悲しみのワルツ-日常の中の僕-(20)
レイコさんは、車の外に出て、「きれいですね」と言った。生暖かい風が吹いた。僕は、深呼吸をした。「ここは一人になって、考え事をしたいときに来る場所なんだ」と言った。レイコさんは、「じゃあ、ここは社長の隠れ家なんですね」と言った。「そうだね」と僕は答えた。
「石和裕美さんは、石和裕美さんなりに、20数年間生きてきた。でも、やっぱり悲しいですよね。これが決められていた運命なのか偶然なのかはわかりませんけれど、たった20数年間で、人生が終わってしまうなんて。もっと、これから楽しいことも、幸せに感じることだって、あったでしょうし。もっと、いろいろな所を旅したかっただろうし、もっとおいしいものを食べたかったでしょう。でも、それは、もうできないんです。そう思うと、とても悲しくなります。お焼香してたら、そう思ってしまいました。」と、レイコさんは言った。
「彼女は、僕と付き合ったことで、時間を無駄にしてしまっただろうか。」と、僕は言った。
「人生に、人間が生きる時間に無駄なものはありません。確かに、社長とお付き合いをして、辛いことや悲しいことはあったんでしょう。それで、あなたに対する憎しみの気持ちは少なからずあったのかもしれない。でも、楽しいことや嬉しいこともあったはずです。人生なんて、最後は、きっと50対50なんじゃないですか。」と、レイコさんは言った。
「それにしても、彼女の人生は短すぎた。もっと、彼女は生きるべきだった。」と、僕は言った。
「いつまでも留まっていてはだめなんです。私たちは、石和裕美さんから解放されなくちゃいけないんです。彼女に縛られるのは、今日までにして、明日からは、またいつもの毎日に戻りましょう。」と、レイコさんは髪を耳にかけながら言った。
「そうしよう」と、僕は同意した。
僕は、横浜でレイコさんと軽い食事をして、レイコさんを広尾の自宅まで送り、僕も自分の部屋に戻った。昨日の残りのワインを飲み、酔いに誘われるように、熟睡した。この二日間、ろくに寝ていなかったので、その睡眠不足も手伝って、夢も見ないほど、深い眠りについた。
翌朝、起きると、もう9時を過ぎていて、シャワーを浴びて、出掛けた。虎ノ門の駅の近くにある行き着けの古い喫茶店で、いつものようにモーニングを注文し、日本経済新聞を読みながら、コーヒーのおかわりを注文した。喫茶店を出た後、そのまま事務所に行くと、レイコさんがメールを打っていた。レイコさんの脇には、喪服がかけられていた。
「あれ、なんで喪服?」と僕が聞くと、「だって、お通夜の前日に泊まるほどの友人が亡くなったのに、告別式に行かないなんて変でしょ」とレイコさんは言った。「そりゃ、そうだ」と、僕は笑った。そして、僕は日常の生活のリズムに再び戻ったのであった。


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