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無との交換

 昨夜は、隅田川の花火大会だったようで、浴衣姿の女性をよく見かけました。日比谷公園では、たぶん野外ステージで、何かイベントをやっているようで、音楽やらなんやらが聞こえてきました。
 
 街そのものの華やかな感じ、また街の持つパワーが、視覚的なものではなく、意識的なものとして感じられました。

 日比谷公園から坂を上がっていくと、国会議事堂があるわけですが、その騒がしさと対照的に国会議事堂の周辺は、静寂と闇に包まれていました。

 ほんの数キロも離れていない土地でも、視覚的にも、聴覚的にも、さらには意識的にも空間が分離されているような感じで、大変不思議な気持ちになりました。

 明と暗、光と闇、朝と夜、裏と表、正義と悪、生と死、この世界の中で、意識レベルで感じ取れる全てのものには、すべて相反する状態が存在するように思えます。それぞれの状態がそれぞれに相反する状態があるので、その状態は安定的となっており、もしいずれかの状態が失われてしまうことで、世界はとても不安定な存在になるのではないかと思います。

 言うなれば、入り口だけでも出口だけでも、それは存在し得ないわけで、入り口と出口があるからこそ、構造が安定するのであると言えるのではないでしょうか。

 相反する概念を独立的な言葉として明確に表現しえないとき、私たちは、「不」や「無」というような言葉を使用します。例えば、安定ということにおいても、「不安定」、秩序についても「無秩序」などです。

 つまり、どのような状態についても、全て双対的に概念なり、状態が存在しており、それを私たちは言葉によって表現しうることができるのです。

 しかしながら、ぼくたちには、どうしても説明ができないことがあります。

 人間の進歩というものは、科学的な手法で、物事の法則を発見したり、概念や状態を論理的に説明しようということの繰り返しです。ですから、私たちは未だ発見していなかったり、説明できない法則、概念や状態があるわけです。

 それらは、人間に対し、多くの恐怖感を与えるわけです。この恐怖感は、人間の意識なり根源的な核のレベルを脅かす畏れとなり、人間の行動に大きな影響を与えることになります。そこで、私たちは、その畏れを表現することを発明します。さらには、その「無」の存在のものをできるだけ「有」の形に表象化し、その記号的な「畏れ」の対象に対して、贈与を行うことによって、その畏れを少しでも和らげるということをするのではないでしょうか。

 「無」というものは、常に「有」の世界であるぼくたちの世界に双対的・相対的に存在します。だからこそ、「有」の世界が安定的に存在し、確立しているわけです。これらの世界は表裏一体となっていて、メビウスの輪の如く、常に接点が存在し、何らかの交換が行われていると考えることができます。

 何が本当の真理なのか、何が偽物なのか、それは、たぶん誰にもわからないことなのですが、ぼくがこの世界に生きているということは事実で、そして、社会へのコミットメントということは、何か積極的に社会に対して行うということではなく、もちろんその意味も含まれるわけですが、もっと根源的に考えれば、ぼくたちがそこに存在している、そこで生きていること自体がコミットメントなのではないかと思いました。

 ちなみに、ぼくは大学生の頃、中沢新一先生の「比較宗教論」の授業で、「有」と「無」について教わりました。ぼくの記憶が間違っていなければ、その接点として「祭り」を例にお話されていたように記憶しております。

 それは「祭り」だけではなくて、たぶん、世の中のいたるところに、接点が現れるものだと思います。

 ここで思い出したのは、村上春樹の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」と「海辺のカフカ」の世界観でした。

 ※世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 
 ※海辺のカフカ 

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終わりなき旅路

 ぼくは、また旅に出る必要がありそうだ。見知らぬ土地で、ぼくは自分の存在の小ささを実感する。そして、ぼくはゆっくりと考える。気持ちを整理する。そして、なんらかの答えを自分の中に求める。そのためには、非日常的な空間に自分の身を置くことが、どうしても必要なのだと思う。

 村上春樹「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」の一節。
 「いいですか、僕という人間が虫めがねで見なきゃよくわからないような存在であることは自分でも承知しています。昔からそうでした。学校の卒業写真を見ても自分の顔をみつけるのにすごく時間がかかるくらいなんです。家族もいませんから、今僕が消滅したって誰も困りません。友だちもいないから、僕がいなくなっても誰も悲しまないでしょう。それはよくわかります。でも、変な話かもしれないけど、僕はこの世界にそれなりに満足してもいたんです。どうしてかはわからない。あるいは僕と僕自身がふたつに分裂してかけあい万歳みたいなことをやりながら楽しく生きてきたのかもしれない。それはわかりません。でもとにかく僕はこの世界にいた方が落ちつくんです。僕は世の中に存在する数多くのものを嫌い、そちらの方でも僕を嫌っているみたいだけど、中には気に入っているものもあるし、気に入っているものはとても気に入っているんです。向こうが僕のことを気に入っているかどうかには関係なくです。僕はそういう風にして生きているんです。どこにも行きたくない。不死もいりません。年をとっていくのはつらいこともあるけれど、僕だけが年とっていくわけじゃない。みんな同じように年をとっていくんです。一角獣も塀もほしくない」(下巻107ページ~108ページ)

 村上春樹は、ぼくが好きな作家のひとりだ。10代の頃は、村上春樹の良さがあまりピンと来なかったのだが、この2・3年のうちに、村上春樹のストーリーに強く惹かれている。彼の小説を読んでいて、心に残る言葉はいくつもあるのだが、この言葉は、今日、実に共感した言葉である。

 ぼくの存在は、きっと米粒よりも小さくて、綿よりも軽い、そんなものなんだろうけれど、それでもぼくが存在することの意味がひとつでもあるのであれば、それは大きな喜びであり、生きがいになると思う。また、それをいつまでも信じてたいと思う。

 いつかぼくは、自分自身に出会うために、終わりなき旅路をゆっくりと歩き始めよう。ぼくは、そう思っている。

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青い蝋燭(3)

 タクシーで、レイコさんを広尾まで送った。タクシーの中で、レイコさんはしつこいぐらいに、なんで誘わなかったのかとか、もったいないとかと散々文句を言った。僕は聞き流した。広尾で、レイコさんを降ろした後、僕は突然、新宿のあの蝋燭屋に行こうと思い付いた。そこで、タクシーの運転手さんに、新宿の歌舞伎町まで行ってもらうように言った。

 一週間前に彷徨った記憶を頼りに、僕はあの蝋燭屋に向かった。すると、一週間前と同じ場所にその蝋燭屋はあった。僕は暖簾をくぐると、一週間前と同じ初老の男性が店番をしていた。

 「いらっしゃい。また来たんだね」と、その男性は言った。

 「もう一度、夢の中で、ユミに会いたいんだ。だから、あの赤い蝋燭が欲しいんだ」と、僕は入る早々、注文をした。男性は、「同じ蝋燭はないんだ」と言った。僕は、「こんなに多くの蝋燭があるじゃないか」と反論した。「全く同じ蝋燭はないんだ。ひとつの蝋燭は一度しか使えない」と言う。僕は、「僕はそうしたら、どうすればいいんだ」と男性に尋ねた。

 「君がここに来ることはわかっていた。偶然ではなく、それが運命であり、必然なんだ。石和裕美が死んだのも偶然に交通事故にあったからではなくて、交通事故にあうのが運命だったんだ。その運命の必然の結果として、彼女は死んだ」と男性は言った。

 「あなたは、石和裕美のことを知っているの?」と、僕は聞いた。男性は、「石和裕美本人のことは知らない。しかし、君を取り巻く運命は知っている」と言う。僕は、「それじゃあ、僕はどこに向かおうとしているの。僕の運命の先には、何が待っているの?」と尋ねた。男性は、「そう焦るな。君は君自身で、自分の運命を知らなければいけないんだ。人から教えてもらうことはできないんだよ。だから、掘るんだ。とことん掘るんだよ」と言う。僕は「何を掘る?」と言った。男性は、「とにかく掘るんだ。夢の世界であれ、現実の世界であれ、掘り続けるんだ」と言った。

 「ユミは、君の欠落を指摘した。君はその欠落を埋めなければいけない。そうしなければ、君の運命の針は先には進まない。掘って埋めるんだ。埋めて掘る。その繰り返しを続けていけば、君の運命の針は必ず進む。そうすれば、君は君自身の運命を知ることが出来る」と男性は言う。

 僕は、「僕は、何をすればいいの?どこを掘って、どうやって僕の欠落を埋めるの?」と聞いた。男性は、青い蝋燭を取り出し、火を灯した。僕は青い蝋燭に灯された火を見つめた。そのうちに、僕を深い暗闇が包んだ。そして、僕の意識は徐々に現実の世界から遠のいた。僕は、そのとき、なつこさんの顔を思い浮かべていた。しかし、そのなつこさんの顔も徐々に小さくなっていった。

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自信のある人

 ぼくは、自分に自信を持っている人、自分のことを素直に愛することができる人が好きです。見ていて、とっても気持ちがいいです。

 もっともっと、あなたにはがんばってほしいと思います。そして、もっと輝いてほしいです。まばゆいほど、輝いているあなたを見ていると、ぼくも勇気付けられます。許されるのであれば、ぼくはもっとあなたのことを見続けていたい。

 ぼくは、あなたにひとつの言葉を伝えたいと思います。

 「どうもありがとう」

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生き生きと生きる方法

"Master of Life"

 ぼくが、もう十数年前に初めて書いた詩の題名です。「人生、楽しんで生きましょう」ということです。

 ぼくは、いま、ぼくの人生を楽しんで生きているのでしょうか。苦しいこととか辛いこと、悲しいこと、寂しいことなどもあると思いますが、客観的に見ると、自分の人生、なかなか好きに生きているような気がします。そういう意味で、ぼくは幸せなんだと思ったりします。研究して、小説書いて、こうしてコラム書いてと、なかなか楽しい人生だと思います。これも、ひとえに、いろいろな方々に支えていただいているからでありまして、心からの感謝の気持ちでいっぱいです。

