それが人間らしさなんだと思う。でも、それをぼくたちは、社会を行きぬく中で、その欠落をできるだけフォローするように努力をしている。自分の欠落を知っている人は素晴らしいと思う。たぶん、多くの人は、その欠落にさえも気が付いていないのではないかと思う。

 そもそも人間の成長というものは、そうした欠落を認識すること、そして、その欠落をできるだけ小さくしたり、修繕したりすることなんだと思う。

 この物語をぼくはある人に捧げたいと思って書き進めた。ぼく自身、この物語がどのようなメッセージを持つものなのか、わからない。また、それを自分自身で解説することもあまりしたくない。だから、ぼくが考えているメッセージとは全く違うメッセージをその人に伝えてしまうかもしれない。でも、ぼくは、その人にこの物語を捧げたいと強く思って書き続けた。

 いつか、夢の中ではなくて、現実の世界で君に出逢えますように。

矢尾板俊平

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