« 悲しみのワルツ-日常の中の僕-(11) | Main | 悲しみのワルツ-日常の中の僕-(12) »

パーソナルスペース

 いま、このブログで連載中の「今夜、夢の中で君に出逢う」は、なかなか順調に筆が進んでいます。こんなに順調なのは、久しぶりです。構想段階からすると、もう半年以上は経って、実際に書き始めて、2ヶ月は経過しています。なんとか、夏の終わりまでには、書き上げて、印刷に回したいと思っています。

 そして、「神々に捧げる詩」も書き始めました。こちらは、いつ出来上がるか未定です。

 さて、そういえば思いだしたことがあって、以前に電車に乗っていたら、女性が携帯電話で話しながら、お化粧をしていました。電車の中でお化粧をすること自体、いろいろと批判があると思うし、携帯電話で話をすること自体は問題なんだろうと思うけど、まあ、その点は置いておいて、とても器用だな、と、ぼくは思いました。

 携帯電話も、普通に手に持っての会話ではなく、よく車の運転中に話すためのイヤホンとマイクのようなものを使っていました。そうすることで、両手は開くので、お化粧も普通にできるのです。

 なぜ、その女性がイヤホンマイクを持っているのかはわからないのですが、もしかすると、その女性は、携帯電話で話しながら、お化粧をすることがすでにパターン化されているのかもしれないと思いました。

 人間には、パーソナルスペースというものが、無意識のうちにあります。いわゆる、縄張りというものでしょうか。誰かが意図しないで、そのスペースに入ってこられると、かなり不快感が与えられることもあるのではないでしょうか。

 携帯電話で話しながらお化粧をする、一見、この女性にはパーソナルスペースがないように見えますが、実はパーソナルスペースは存在しているのだろうです。ある説によると、このパーソナルスペースがカプセル化して、彼女の周りを囲っているそうです。そのことにより、彼女は周りからはよく見られますが、周りのことは眼に入らないというような状態になるようです。

 パーソナルスペースのカプセル化は、現代社会において、かなり増えているような気がします。その原因のひとつに、携帯電話、インターネットがあるように思えます。

 つまり、これらのツールによって、本来は「社会」を通じて人間同士のつながりが生じるところ、個人のカプセル化したスペースとスペースとが、直接的につながることにより、意識的につながることができるのではないでしょうか。
 そうすると、実は社会的な連携というものが意味をなさなくなるのかもしれません。モジュール化という言葉が注目して、年月は経ちますが、カプセル化、モジュール化というものが、人間関係においても出てくるということは、どのような影響が出てくるのでしょうか。

 そんな自分勝手な思い込み的「自立」した社会、むしろ、それは「社会」でもないのかもしれませんが、もう一度、カプセルを解き放って、社会を楽しむということも必要なのではないかなと、ぼくは勝手に思ってしまいます。

|

« 悲しみのワルツ-日常の中の僕-(11) | Main | 悲しみのワルツ-日常の中の僕-(12) »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/27563/5010489

Listed below are links to weblogs that reference パーソナルスペース:

« 悲しみのワルツ-日常の中の僕-(11) | Main | 悲しみのワルツ-日常の中の僕-(12) »