 さて、こんなぼくが偉そうなことは言えないのですが、ぼくができるアドバイス。「生き生きと生きる方法」

 君は、本当に素晴らしい。ぼくは、そう思います。とっても魅力的で、少なからず、ぼくは君に魅了されている。

 だから、君がもし自分の素晴らしさに気が付いていないのであれば、それに気が付いて欲しいんだ。自分の良さを、自分の魅力を、自分の素晴らしさをもっともっと知って欲しい。そして、信じて欲しい。胸をはって、君はもっと、前を向いて、歩みを少しずつ進めて欲しいんだ。

 もし、君が、自分に自信をもっていないのであれば、鏡の前で、自分をもう一度見てごらん。ぼくも、落ち込んでいるときや自信がないときは、鏡の中のぼくを見ることは本当に嫌気がさすけれど、目をそらさないで、見つめてごらん。きっと、君の笑顔がそこにあるから。

 人間誰にでも、辛いとき、悲しいとき、苦しいとき、寂しいときがある。でも、明けない夜がなく、沈まぬ太陽がない限り、次はきっと、少しでも良いことがある。

 ぼくらは、それを信じて、何が起きるかわからないけど、とにかく前に進んでみよう。

 それが、ぼくの「生き生きと生きる方法」

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青い蝋燭(2)

 僕たちは、食事を終えると、最後のデザートとコーヒーを待った。僕がぼんやり夜景を見ていると、レイコさんは、「私は適当なところで失礼しますので、後は、なつこさんとうまくやってくださいね」と言った。僕は、「えっ?」と聞き返した。レイコさんは、「私のことは気にしないで、なつこさんを、この後、どこかに誘ってあげるといいと思いますよ。せっかく、プレゼントも買ってきたんだし。」と言った。僕は、「でも、彼女は支配人なんだから、まだお店があるだろう」と言った。レイコさんは、「だから、後で、電話してとか言っておいて、この辺で待っていればいいじゃないですか。私は23時ぐらいまでだったら、待つのに付き合いますよ。うふふ」と言う。僕は、「どうしても、僕となつこさんをくっつけたいみたいだね」と言った。

 僕は、山口さんを呼び、お勘定をお願いした。山口さんは、「本日のお勘定は結構でございます。支配人より、そのように申し付けられておりますので」と言った。僕は、「きっと山口さんを困らせることになると思うけど、僕はお客さんとして来ているんです。それが、吉澤さんとの約束だから、お勘定をお支払いしたい」と言った。山口さんは、困った顔をして、「それでは、支配人を呼んでまいりますので、少々、お待ちいただけますか」と言った。すぐになつこさんがやってきて、「今夜は私がお誘いしたんだから、いいのよ」と言った。僕は、「約束が違うよ。僕はお客さんとして来る、そして君の最も自信のあるアレンジを注文する。これは君と僕との真剣勝負なんだと、僕は言った。僕は、今日、君の最も自信のあるアレンジを注文した。そしてそれは大変素晴らしかった。だから、僕はその素晴らしいサービス、君と君のスタッフに敬意を表して、料金をお支払いしたいんだ」と言った。なつこさんは、「うれしいわ。本当は私の方がお礼をしなければいけないところだけど、今回はお勘定を頂くことにするわ。でも、必ず、お礼をさせてね」と言う。僕は、「楽しみにしているよ」と言った。

 そして、店を出る際に、僕はなつこさんに、そっと包みを渡した。その包みの中身は、ウェッジウッドのワイルドストロベリー。「お祝い。君にきっと似合うと思うティーカップ」と耳元で小さな声で囁いた。彼女は、「ありがとう。うれしいわ。」と言った。僕は、「いつでも電話をしてきてほしい。応援しているよ」と言った。彼女は、「必ずするわ」と言って、僕とレイコさんを見送った。

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一日の生活

 自分のプライベートをここに書くのは、とても恥ずかしいのですが、だいたいこんな生活をしています、ということを記録しておきたいと思います。

 小説を書くのに、毎日、できるだけだいたい1時間ほど充てるようにしています。多いときは2時間ほど。休みの日は、もう少し多いときもあります。平日は、この1時間も充てることが難しい日もけっこうあります。ここで書くという意味は、実際にキーボードの前に座って、文字を打つことにあります。このブログは、だいたい深夜0時過ぎから朝にかけて更新するようにしています。これは、ひとつは、このブログをお仕事前にパンでもかじりながら、何か読むものがないときに、ぜひ読んで欲しいということがあります。ぼくも、小腹が空いたときやパンで朝食や昼食を食べるときに、黙々と食べるのもなんなので、新聞を読んだり、ブログを読んだりしながら、食べることが多いです。最近、「席朝族」が増えていると聞いたことがあります。そんなときに、ぼくのブログを読んでいただければうれしいと思います。もうひとつは、greeの毎朝の新着メールです。ぼくは、greeに登録をしていますが、その関係で、ぼくのブログの更新状況が毎朝、greeの友達にリンクしている方々に送られることになっています。せっかくなので、そういう機会も利用しようと考えています。

 でも、最大の理由は、一日の始めに更新をしておかないと、その日の仕事や予定によっては、更新できない状況になることが多々あることが挙げられます。平日はとくに、日中に更新することが難しいので、「更新できない」と一日気持ちが重くなるよりは、早めにノルマは果たしておこうということです。

 平日は、朝起きて、仕事します。仕事場への往復の際に、本を読んだり、小説の構想を考えたりします。もちろん、これだけではなくて、論文のこと、研究のことも考えます。そのような意味で、移動時間というのが、かなり重要な意味を持ちます。昔、大学に車で通学していたときは、本を読むことができなかったので、ざっくばらんに手当たり次第にいろいろな本を読むことができなかったということもありましたが、今は、この移動時間と就寝前の時間を使って、ざっくばらんにいろいろな本を読むことができます。

 実は、研究にしても、小説にしても、検討もつかないような、全く関係のない内容の本から、新しいヒントを得るようなことが多々あります。また、ロジックの展開なども、実はそういうところから得るということが多いです。

 いま、興味を持っているのは、「人はなぜ知的財産を創造するのだろう?」ということです。ぼくは、知的財産権の研究をしているのですが、同時に、クリエーターでもあるので、自分の場合のことも客観的に捉えながら、こうした問題を考えています。最近、思い浮かぶキーワードは、「贈与」と「交換」です。このあたりのことは、もう少しまとまったら、文章にしたいと思っています。

 文章を書いているときには、音楽を聴きながら書いています。だいたいはイージーリスニングできるものですね。

 ざっくばらんに書くとこんな感じです。

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青い蝋燭(1)

 石和裕美が死んで、一週間が経った。一週間前、僕は、新宿のある蝋燭屋に立ち寄り、不思議な経験をした。その後、夢の中で、記号としてのユミに会い、石和裕美のメッセージと思われるいくつかの言葉を聞いた。そして、その翌日に石和裕美が死んだ。時間にしてみればたった二日間の出来事であったけれど、1年分以上の重みがあった二日間だった。

 その後の一週間、僕は仕事に集中した。もういちど、ユミに会わなければいけない、と思いつつも、それを実行するためには、多くの勇気と労力が必要であった。もし、ユミともう一度会ったところで、何を僕は知ろうとしているのか。そして、ユミに会うどんな理由を僕は持っているというのだろうか。

 そんなことを考えているうちに、僕は決意をしながらも、行くべきか行かざるべきかを行ったり来たり、循環をしていた。

 今夜は、レイコさんとなつこさんの店に行く約束をしていた。石和裕美の件では、レイコさんに迷惑をかけたので、そのお礼の意味を込めて、彼女を食事に誘ったのであった。僕はなつこさんの店に、昼間のうちに電話をすると、なつこさんが電話に出た。

 「今夜、うちの竹下と一緒に、お伺いするよ」と、僕は言った。なつこさんは、「まあ、うれしいわ。レイコさんとお会いできるのも楽しみにしているわ」と言った。

 僕とレイコさんは、仕事が終わってから、タクシーに乗り、なつこさんの店に向かった。なつこさんの店に着くと、黒服を着た男が店のドアを開けてくれた。そして、僕は僕の名前を告げると、「お待ちしておりました」と、レイコさんをエスコートして、僕たちの席に案内をしてくれた。

 なつこさんが、僕たちに用意してくれたのは、夜景が素晴らしいVIP用の個室であった。その黒服の男は、山口と名乗った。この店の副支配人ということであった。山口さんは、「いま、支配人も参りますので、お待ちください」と言い、ワインリストを僕に差し出した。僕は、赤ワインと白ワインを一本ずつ注文した。

 山口さんは、「かしこまりました」と言い、部屋から出ると、入れ替わりに、なつこさんが部屋に入ってきた。「いらっしゃい。本当に来てくれたのね。うれしいわ。今日は、うちの店でもっとも自信のあるお料理を食べていただきたいのだけど、よろしいかしら?」と尋ねてきたので、僕は「楽しみにしているよ」と言った。なつこさんは、僕とレイコさんに、お店のいろいろなことを説明してくれた。

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今夜、夢の中で君に出逢う

 本日で、第2章「悲しみのワルツ-日常の中の僕-」が終わりました。明日からは、第3章「青い蝋燭」が始まります。「僕」は、これからどうなるのか、ぜひお楽しみ。

 「僕」は、どこに行こうとしているのか、「僕」となつこさんの関係は?レイコさんは?ご期待ください。

 著者よりのコメント:「プロローグ、第1章「赤い蝋燭」、第2章「悲しみのワルツ」と来て、いよいよ物語りは中盤に入ります。もっともっと、登場人物がこの舞台の上で自由に動きまわれるように、描いていきたいと思ってますので、引き続き、よろしくお願いします」

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悲しみのワルツ-日常の中の僕-(20)

 レイコさんは、車の外に出て、「きれいですね」と言った。生暖かい風が吹いた。僕は、深呼吸をした。「ここは一人になって、考え事をしたいときに来る場所なんだ」と言った。レイコさんは、「じゃあ、ここは社長の隠れ家なんですね」と言った。「そうだね」と僕は答えた。

 「石和裕美さんは、石和裕美さんなりに、20数年間生きてきた。でも、やっぱり悲しいですよね。これが決められていた運命なのか偶然なのかはわかりませんけれど、たった20数年間で、人生が終わってしまうなんて。もっと、これから楽しいことも、幸せに感じることだって、あったでしょうし。もっと、いろいろな所を旅したかっただろうし、もっとおいしいものを食べたかったでしょう。でも、それは、もうできないんです。そう思うと、とても悲しくなります。お焼香してたら、そう思ってしまいました。」と、レイコさんは言った。

