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権力オセロ

 福田赳夫元総理の言葉。「天の声も、たまに変な声がある」

 権力とは、常に移り変わる。

 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
 沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。
 おごれるものも久しからず、唯春の夢のごとし。
 たけき者も遂にはほろびぬ、ひとえに風の前の塵に同じ。
                            「平家物語」

 僕は、さいきん、権力とはオセロのようなものだと思う。黒と白。どちらかが表であれば、どちらかが裏になる。オセロがひっくりかえれば、白が表になり、黒が裏になる。ただ、それだけのこと。

 黒が優勢なときは、黒が多くなるが、ひとたび、劣勢になれば、白が増える。

 けっこう、簡単に表と裏がひっくり返る。

 「風が吹く、風鈴がなる」

 これは自然の摂理であり、道理である。 権力の移り変わりもまた同じ。無理にそれを止めることはできず、ただその流れに身を任せるだけ。

 自分に、それだけの力(権力と書くと悪いイメージがあるので、もっと力とか権限とかで考えよう)があれば、その力を使って、社会に貢献するだけ。もし、その力がなくなれば、僕は、その力に恋々とせず、オセロが再びひっくり返るまで待つことにしよう。

 「敗軍の将、兵を語らず」と言う。僕も、何も語らないようにしてきた。

 改革をしようとしたが、その改革は頓挫し、改革の半ばで、僕はその立場を離れることになった。

 いまは、あまり多くのことを語らぬようにしよう。時が来れば、真実を語りたいと思っている。「勝てば官軍」という。歴史を作るのは、勝者の方だ。たぶん、僕の視点から見れば、その歴史は大きく歪んでいる。しかし、今、僕が語ることは、ただの敗者の弁でしかない。

 時が来て、あの船に戻ることがあれば、そのときこそ、改革を達成させるときである。そのために、いまは、語るときではなく、その改革を実現するための準備をすることだ。

 そして、その時が来れば、もう一度、社会のために働きたいと思う。そして、春の終わりに桜が散るように、そのことによって、自分自身が滅することになったとしても。

 これが「滅びの美学」なのかどうかはわからない。

 でも、

 人間50年 下天のうちをくらぶれば
 夢幻の如くなり
 ひとたび生を受け 滅せぬもののあるべきか
                      「敦盛」

 生あらば、必ず死がある。 人間の価値とは、その間に、どれだけの意味を自分自身の中に刻むことができるのかによって決まるのではないか。

 滅することを恐れるよりも、それは必然であり常である以上、僕は、それを恐れず、ひとつでも多くの社会貢献をしていきたいと思っている。

 僕は、そうした力に恋々としない。

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