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終わりなき旅路

 ぼくは、また旅に出る必要がありそうだ。見知らぬ土地で、ぼくは自分の存在の小ささを実感する。そして、ぼくはゆっくりと考える。気持ちを整理する。そして、なんらかの答えを自分の中に求める。そのためには、非日常的な空間に自分の身を置くことが、どうしても必要なのだと思う。

 村上春樹「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」の一節。
 「いいですか、僕という人間が虫めがねで見なきゃよくわからないような存在であることは自分でも承知しています。昔からそうでした。学校の卒業写真を見ても自分の顔をみつけるのにすごく時間がかかるくらいなんです。家族もいませんから、今僕が消滅したって誰も困りません。友だちもいないから、僕がいなくなっても誰も悲しまないでしょう。それはよくわかります。でも、変な話かもしれないけど、僕はこの世界にそれなりに満足してもいたんです。どうしてかはわからない。あるいは僕と僕自身がふたつに分裂してかけあい万歳みたいなことをやりながら楽しく生きてきたのかもしれない。それはわかりません。でもとにかく僕はこの世界にいた方が落ちつくんです。僕は世の中に存在する数多くのものを嫌い、そちらの方でも僕を嫌っているみたいだけど、中には気に入っているものもあるし、気に入っているものはとても気に入っているんです。向こうが僕のことを気に入っているかどうかには関係なくです。僕はそういう風にして生きているんです。どこにも行きたくない。不死もいりません。年をとっていくのはつらいこともあるけれど、僕だけが年とっていくわけじゃない。みんな同じように年をとっていくんです。一角獣も塀もほしくない」(下巻107ページ~108ページ)

 村上春樹は、ぼくが好きな作家のひとりだ。10代の頃は、村上春樹の良さがあまりピンと来なかったのだが、この2・3年のうちに、村上春樹のストーリーに強く惹かれている。彼の小説を読んでいて、心に残る言葉はいくつもあるのだが、この言葉は、今日、実に共感した言葉である。

 ぼくの存在は、きっと米粒よりも小さくて、綿よりも軽い、そんなものなんだろうけれど、それでもぼくが存在することの意味がひとつでもあるのであれば、それは大きな喜びであり、生きがいになると思う。また、それをいつまでも信じてたいと思う。

 いつかぼくは、自分自身に出会うために、終わりなき旅路をゆっくりと歩き始めよう。ぼくは、そう思っている。

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