 「彼女は、僕と付き合ったことで、時間を無駄にしてしまっただろうか。」と、僕は言った。

 「人生に、人間が生きる時間に無駄なものはありません。確かに、社長とお付き合いをして、辛いことや悲しいことはあったんでしょう。それで、あなたに対する憎しみの気持ちは少なからずあったのかもしれない。でも、楽しいことや嬉しいこともあったはずです。人生なんて、最後は、きっと50対50なんじゃないですか。」と、レイコさんは言った。

 「それにしても、彼女の人生は短すぎた。もっと、彼女は生きるべきだった。」と、僕は言った。

 「いつまでも留まっていてはだめなんです。私たちは、石和裕美さんから解放されなくちゃいけないんです。彼女に縛られるのは、今日までにして、明日からは、またいつもの毎日に戻りましょう。」と、レイコさんは髪を耳にかけながら言った。

 「そうしよう」と、僕は同意した。

 僕は、横浜でレイコさんと軽い食事をして、レイコさんを広尾の自宅まで送り、僕も自分の部屋に戻った。昨日の残りのワインを飲み、酔いに誘われるように、熟睡した。この二日間、ろくに寝ていなかったので、その睡眠不足も手伝って、夢も見ないほど、深い眠りについた。

 翌朝、起きると、もう9時を過ぎていて、シャワーを浴びて、出掛けた。虎ノ門の駅の近くにある行き着けの古い喫茶店で、いつものようにモーニングを注文し、日本経済新聞を読みながら、コーヒーのおかわりを注文した。喫茶店を出た後、そのまま事務所に行くと、レイコさんがメールを打っていた。レイコさんの脇には、喪服がかけられていた。

 「あれ、なんで喪服?」と僕が聞くと、「だって、お通夜の前日に泊まるほどの友人が亡くなったのに、告別式に行かないなんて変でしょ」とレイコさんは言った。「そりゃ、そうだ」と、僕は笑った。そして、僕は日常の生活のリズムに再び戻ったのであった。

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悲しみのワルツ-日常の中の僕-(19)

 午後3時過ぎ、レイコさんが喪服姿で事務所にやってきた。「遅くなってすみません。社長の言葉に甘えて、帰ってから一眠りしてしまいました」と、謝った。僕は、「気にしないでいいよ。今日は夕方前に来ればいいよと言ったんだから、まだ早い方だよ」と笑った。そして、なつこさんが来たこと、彼女が転職をしたことをレイコさんに話した。レイコさんは、「じゃあ、早速、今夜行ってみましょうよ。私も会いたいわ、なつこさんに」と言った。僕は、「今夜行くのかい?それは、何が何でも早急すぎないかい?」と言った。レイコさんは、「そう思うのは、なつこさんのことが気になるからでしょ。タイミングを逃したら、後悔しますよ。恋愛は、駆け引きなんですから。」と笑った。僕は、「君の言っていることが理解できなくて、困っちゃうよ」と言った。レイコさんは、「恥ずかしがっちゃって。社長もシャイなところがあるんですねぇ」と言い、お得意の「うふふ」という笑いをした。

 僕たちは、夕方の5時過ぎに、事務所を出た。霞が関の駅から丸の内線に乗り、新大塚で下りて、石和裕美の実家の近くのお寺に向かった。ちょうど、お通夜が始まる頃で、石和裕美の友人や知人、たぶんご近所に住むお爺さんやお婆さんが列を作っていた。僕は、会社名でお香典を包み、記帳した。しかし、やはり僕はお焼香するべきではないと思った。そこで、お焼香は、レイコさんに任せ、寺の外から祭壇に向かって手を合わせ、冥福を祈ることにした。

 レイコさんが、お焼香を済ませて、戻ってきた。レイコさんは、無言だった。僕もレイコさんに、話しかけなかった。そして、そのまま駅に向かって、歩き始めた。そのうち、レイコさんが、「少し気分転換に、夜景でも見に行きませんか?」と言った。僕は、「うん」と答えた。

 僕たちは、丸の内線で池袋まで行き、山手線で渋谷に行き、東急田園都市線で三軒茶屋まで戻った。そして、僕の車に乗り、恵比寿、三田を抜けて、湾岸沿いに出た。そこで、高速道路に乗り、横浜に向かった。

 僕はみなとみらいの夜景が海の向こうに見える埠頭に車を止めた。

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悲しみのワルツ-日常の中の僕-(18)

 「ありがとう。実は、私が転職することを決意させたのは、あなたの言葉でもあるの。前に、あなたと一緒に仕事をしたとき、あなたは、私に「君はもっと自由にいるべきだ。もっと君の理想を追求するべきだ。そして、それを実現するべきなんだ」って、言ってくれた。それが、私にとっては、励みになったの。あなたと青山で食事をしたとき、実は、すでに私はヘッドハンティングの誘いを受けていて迷っていたの。そのとき、あなたが私にそれを言ってくれて、私は決意したの。もっと、自分を試してみようって」と、なつこさんは言った。

 「わかるよ。才能を持っている人間というのは、より高いところで、挑戦をするべきなんだ。人間はいつも成長するんだから、現状維持というのは、実は後退なんだ。君は、現状に留まっているべきではない。君は、前進するべきなんだ。」と、僕は答えた。

 「応援してくれる?」

 「もちろん。」

 「一度、お店にお食事に来て。レイコさんと一緒に。お店で一番おいしい料理をご馳走するわ」と言って、お店の住所と電話番号、そして地図が書かれた紙を僕に渡した。

 「お客さんとして行くよ。そして、僕は、君が最も自信を持つアレンジを注文する。そのとき、僕と君との勝負なんだ。手加減はしないよ。だから、お客さんとして行く。」

 「ありがとう。うれしいわ」

 「レイコさんとも会いたいし、また来てもいいかしら」

 「いいよ。」

 「ありがとう。私の電話番号を置いていくわ。前に教えたのは、前の会社の仕事用の電話だから。時々、あなたの声が聞きたくなるかもしれないから、そのときは電話してもいい?」

 「いいよ。君が電話したいときに、いつでも電話をかけてくるといい。」と言って、僕は僕の電話番号を教えた。

 「ありがとう」と彼女は言った。

 そして、なつこさんは、ペコリと頭を下げて、ドアを出て行った。ドアは丁寧に閉められた。僕は、また、ソファーに埋もれて、本を読み始めた。

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地震

 昨日、地震がありました。東京で震度5を超えたのは、13年ぶりみたいですね。ぼくは、後楽園キャンパスの新3号館という2003年の春に建てられた14階建ての建物の13階にいて、仕事をしていました。東京都文京区は震度4だったらしいけれど、高い階にいたからか、もしくは新しい建物で耐震設計上、そのようになっているのかわからないけれど、大きく揺れました。たとえるのならば、少し波が高い日の船の上という感じです。

 パソコンのモニターを見ていて、少し気持ち悪くなりました。あるのかどうかわからないけれど、地震酔いという表現が適切だと思います。

 ぼくは、夜に用事があったので、その前に有楽町のウェッジウッドのお店に行って、プレゼント用のカップを買おうと思っていました。仕事も一段落したので、出かけようとしたのですが、まず、建物のエレベーターが止まっていました。

 そこで、ぼくは階段で、1階まで降りました。有楽町には、どのように行こうか考えるときに、三田線で日比谷まで行くということを思いつかなくて、丸の内線で行こうとしました。そして、後楽園の駅に行くと、人が溢れかえってるではありませんか。後楽園の駅は、東京ドームで催しがあれば、溢れかえっている時間があるので、そんなもんかなと思っていたら、東京メトロが止まっていました。

 ぼくは、後楽園シティの中にある本屋(山下書店)に行こうと思っていたので、あまり気にせず、JRで行こうと思って、水道橋に向かいました。東京ドームを通り越して、本屋に寄って、水道橋の駅に着きました。ここでも人が溢れておりました。予感はしてたけど、総武線と中央線も止まっていたのです。そこで、ぼくは、三田線で行くことにして、JR水道橋の駅から都営地下鉄の水道橋の方に向かいました。駅の周辺は人が溢れていて、歩くのも大変です。

 都営地下鉄はかろうじて動いていたんだけど、徐行運転でした。なんとか、ウエッジウッドのお店に行けると一安心をしました。本を読んで待っていると、電車がやってきたのですが、人がかなりたくさん乗ったので、なかなかの混雑状況でした。神保町で、停車時間が長くしかも車内放送で、「この電車は御成門行きでしたが、三田まで行きます」というアナウンスが流れた。「こんなこともあるもんだな」と思った。

 大手町の駅でも、停車時間が長く、ゆっくりと日比谷までたどり着きました。

 ウェッジウッドでカップを購入して、歩いていると、バス停で人がかなりバス待ちをしていたり、パトカーとかが出てたり、おまわりさんがいたりという感じでした。

 夜は、新橋で人と待ち合わせをしたのですが、ようやく山手線と京浜東北線が動き出したようで、SL広場は待ち合わせの人でいっぱいでした。みんな、待ち合わせ相手が電車で遅れているようでありました。

 もっと大きな地震が来ると言われていますが、公共交通は、さらにマヒするものと思います。危機の際の対応を改めて考えるきっかけとなった地震でありました。

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悲しみのワルツ-日常の中の僕-(17)

 レイコさんは、ラッシュアワーが終わる頃に、僕の部屋を出て、自宅に戻った。レイコさんには、夕方前に事務所に来ればいいと言った。僕は、もう一眠りして、昼すぎに事務所に向かった。

 昼過ぎに到着した僕の事務所は、文字通りガラーンとしていた。この二日間に起きたこととは、全く関係のない日常の空間だった。僕は、ソファーに埋もれて、お気に入りの小説を読み出した。僕は、こう見えても本をたくさん読む方で、昔、図書館の受付のアルバイトをしていたぐらいだった。大学生の時、僕は、僕の住む街の区立図書館で夏の間、アルバイトをしていた。特に時給が良かったわけではなかったが、本の側にいることに、至福を感じていたのだった。

 最近、買った本を読んでいると、ドアをノックする音が聞こえた。僕は、「どうぞ」とドアの向こうに聞こえるように言った。ドアを開けて入っていたのは、なつこさんだった。

 「こんにちは。」と、なつこさんは言った。

 僕は、読んでいた本のページを開いたまま裏返しにして、テーブルの上に置いた。

 「あいかわらず、暇そうね。レイコさんは、今日はお休みなの?」と、なつこさんは言った。

 「まあ、うちは季節労働だからね。忙しいときと暇なときが交互にやってくる。実は、この2・3日にいろいろとあって、今日は、開店休業状態なんですよ」と言った。

 なつこさんは、「実は、ご挨拶に来たの。あなたには、いつもいろいろとお世話になっているし。私、会社を退職することにしたの」と言った。

 僕は、「会社を退職されるの?」と、聞きなおした。

 「そう。こんど、あるレストランから、コーディネーターとして来ないかと誘われて。都会に幻想空間を作るようなレストランを作るためには、私が必要だって、そのオーナーに言われて、私もやってみようかなと思って」と、なつこさんは言った。

 「うん。それはいい。君は、広告会社で、会社に縛られているには、もったいないほどの能力と魅力とセンスを持っている。もっと、君は自由に発想をして、表現をするべきなんだ」と、僕は言った。

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麻婆豆腐

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 ぼくは、麻婆豆腐が食べたくなった。夏に食べるものと言えば、鰻、素麺、そして中華(?)。暑いときに、元気を付けるということで、辛いものを食べることは、けっこう、いいんじゃないかと思う。ここで、ぼくが、少しネガティブな言い方をしていて、「辛いものを食べることは良い」と言い切れないのは、もしかすると、医学的には間違っているかもしれないので、はっきりと述べることができない。ただ、ぼくの中では、「辛いもの」は暑さに良いはずだ。

 中華の中でも、四川料理が好きだ。2月に上海に連れていってもらったときも、4泊のうち、2回は四川料理のお店に行った。そのとき、食べた麻婆豆腐は大変おいしかった。辛さも最高で、ホテルに帰ってから、ガスター10を飲むぐらい、辛かったが、おいしかった。

 今日は、多摩にいたので、ぼくはモノレールで立川に行った。立川駅のグランデュオに中華街がある。そこに陳健一の店があって、そこは麻婆豆腐の専門店なのだ。

 いつもは、高幡不動でモノレールを降りるのだが、きょうは、立川まで足を伸ばした。そのまま上北台まで行って、西武線で帰るというような旅の衝動も起きたが、麻婆豆腐には勝てなかった。

 ぼくは、陳健一の店にいった。そこのメニューは麻婆豆腐セットだけであった。「麻婆豆腐セットでいいですか?」と店員さんに聞かれたので、少し迷いながらも、(迷うも何もそれしかないのだが)、麻婆豆腐セットを注文した。「杏仁豆腐はどうしますか?」と聞かれた。ぼくは、無意識に「はい」と言った。今日、ぼくは麻婆豆腐セットと杏仁豆腐を頼むことが必然であったようなぐらい一糸乱れぬ自然な流れであった。

 写真のような麻婆豆腐が運ばれてきた。味はとてもおいしい。ご飯もおかわりした。

 夏はやはり四川料理ですよ!

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悲しみのワルツ-日常の中の僕-(16)

 7時頃になって、レイコさんは寝室から出てきた。僕は、コーヒーを入れ、食パンを焼き、スクランブルエッグを作っていた。「おはようございます。いい匂いね」と、レイコさんは言った。

 「おはよう。今日は、会社を昼からにしよう。君も家に戻って、シャワーをあびて、着替えてきた方がいい」と言いながら、彼女にコーヒーを差し出した。

 「ありがとうございます。喪服も持ってこないといけませんからね。社長は、お通夜と告別式はどうなさいますか?」と、レイコさんは眠そうな顔で尋ねた。

 「元の恋人がお通夜と告別式に出席するのって、どうなんだろうね」と、笑った。

 「微妙なところですよね。石和裕美さんが、元の恋人にご焼香されて喜ぶかと言えば、そうとは限らないし。家族的にも周りの友人的にも、受け止め方はいろいろでしょうから。」と言った。

 「レイコさんなら、どう思う?」と、僕は聞いた。

 レイコさんは、「それは家族や友人の立場でですか?それとも死んだ元恋人?」

 「うん。君が石和裕美の立場だったら、どう思う?周りの家族や友人にどう受け止められたって、僕はいいんだ。ただ、石和裕美が天国で嫌な気持ちになるんなら、彼女をこれ以上、傷つけたくない。でも、彼女が喜ぶなら、喜ぶことをしてあげたい」

 「難しいですね。ただ、別れ方にもよるでしょうし。憎しみとかは、「死」で、全てご精算というわけにはいかないでしょうしね。彼女の本音がわからないから、私にはなんとも言えませんが、一応、会社に連絡があったことだし、個人的な関係とは別にして、会社の社長としてお通夜にご焼香したら良いんじゃないですか?」と、レイコさんは、かなり悩みながら、そう答えた。

 「じゃあ、そうすることにするよ。レイコさんはどうする?」と尋ねた。

 「私は、確かに、昼食をご一緒したりと知らない仲ではないので、社長と一緒にお通夜には出ようと思いますわ。でも、告別式までは行きません。」

 「じゃあ、今夜、一緒にお通夜に出ることにしよう」と、僕は言った。

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フライパンを洗え!

 ぼくは自転車に乗って、買い物に行った。冷蔵庫には、もらいものの餃子があったので、メインディッシュは餃子にしようと思っていたのだけれども、サイドメニューとなるおかずがなかったので、近くのクイーンズ伊勢丹に行くことにした。

 ぼくは、スーパーの食料品売り場を歩くのが、けっこう好きだ。食料品売り場には、さまざまな可能性が満ち溢れている。可能性の素材がそこにはあるのだ。

 サラダを作ることにした。サラダと言っても、いろいろなサラダがある。ぼくは、レタスとミニキュロットときゅうりのサラダを作ろうと思った。そこで、レタスの半切りされたものとミニキュロット一袋、きゅうり2本をかごに入れた。
 次に、最近、お刺身を食べたいと思っていたので、イカを買うことにした。とりあえず、刺身用のするめいかをかごに入れた。

 それに、納豆を買うことにした。納豆を油揚げに包んで焼くと、なかなかおいしいのだが、今日は、焼き物は餃子があるので、納豆だけをかごに入れた。それと、どうしてもいかのイメージがあったのか、いかの塩辛をいつのまにかごに入れていた。

 050720_211201サラダ

 ここにドレッシングをかければ完成だ。本当はトマトをここに付け加えようと考えていたのが、家の冷蔵庫にあった気がして、買ってこなかった。プチトマトを真ん中に添えたかった。ここにどんなドレッシングをかけるのかは、ポイントだ。この雰囲気だと、イタリアンドレッシングかフレンチドレッシングかなという感じだ。

050720_211301納豆いか

 次に、ねぎを切り刻み、納豆をといた。最初は、納豆はそのままご飯にかけて食べようかと思っていたのだが、いかを調理しているときに、創作意欲が湧いてきた。氷を入れた小さな器にいかを入れた後、氷を取り出し、わさびをまぶし、醤油をかけた。そして、この醤油付けにしたいかを納豆にまぜた。

050720_212101餃子

最後に餃子を焼いた。こんがりと少し焦げ目であったが、なかなかうまく焼けた。

一人分としては、なかなかの量で、かなりお腹いっぱいになった。納豆いかはそうめん的につるつると食べられたが、味には改善の余地が残った。

納豆いかの反省をしながら、フライパンを洗うとき、たわしでゴシゴシした。

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悲しみのワルツ-日常の中の僕-(15)

 2時30分頃、レイコさんは、僕のベッドにもぐりこんだ。彼女は、最初、ソファーに寝ると聞かなかったが、僕は、女の子をソファーに寝かせるわけにはいかない、確かにきれいとは言い難いベッドだけど、僕のベッドで寝てもらいたい、と、説得をした。僕は、ソファーのクッションを枕に薄い掛け布団をかけて、ソファーの上に寝た。

 僕は、ソファーの上で寝付けなかった。頭の中で、昨夜の夢のこと、そして今日起きたことの数々が一斉に溢れていたのである。まずは、整理をしなければいけない、と、僕は思った。まずは、整理をしなければいけない、何が現実で、何が夢なのか、それぞれの事象はどのように連関しているのか、因果関係はどのようになっているのか、その原因は何で、僕はどこに行こうとしているのか。

 そう、僕はどこに行こうとしているのだろうか。これは、僕だけではなく、人間そのものの永遠の課題なのではないかと思った。僕たちは、何のために生まれてくるのだろうか。そして、こうして存在する理由は何なのか、そして、人間は、どこに行こうとしているのか。これは、人類史上、僕たちが常に問われている課題なのではないだろうか。

 それに答えようとして、様々な科学が発達し、哲学や思想が生まれた。しかし、僕たちは、誰一人も完全な答えには辿りつけていない。もし、誰かが全ての答えを説明することができるようになったら、僕たちはどうなってしまうんだろうか。

 レイコさんは、車の中で僕に言った。「私たちが知らないもっと大きな力が働くことってあると思うわ」と。僕にとって、全てがわからなかった。理解の範疇を超えていた。いま、僕がわかっていて、理解できることは、石和裕美が死んだという事実、そして、僕には大きな欠落があるという事実だけであった。

 やがて、空が明るみだし、朝がやってこようとした。

 この問題を解くには、もっとたくさんのヒントがいる。そのためには、もう一度、ユミに会う必要があるんだろうと思った。そして、ユミと僕を結ぶ唯一の接点は、新宿のあの蝋燭屋である。

 朝がやってきたとき、僕は、もう一度、あの蝋燭屋に行くことを決意した。

 蝋燭屋の店主は言った。「君がここに来ることはわかっていたんだよ」
 「所詮、運命なんて決められているんだ。偶然なんてない。ただあるのは、必然だ。」

 僕は、あの蝋燭屋に行かなければいけないのだ。

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街を歩こう(1)

 夜、散歩をするには良い季節になった。昼間の暑さの余韻に浸りながら、少し汗をかき、夜風に当たりながら歩くということは、とても気持ちいい。昔から、夏の夜の過ごし方、楽しみ方には、いろいろな工夫があった。

 ぼくは、有楽町線で有楽町の駅に行った。お目当ての買い物をしようと思っていたのだが、時間はすでに19時30分を過ぎていた。麹町のモスバーガーで、サラダと、テリヤキバーガーのセット、フレンチポテト、そして木いちごのシェイクを注文する。ハンバーガーとポテトが出来上がるまで、本を読みながら、サラダを食べる。腹八分目ぐらいな状態で、ぼくは、これからどうしようかと考えたところ、ウェッジウッドのコップをプレゼント用に買おうと、有楽町に向かったのであった。

 ウェッジウッドの丸の内本店は、もう閉店していた。そこで、ぼくは、通りを丸の内の方向に歩くことにした。すでに有名だが、その通りは、ブランド・ショップが連なっている。夜の薄暗さとショップの明かりで、なんとも言えない幻想的な雰囲気が醸し出されていた。

 ぼくは、丸ビルまで歩いた。東京駅の方向をみたとき、ぼくがこれまで見たことがない高層ビルの明かりが見えた。位置的に、日本橋のコレドかなと思った。こうして見回してみると、高層ビルが、増えたものだ。ひとつひとつにストーリーがある。そこに人々が住んでいれば、嬉しさや喜び、悲しさや憎しみが、ひとつひとつの明かりに内包されているように思えた。

 ぼくは、ふと、汐留に新しく出来たコンラッドに行ってみたくなった。7月1日にオープンしたばかりのヒルトンの最高級ブランドのホテルだ。そこで、ぼくは東京駅から電車に乗る手はあったのだが、夜風に誘われ、歩いて、汐留に行くことにした。

 東京駅から東京国際フォーラムの前を歩いて、まずは有楽町に向かった。オフィス街だけあって、ネオンはないが、おしゃれな店が並んでおり、いくつか、次の機会に来てみたいお店をチェックした。通りを歩いていると、これからバイクに乗ろうとしているカップルが仲良くヘルメットをかぶろうとしていた。お互いに、少しじゃれ合いながら、愛を交換するように、彼と彼女はバイクに乗ろうとしていた。

 有楽町に着くと、どのコースを通るかで、少し悩んだ。そのまま新橋に向かうのと銀座を通るふたつのコースがあるだろう。ぼくは、線路沿いを新橋に向かって歩くことにした。特に深い意味はなかったが、新橋の喧騒が懐かしく思えたのであった。

 背中には、リュックを背負って、帽子をかぶって、ぼくは有楽町から新橋までの線路下と脇の飲食店街を歩き始めた。どこかのハイキングの帰りかはたまた家出少年かというような服装だった。ぼくは、いま、デタッチメントの状態にある。できるだけ、精神的に社会からデタッチメントして、素直にぼく自身を見つめたいという状態である。手探り状態で、ぼく自身の中の欠落を見つめ、そしてそれをどうするのか、わからないけれど、自分自身に向き合いたいと思っている。こうして歩いているのも、実はデタッチメントの作業なのだ。

 ある飲食店から、男性とその後に女性が出てきた。女性は涙を浮かべながら、男性に何かを告げている。詳しい言葉はわからないが、彼女と彼の人間関係に、何か溝が生まれ、彼のベクトルが別な方向に向こうとしていることは様子から察することができた。

 街にはいろいろな物語がある。その物語を街は優しく見守っている。街並みは年が経てば変わるが、その本質は全く変わっていないのではないかと思った。

 ぼくは、新橋駅の交差点で左折し、そのまま汐留の方向に向かった。電車発祥の地と言われる、広場のところから、汐留のエリアに入った。そして、真っ直ぐにカレッタ汐留の方に向かい、コンラッドを探した。どこかの雑誌でみたとき、コンラッドは汐留でも奥の方、浜離宮に近い位置にあるようであった。

 コンラッドの入り口はなかなか見つからず、(女性とのデートではなくて良かった!)、ツインタワーの方まで行ってしまった。犬の散歩をしている女性が数人、道の途中で、挨拶をしていた。そして、タワーの脇にある小さな公園に入った。この公園はなかなかおしゃれな感じで、静かな公園であった。

 ぼくは、口笛を吹きながら、身体を反転し、もういちど、汐留の方向に歩いた。そして、標識に従って、(来た時は、半分、標識に従わなかったから別な場所に行ってしまったのだ!)、コンラッドの入り口に到着した。

 入り口で、迷っているとスタッフの女性が声をかけてきた。ぼくは、当初、様子を見に来ただけであったが、「どのようなご用事ですか」と聞かれたので、「食事をしようかと思って」と答えた。気分は、中学生くらいの少年が大人の街に来てしまって、「来てはいけない」というような一種の制約的状況の中で、勇気を奮って、一歩、足を踏み出したときの緊張感に近い。

 女性は丁寧に「あちらのエレベーターで28階まで上ってください」と教えてくれた。ぼくは、「どうもありがとう」と言って、直通のエレベーターに乗った。エレベーターを降りると、華やかなでしかも優しい光がぼくを包んだ。28階がレセプションになっているようだ。そして、細長く、レストランが並んでいた。ぼくは、一通り、夜景がきれいなお店はどんなお店なんだろうと思いながら、レストランの様子を伺った。

 そして、せっかくなので、バーでお酒を飲むことにした。なぜ、その気になったのか。それはレインボーブリッジを望む東京湾の夜景が素晴らしかったからだ。

 ぼくは、お店に入り、ボーモアの15年物のウイスキーを注文した。ボーモアは、坂本さんが好きなウイスキーだ。ぼくは、富山にいる坂本さんのことを思い出しながら、ウイスキーをなめた。ぼくが座った席からはレインボーブリッジは見えにくかったが、隅田川や豊洲の夜景、お台場の夜景、そしてその先の千葉の夜景を楽しみながら、静かにウイスキーを飲んだ。そうしていると、生演奏が始まり、幻想的な空間をさらに幻想的なものへと変えていった。

 非日常のどこか異空間であった。そう、外国に旅行して、その滞在先のホテルのバーで感じるあの憧憬であった。

 ぼくは、ウイスキーを飲み終わると、チェックをして、現金でお会計を済ませて、現実の世界に戻ることにした。

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悲しみのワルツ-日常の中の僕-(14)

 レイコさんと僕は、僕の部屋で、石和裕美の追悼式を二人だけで行った。いや、二人で行ったというよりは、僕の追悼式にレイコさんが付き合ってくれたというのが、正確なのかもしれない。しかし、レイコさんは、そんなことを思いもさせないほど、レイコさんは一緒になって、弔いをしてくれたのだった。

 僕とレイコさんの追悼式は、モーツァルトのCDをケースから引きずり出して、モーツァルトの「ミサ曲 ハ短調 K.427:キリエ」、「レクイエム K.626 イントロイトゥス」、「レクイエム K.626 ラクリモザ」を流した。僕たちは、車の中で相談した通り、石和裕美が好きだったワインを飲むことにした。僕は1955年物のシャルム・シャンベルタンを開けた。ワイングラスは3つ出して、僕とレイコさんと、そして石和裕美のために、僕はワインをグラスに注いだ。そして、冷蔵庫から最高級のチーズを取り出し、それを肴にした。

 レイコさんは、せっかくだから、ピザも食べましょう、と言い、24時間いつでも宅配をしてくれるピザ屋さんに、ピザを注文した。ぼくはベーコンとトマトのピザを、レイコさんはソーセージとアンチョビのピザを注文した。

 僕たちは、夜中の2時過ぎまで、ピザとチーズをつまみながら、ワインを楽しんだ。僕たちの間に、石和裕美についての話題は持ち上がらなかった。僕には別れた恋人のことについて、何かを語る資格はないだろうし、冷静にしかも客観的に解説できるほど、偉い人間ではなかった。レイコさんも、そのことはわかっていて、僕に何も尋ねなかったし、彼女も、石和裕美とのことは何も語ろうとはしなかった。僕たちは、CDから流れてくる音楽に耳を傾け、静かにワインとピザとチーズを楽しんだ。それが、僕なりのそして僕とレイコさんなりの石和裕美へのレクイエムなのだ。

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自己治療としての芸術

日曜ではないのですが、「俊平堂書店中野店」の開業記念ということで、寄稿したいと思います。
あと、作詞の方ですが、こちらも新ブランド「俊平庵夢工房」というもので発信していきたいと思います。「俊平庵夢工房」は、不定期に掲載されると思います。

さて、いまぼくは小説を2本書いています。ひとつは、このブログで連載中の「今夜、夢の中で君に出逢う」と書き下ろし用の「神々に捧げる詩」です。これらを書いていると、実に精神的なバランスが保たれることがわかりました。

2つの作品ともフィクションですが、作品を作るにあたって、ぼくはぼくとの対話が存在します。さらには、ぼくの中で、例えば、ぼくは「今夜、夢の中で君に出逢う」の主人公の「僕」(名前はありません)と、よく会話をします。そして、僕は、レイコさんやなつこさん、ユミ、そして、これから登場してくる人々と会話をします(実は、実際には書き進めているので、ここではまだ書けない登場人物がいます)。

僕は、彼ら、彼女らと会話をすることで、物語を書き進めていくわけですが、それは、カウンセリング的な対話が成り立っていると思います。人間には、誰しも欠落があると思います。その欠落がときに、コンプレックスになったりするわけで、その劣等的なコンプレックスをカバーしようとするために、真逆な行動つまり優越コンプレックスが出てしまうことがあります。これがひどい場合に、人間関係において、さまざまな問題を生じさせます。

「コンプレックスがあることは悪いことではありません」と、ぼくは思います。ぼくも、いろいろとコンプレックスがあるし、それにいろいろと悩まされたりします。そのコンプレックスを負の方向にではなく、昇華させることが必要なんだろうと思います。嫉妬心なんかもそうです。それをバネに自分を成長させればいいのではないかと思うんです。

ぼくは、小説を書くことによって、心理・精神的な欠落を自己治療されているような気がしてなりません。小説の登場人物と対話をして、物語を作っていくことによって、ぼくたちは、少しずつ、自分の欠落を埋める作業をしているんだと思います。実は、物語を書いていて、石和裕美さん(小説の登場人物)が死ぬことになるとは、最初のうちは思いもしませんでした。彼女の死んだシーンは、僕も悲しい気持ちになり、「僕」がレイコさんと下田の砂浜で、打ち上げ花火を上げて供養したとき、ぼくも一緒に弔いをしました。

現代社会は病んでいると言いますが、きっとぼくは、人間生活の中で、こういう自己治療みたいなことはどこかで必要なんだろうと思います。それは、小説を書くということだけではなくて、本を読んだり、音楽を聴いたり、楽器を奏でたり、スポーツをしたり。

ぼくの作品を読んで、おひとりでも、自己治療に役に立ったという方がおられれば、ぼくはうれしいです。

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新シリーズ

このブログも2004年4月に開店いたしまして、1年3ヶ月が経ちます。いままでは、ざっくばらんに書いてきたのですが、作詞の公表、小説の連載なども始まりまして、僕の表現の場として、コンテンツもなかなか充実してきたと、自分では思っております。

いままで、コラム的なものは、特にブランド化していなかったんですが、本日より新ブランド「俊平堂書店中野店」として発信していきたいと思います。「俊平堂書店中野店」では、日常生活の出来事などについて、コラム形式で書いて行きたいと思います。目安としては、週一回は定期的に発信したいと思っています。

shumpei@blogですが、そろそろ編集をしていきたいと思っておりまして、フレキシブルな形なので、ここで書く通りになるとは到底思えませんが、当分は下記のような予定を目安に出来ればと思っております。

月:「今夜、夢の中で君に出逢う」
火:「今夜、夢の中で君に出逢う」
水:「今夜、夢の中で君に出逢う」
木:「今夜、夢の中で君に出逢う」
金:「今夜、夢の中で君に出逢う」
土:「今夜、夢の中で君に出逢う」
日:「俊平堂書店中野店」

お休みをいただくかもしれませんし、急に「俊平堂書店中野店」があるかもしれませんが、こんな感じで行きたいと思います。

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悲しみのワルツ-日常の中の僕-(13)

 「夢の中で、裕美さんは、あなたを解放してあげると言ったんでしょう。それは、彼女のせめてものあなたに対する優しさを最後の力で伝えたかったのかもしれない。「私が死んだら、あなたは一生、私を失ったというメランコリーに縛られてしまう。私の死によって、メランコリーを昇華させるきっかけをあなたは失ってしまう。だから、私は少なくともきっかけをあなたに与える必要がある」と、無意識の中の深層の中で、彼女が感じたとしたのであれば、それが信号として、あなたに送られて、ユミという記号なり触媒を通じて、あなたはそのメッセージを受信したとも考えられる。非科学的な現象かもしれないけれど、人間の意識や意思というのは、原子と原子のぶつかり合いから生じる信号であると考えれば、説明がつかないわけではない。その信号がどの程度、電波のように飛んでいくのかとか、そういうことはわからないわけだから」と、レイコさんは言った。

 僕は、「その上、ユミは僕に欠落部分があることを示唆した」と言った。

 レイコさんは、「私は、あなたがその夢に縛られることはいけない、縛られるべきではない、と思うけど、また、それが裕美さんから届いたメッセージなのかあなたの深層心理があなた自身に問いかけたメッセージなのかはわからないけれど、私は裕美さんから、あなたには大きな欠落があるということを聞いていたわ。そのとき聞いたことと、大まかには一致しているの。だから、単純にただの夢であるとは、言い切れないの」と言った。

 車は、やがて横浜町田インターを通過した。時計を見ると、23時をいくらか過ぎていた。
 
 「レイコさん、きっとぎりぎりだ」と言った。「魔法が切れるまで、あと一時間もないんだけど、それまでに広尾の家までに着けるかぎりぎりだ」と言った。レイコさんは、携帯電話を取り出し、おもむろに電話をかけ始めた。電話のコールは5回程度で、電話の向こうでは女性の声がするのが、かすかに聞こえた。

 「もしもし、あ、お母さん?レイコですけれど、実は今夜、私の友人が亡くなって、そのことで、いろいろとお手伝いをしてあげたいと思うの。だから、今夜は帰れそうもないんだけど。お通夜?お通夜は明日の夜。告別式はあさって。喪服?うん、大丈夫。明日の朝に出勤して、社長に相談して、少し勤務を緩やかにしてもらうから。また連絡するわ」と言って、電話を切った。

 僕は、「なんで?」と言った。レイコさんは、「午前0時までの魔法は、なんと明日の朝まで延長されちゃいました。うふふ。」と笑った。僕は、「いいの?」と聞いた。レイコさんは、「だめよ」と答えた。「ただ、一緒にいるだけ。そして、あなたと一緒に、今夜は裕美さんを偲ぶの。裕美さんが好きだったワインを買って、そしてチーズをつまみながら。」と言った。僕は、「ありがとう」と言った。

 「今夜、私はあなたと一緒にいるべきだと思ったの。それは、あなたのためでもあり、きっと私のためでもある。言っておきますけど、同情ではないのよ。だから、あなたとは間違っても寝ないから安心してくださいね」

 「ありがとう。君は僕にとって、最高の友人でありパートナーなんだと感じている。確かに、そう感じているんだ。僕は誰かの胸に飛び込んで、誰かと寝ることで、この問題を非生産的に解決してしまおうとするかもしれない。むしろ、これまでは、そうやって解決してきた。ただ、これは、問題から逃げているだけなんだ。でも、その気持ちは、いまの君の言葉で、かなり消え去った。僕は僕なりに、この問題と向き合おうと思う。だから、今夜は、最高級のチーズを肴に1955年物のシャルム・シャンベルタンを開けることにしよう」と、僕は、車の運転に注意しながら、力強く言った。

 レイコさんは、「そうね」と微笑んだ。

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悲しみのワルツ-日常の中の僕-(12)

 帰り道の車の中では、僕とレイコさんの間には、会話がほとんどなかった。お互いに気を遣っても無理矢理話をしても仕方がないし、無理矢理黙っているということではなかった。ほとんど自然な形で、僕たちはそれぞれ、考え事をしていた。車の中では、FMラジオのDJが陽気な口調で、洋楽の曲を紹介していた。流れてきた曲は、少し古いカントリーミュージックであった。伊豆高原を抜ける頃に、その番組は終わり、また新しいDJが陽気に番組を進めていた。僕もレイコさんも特にラジオのチューナーを動かすことはせず、ただ、音、もう音楽ではなく、生活音と同じレベルの音としてしか認識していなかった。いや、認識すらしていなかったかもしれない。

 伊東に差し掛かる頃に、僕は昨夜のことをレイコさんに話始めた。

 「ねえ、レイコさん。もしかすると、この話をすると、僕の気がおかしくなったと心配するかもしれないけれど、誰かに話さなければいけない気がするんだけど、いいかな?」と、言った。レイコさんは、「もちろん」と言った。そして、僕は車を運転しながら、昨夜の夢の出来事、記号としてのユミのこと、そのユミが僕に告げたこと、全てをレイコさんに話した。

 それを聞いたレイコさんは、「基本的に私は非科学的なことは、あまり信じないのだけど」と言い、「でもね、科学や人間の想像が及びつかないような現象というのは、確かにあると思うの。人間が全知全能だっていうのは、人間の過信であり、大きな間違いよ。科学の力で全てが説明できるなんて、私は思えない。科学の発展で、世の中で起こることの多くは論理的に説明が可能になったことは事実だわ。でも、それが全てではないの。私たちが知らないもっと大きな力が働くことってあると思うわ」と続けた。僕は、「うん。わかるよ。」と言った。レイコさんは、「可能性として、もしかすると昨夜の裕美さんの交通事故とそれによる裕美さんの死、それと昨夜あなたが見た夢とは、どこかの部分で連関しているかもしれないわ。それは可能性としては、棄却できない。例えば、虫の知らせとかいうことがあるじゃない。また、動物なんかもほんの先の未来に起きることが予知できるかもしれないと言われている。そう、なまずとかは地震との関係性を調べるために実験され、観察されている」と言った。僕は、「毎日観察されているなまずは息がつまるだろうね」と反応した。レイコさんは、「でも、そのお陰で、少なからずエサが食べられなかったり、突然の気候の変化で死ぬことはないわ。人間が大事にしてくれるから」と言った。

 「確かに、なまずにとっては、そっちの方が幸せかもね」と、僕は答えた。

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パーソナルスペース

 いま、このブログで連載中の「今夜、夢の中で君に出逢う」は、なかなか順調に筆が進んでいます。こんなに順調なのは、久しぶりです。構想段階からすると、もう半年以上は経って、実際に書き始めて、2ヶ月は経過しています。なんとか、夏の終わりまでには、書き上げて、印刷に回したいと思っています。

 そして、「神々に捧げる詩」も書き始めました。こちらは、いつ出来上がるか未定です。

 さて、そういえば思いだしたことがあって、以前に電車に乗っていたら、女性が携帯電話で話しながら、お化粧をしていました。電車の中でお化粧をすること自体、いろいろと批判があると思うし、携帯電話で話をすること自体は問題なんだろうと思うけど、まあ、その点は置いておいて、とても器用だな、と、ぼくは思いました。

 携帯電話も、普通に手に持っての会話ではなく、よく車の運転中に話すためのイヤホンとマイクのようなものを使っていました。そうすることで、両手は開くので、お化粧も普通にできるのです。

 なぜ、その女性がイヤホンマイクを持っているのかはわからないのですが、もしかすると、その女性は、携帯電話で話しながら、お化粧をすることがすでにパターン化されているのかもしれないと思いました。

 人間には、パーソナルスペースというものが、無意識のうちにあります。いわゆる、縄張りというものでしょうか。誰かが意図しないで、そのスペースに入ってこられると、かなり不快感が与えられることもあるのではないでしょうか。

 携帯電話で話しながらお化粧をする、一見、この女性にはパーソナルスペースがないように見えますが、実はパーソナルスペースは存在しているのだろうです。ある説によると、このパーソナルスペースがカプセル化して、彼女の周りを囲っているそうです。そのことにより、彼女は周りからはよく見られますが、周りのことは眼に入らないというような状態になるようです。

 パーソナルスペースのカプセル化は、現代社会において、かなり増えているような気がします。その原因のひとつに、携帯電話、インターネットがあるように思えます。

 つまり、これらのツールによって、本来は「社会」を通じて人間同士のつながりが生じるところ、個人のカプセル化したスペースとスペースとが、直接的につながることにより、意識的につながることができるのではないでしょうか。
 そうすると、実は社会的な連携というものが意味をなさなくなるのかもしれません。モジュール化という言葉が注目して、年月は経ちますが、カプセル化、モジュール化というものが、人間関係においても出てくるということは、どのような影響が出てくるのでしょうか。

 そんな自分勝手な思い込み的「自立」した社会、むしろ、それは「社会」でもないのかもしれませんが、もう一度、カプセルを解き放って、社会を楽しむということも必要なのではないかなと、ぼくは勝手に思ってしまいます。

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悲しみのワルツ-日常の中の僕-(11)

 「レイコさん、ありがとう。」と、僕はレイコさんにお礼を言った。レイコさんは、「とても悲しいわね」と言った。石和裕美のことをレイコさんも知っていた。時々、レイコさんは事務所に遊びに来ていたし、たまに裕美はレイコさんとも仲良く、ランチを食べに行っていた。裕美が僕の子供を妊娠したとき、レイコさんは僕たちを祝福してくれて、いろいろと出産準備のための情報を必要以上に調べて教えてくれた。そして、裕美が流産したとき、最初に裕美の側にいたのは、レイコさんで、その後もレイコさんは裕美の相談相手になっていた。レイコさんは、僕には直接的には話さなかったが、裕美が僕から離れた後も、一定期間は付き合いがあったようだった。つまり、元々、僕を通じての人間関係が、いつのまにか僕を通じることなく、レイコさんと裕美の間には友人関係ができあがっていたのである。少なくともある時点までは。なぜ、その時点で、二人の友人関係が疎遠になったのかは、僕も知らないし、レイコさんも話さなかった。

 「お通夜は明日の夜にご自宅の近くのお寺で、告別式は翌日の午前11時から同じお寺で行われるそうよ。社長はどうしますか?」と、レイコさんは、半分は友人として、半分は事務所の社員として、僕に尋ねた。「もし、今でも石和裕美の恋人であれば、僕は世界で最も彼女の死を悲しめる権利があるんだろう。そして、彼女が安らかに旅立つまで、ずっと彼女の手を握り、その死を悼むつもりだ。でも、僕はもう彼女の恋人ではないんだよ。彼女の死は悲しいけれども、彼女の横で彼女を供養する権利がないんだ。だから、僕は僕なりにいま、彼女の死を悼み、さようならを言ったんだ」

 レイコさんは、「そうね。あなたにとって、一番悲しいことね。」と言った。「でも、彼女はきっとあなたが悲しむことを望んではいないわ。あなたにはあなた自身が幸せになる権利がある。だから、彼女は自分の死があなたを苦しめることを最も嫌がるはずだと思うの」と言った。僕は「わかるよ」と答えた。「私は、自分自身のために幸せになることが、彼女への最大の供養になると思うの。お通夜や告別式は形式的なものでしかない。必要なのは、あなた自身が幸せになること」と言った。僕は、「そうだね」と小さく頷いた。

 僕はふと時計を見ると、8時30分を回っていた。「もうこんな時間だ。帰らなきゃ。魔法が解けてしまう」と、少し微笑みながら言った。レイコさんは、「無理しなくていいのよ」と言った。僕は「えっ?」と聞き返した。レイコさんは、「無理しなくていいの。悲しいときは悲しめばいいの。辛いときは辛いと言ってもいいの。あなたはあなたらしく、誰に遠慮することなく、あなたの気持ちを表現すればいいんだろうと思う。少なくとも今日は許されるわ」

 僕は、「ありがとう。今日はいろいろなことがあり過ぎた。いま、僕がすべきことは、彼女の死を悲しんで、ここに立ち尽くすことではなくて、まずは東京に戻ることなんだろうと思う。その後のことは東京に戻ったら考えよう。君はそれでもいいかい?」と尋ねた。レイコさんは、「もちろん」と言った。

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悲しみのワルツ-日常の中の僕-(10)

 「石和裕美が死んだ」

 僕は、機械的に、その単語のつながりを小さな声で復唱した。復唱した後、僕は宇宙に身を投げ出されたような無重力な感じで、自分の意識の中をただ彷徨った。僕は、僕自身の判断能力を全て失っていた。そして、ただ、茫然自失とその場に立ち尽くすことしかできなかった。正確に言えば、立ち尽くすことさえもできなかった。夜の闇の中で、僕の目の前には、さらに深い闇が訪れた。そして、これまで経験したこともない不気味なほどの静寂が、僕を支配した。

 「石和裕美さんは、昨日、交通事故にあって、今日の午前中に息を引き取られたそうです」と、レイコさんは、呆然としている僕に少しでも多く理解できるように、解説をするように、僕に告げた。僕は、レイコさんの言葉は、ただ機械的に耳に入ってくるだけであった。それは聞き流しのレコードから聞こえてくるクラシックのメロディと同じで、自然と僕の耳に入ってきて、とくに僕の意識には残ることなく、そのまま、片方の耳から出て行くだけであった。

 「社長、東京に戻りますか?」と、レイコさんが言った。僕を包む静寂と深い闇の中に、一筋の光が射し込んでくるかの如く、彼女の言葉が、ようやく僕の意識に届いた。ただ、まだ頭の中の言語を作り出す機能は、止まったままであり、言葉を返すことはできずに、頷くこともできなかった。

 現実の世界の時間として、たぶん、5分間は少なくとも経過していた。その5分間、僕とレイコさんの間には、何の会話もなく、ただ静かに時間が経過するだけであった。この時間は、とても長く感じた。5分が過ぎた後、僕の思考回路は徐々に回復してきた。

 「ねえ、レイコさん。この打ち上げ花火を石和裕美さんの供養のために、打ち上げたいのだけど、いいかな」と、僕は静かに尋ねた。レイコさんは、「あなたがそうしたいのであれば、私は何も反対しないわ。」と答えた。僕は、「ありがとう」と言って、白い砂浜に落としてしまったライターを拾い、打ち上げ花火をセットして、導火線に火を付けた。

 花火は、ジリジリと導火線が焼けていく音の後、一瞬、全ての音が失われ、そして、大きな音とともに打ち上がった。それも一発ではなく、何発も連続して打ちあがり、夜の闇に瞬間的に明かりを点した。

 レイコさんは、花火を見上げて「きれい」と言った。僕は、「さようなら」と、つぶやいた。そして、全ての花火が打ちあがった後、再び、僕とレイコさんは、夜の闇と静寂に包まれた。

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悲しみのワルツ-日常の中の僕-(9)

 次第に、僕らは夜の闇に包まれ始めた。薄暗く、そして全ての存在を覆い隠すような夜の闇。海に入っていたサーファーたちも、徐々に引き上げていった。僕は、以前に花火大会で道路に座り込むために買ったビニールシートを車の中から持ってきて、レイコさんと並んで座って、生暖かな風と潮の匂いを感じていた。レイコさんは、何も言わず、ただ周囲の環境と同化しつつあった。僕は、僕で昨夜の夢の意味を今一度、考え込んでいた。

 夜の闇が本格化し、誰が見ても夜になったことが否定できないぐらい夜になった。夜はなんで「夜」という名前が付いたのであろう。それが、記号として、形式的に呼ばれているとしても、なぜ、この状態が英語で言えばnightで、日本語では夜なんだろうと、ふと、思った。

 「ねえ、レイコさん。なんでだと思う?」と、僕はつい聞いてみた。レイコさんなら、何かしらの答えを返してくれるのではないかと思った。レイコさんは、突然の質問、さらに言えば、何を質問されたのかもわからない状態だったわけで、不思議そうな顔で僕を見ていた。

 「夜はなんで夜なんだろう。なんで、記号的にまたは形式的にも「夜」なんていう名前が付いたんだろうと、ふと、思ったんだ。レイコさんは、なんでだと思う?」

 「「夜」という漢字が、なんで「や」と「よ」と「よる」と発音されるようになったのかは、きっと古代の日本人とか平安京の貴族の人に聞いてみないとわからないけど、漢字としては、象形文字的に、人が屋根の下にいるような感じだから、きっと、そのへんが理由なんじゃないかしら。でも、英語で、なんでnightというのか、これはアダムとイブに聞いてみようかしら」と言った。

 「やっぱり、レイコさんは、頭がいいね。それに社会性もある。そして、耳の形がとてもかわいい。」と、僕は言った。すると、レイコさんは、「かわいいのは耳だけですか?」と、少し頬を膨らませながら言ったので、「僕はレイコさんの目も好きだよ。そして、その膨らんだほっぺも、もちろん好きだ。ただ、余計なことを一言付け加えておくと、好きというのは、Likeでということを断っておこうと思う」と、僕は返答した。レイコさんは、「髪質とかも自慢なんですけどね」と言った。そして、「あ、そうだ。社長。さきほどのお楽しみの正体を教えましょう。鍵を貸してください」と言うので、僕はポケットの中から鍵を取り出し、彼女に渡した。

 彼女は、小走りに車に向かって、また小走りに両手にビニール袋を持って、戻ってきた。「社長、なんだと思います?これ」と、意地悪く聞いてきた。中身は花火だということはわかった。「少なくとも、どこかの銀行で強盗をしてきた札束には見えないな」と答えた。彼女は、「うふふ」と笑って、花火を取り出し始めた。「ちゃんと、ライターも買ってきましたので」と、ポケットライターも袋から取り出した。僕は、「準備がとてもいいね。レイコさんは、几帳面で有能だし、仕事もできるし、髪質がとっても素晴らしい」と、冗談を込めて言った。レイコさんは、「今さら遅いですよ」と言って、僕にライターを渡した。

 いくつかの打ち上げ花火をして、手持ち花火をした。僕は、大きな打ち上げ花火を選んだ。本日の主役を飾るような大きな派手な花火だった。それに、波打ち際で火を付けようとしたとき、レイコさんの携帯電話がなった。

 レイコさんは、「なんなのよ。こんなときに。でも、仕事の電話かもしれませんね」と、携帯電話にでた。「もしもし、あ、いつもお世話になっております」、やはり事務所にかかってきた電話が転送されてきたようだった。僕は、花火に火を付けるのを待った。

 そのとき、レイコさんは、「えっ!」と驚きの声をあげ、そして僕の方を見ながらも唖然として、言葉が数秒間続かなかった。僕が様子を伺っていると、やがて、レイコさんは正気を取り戻して、自分の持っている花火を砂浜に置き、肩掛けの鞄からペンと手帳を取り出して、住所や電話番号をメモし始めた。僕は、仕事上で何かトラブルがあったのではないかと、いつでも電話を代われるように、レイコさんの側に近づいた。

 レイコさんが、メモを取り終わると、電話の相手にお礼を言って、電話を切った。そして、僕に向かって言った。まだ、その電話の内容が信じられないというように、驚きを隠せない感じで、

 「石和裕美さんが亡くなられたそうです」

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悲しみのワルツ-日常の中の僕-(8)

 伊東から一時間近く走ると、やがて下田の港が見えてきた。下田の街は独特な感じがした。僕が向かっている砂浜は、下田の市街から石廊崎方向に向かって、少し走ったところがある。国道から、横のわき道に右折して、対向車が来たら、すれ違うのもなかなか大変そうな坂道を下った。そこには、白い砂浜と青い海が広がっていた。そして、夕暮れ時の太陽が、いまにも「今日も一日くたびれた」と言わんばかりの夕焼けをしていた。

 レイコさんは、「わぁ、きれい。日本の海だと思えないわ」と、フロントガラスの向こうの景色に見とれて、早く車から降りたそうだった。僕は、砂浜の脇にある海の家の裏の駐車スペースに車を駐車した。

 海には、何人かのサーファーが入っていて、大きな波に乗ろうとがんばっていた。

 「ねえ、レイコさん。君のイメージは、こんなイメージ?」と聞いてみた。すると、レイコさんは、「ぴったりだわ。今日のお昼に、ゆで卵の殻を剥きながら、想像していた景色と同じ」と答えた。僕は、「レイコさんがゆで卵の殻を剥いている様子もなかなかかわいかった」と言った。レイコさんは、僕の言葉を受け流して、波打ち際の方に歩いていった。

 「波にさらわれないように気をつけるんだよ」と、僕は、少し大きな声で言った。「大丈夫よ。子どもじゃないんだから」と、彼女は僕の方には振り返らずに叫んだ。レイコさんは、無邪気にはしゃぐ、世の中の汚れを何も知らない無垢な少女のように、波打ち際に寄せる波とじゃれあっていた。

 僕は、この砂浜と海の全体像を、ゆっくりと見渡した。そうすると、なんとなく違和感がした。違和感というか、むしろ、僕の精神の奥の方で眠っている記憶が呼び覚まされたようなフラッシュバック。「デジャブ?」と、僕は無意識につぶやいた。遠い記憶ではなく、もっとも近い記憶で、この景色が僕の記憶を司る脳の機能、引き出しに、この景色が収納されているようであった。どの記憶であろうか。僕は、朝寝坊して、急いで外出の支度をするとき、たんすの引き出しを荒々しく開けて、着るものを引きずり出すような感覚で、僕は記憶を思い出そうとしていた。

 10分間ぐらい、食事の後に、歯につまった牛筋にイライラするような感覚で、記憶が引き出せないことに対する不快感が僕を支配した。レイコさんは、波打ち際で波とじゃれあったり、砂と遊んだりしていた。その様子は、ビデオカメラで撮影されたものをテレビで見ているようなライブ感、つまり、客観的な視野で状況が目に入っていた。つまり、こちらは積極的に「受信」しているわけではなく、映像が一方的に送られている状態であった。

 僕を包み込むように、夕日が僕を射した。温かく柔らかな陽射しが僕を何かに導くようであった。そのとき、この砂浜と海が、昨夜の僕の夢の憧憬であったことに気が付いた。ユミ、つまり記号としてのユミが、見知らぬ男性と消えていった砂浜。僕は、白い小屋の中に閉じこもったまま、外には出なかったが、窓の外に見えた憧憬と、いま、僕が立っているところから見える憧憬が同じであった。

 夢の中では、ユミが存在し、彼女は波打ち際に歩いていった。現実では、レイコさんが波打ち際にいる。偶然とは思えないほど、奇妙に憧憬が一致していたのであった。

 すると、僕が夢の中で存在していた白い小屋も近くにあるのだろうか。もし、存在するのであれば、そこで、昨夜の夢の意味がわかるかもしれない、と、僕は、周りを見回してみた。しかし、小屋らしい小屋は見当たらなかった。

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悲しみのワルツ-日常の中の僕-(7)

 僕は、東名高速の東京インターから高速道路に乗り、厚木インターで小田原厚木道路に乗り換えた。車の中で、僕とレイコさんは、とりとめのない話、例えば、最近の仕事の話、仕事上でのつきあいのあった人の話、また最近の政治経済の動き、そして、今朝起きた事件の話など、特に話の先に目標があるわけではないが、そういった話を、笑ったり、少し真面目になったり、時には頬を膨らませながら、話をしていた。

 レイコさんは、あまり自分のことを語りたがらない。レイコさんの過去は、履歴書に記載されている学歴ぐらいは知っている。あと、普通自動車免許と日商簿記2級、算盤1級の資格、それに情報処理検定に合格していて、漢字検定も1級、あとは歴史検定も1級だった。僕は、その履歴書を見た時、「時刻表検定とソムリエ試験は受験していないの?」と、冗談で聞いた。レイコさんは、「仕事に時刻表の知識とワインの知識が必要なんですか?この2つの資格は持っていないけど、色彩検定なら勉強しています」と、呆然と反応した。「OK。ユーモア資格もあるようで、合格」と、僕はかなりお気軽にレイコさんをアルバイトとして雇った。彼女は、ある意味で資格マニアだった。そして、それはフロックではなく、非常に優秀な女性であったのである。

 しかし、レイコさんのことは、そのぐらいしか知らなかった。毎日、どんな生活をしているのか、彼女の好きな作家は誰で、どんな音楽を聴くのか。彼女は、そういうプライベートなことは、職場では話さなかったし、僕もあえて聞こうとはしなかった。逆に、彼女は僕のプライベートのことはよく知っていた。きっと、彼女は聞き上手なんだろうと思った。いつのまにか、彼女にいろいろなことを話している。話した後に、話したことを後悔することが多々あった。

 でも、今日は、梅雨明けの気持ち良い陽射しと海の匂いに誘われて、いつもより少し多く、自分のことを話してくれた。家では、犬を飼っている。犬の種類はシベリアンハスキーで、とても賢いということ、最近、彼女の高校時代の友人が結婚して、その結婚式に行った話など。

 道は比較的に空いていて、かなりスムーズに走っていた。熱海からは一般の国道になる。対向二車線道路なので、夏休みや連休などはかなり渋滞をする。だから、こうしてスムーズだと、本当に得した気分になる。伊東の道の駅で、休憩をすることにした。この道の駅には、温泉施設もあり、またヨットハーバーにも降りていける。ふと、石和裕美のことを思い出した。数年前、石和裕美と伊豆に来た時も、この道の駅で休憩をした。一緒に、肩を並べて、ヨットハーバーの脇を歩いた。そんな憧憬がにわかに思い出された。

 レイコさんは、「早く行きましょう。私たちには時間がないわ。魔法が0時には解けてしまうのよ。」と言うと、助手席に素早く乗り込んだ。「そうだね。でも、その魔法は延長できるんじゃなかったっけ?」と、僕も運転席に乗り込みながら答えた。

 「なるべくなら、魔法を延長しない方がいいに決まっているでしょう。」とレイコさんはシートベルトを締めながら言った。僕はエンジンをかけながら、「それはその通りだ。野球だって、サッカーだって、延長しないで、ちゃんとTV放映時間通りに終わった方がいい。」と言った。

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悲しみのワルツ-日常の中の僕-(6)

 僕とレイコさんは、虎ノ門の駅から地下鉄銀座線に乗り、表参道の駅で半蔵門線に乗り換えて、僕の部屋のある三軒茶屋の駅に向かった。さすがに、レイコさんを僕の部屋にまで入れることができず、それはとっても散らかっていたからで、別の意味は特にない、近くのコーヒーショップで待っていてもらうことにした。

 僕は、半そでのシャツと半ズボンに着替えた。そして、愛用のサングラスをかけ、気分は夏休みという感じであった。僕の車は、ホンダのシビックであった。これがスポーツカーであったり、外車であれば、僕の格好と見事にマッチするんだろうけども、僕はシビックの安定感が大好きだった。少しはスポーツタイプにしてあるのだけれど、シビックはシビックなりの素晴らしさを持っていて、それも大好きだった。

 彼女の携帯電話に電話して、自宅近くの246号沿いの交差点に来てもらうことにした。待ち合わせの交差点で、僕は数分、彼女のことを待った。そうすると、レイコさんは、コンビニのビニール袋を両手に持って、こちらに歩いてきた。

 「レイコさん、どうしたの?そんなに。」と、僕は、車のドア超しに聞いてみた。レイコさんは、「内緒です。後でのお楽しみ。うふふ。」と言って、僕にトランクを開けるように指示した。僕は、「ふーん。じゃあ、後で楽しむことにしよう」と言って、トランクを開けた。彼女は、そのビニール袋をトランクに押し込んだ。

 レイコさんは、助手席に乗った。「ようこそ。僕の愛車に。僕の愛車の助手席には、女性しか座らせないんだよ。君が初めてだったかな?」と、僕は言った。レイコさんは、「また、くだらない嘘を。私は、知っているんですよ。この助手席に乗った人たちの遍歴を。私は社長のことは全て知っています。」と、少し頬を膨らませた。

 「さて、どこに参りましょうか。レイコさん。今日は、レイコさんの行きたい所、どこにでも参りますよ」と、僕は、少し冷やかしながら言った。レイコさんは、「海が見たいわ。そして、大きな白い砂浜。社長のご予定が宜しいのなら、私も今夜は予定がないし、伊豆なんてどうかしら。」と、彼女は言った。

 「伊豆でございますか。そして、きれいな白い砂浜。透き通る海。では、下田なんてどうでしょうかね。ちょっと遠いですけれど、僕も今夜も明日もあさっても特に予定はありませんしね。」実は、あさってには、ひとつ仕事の約束が入っている。それは、彼女も知っている。でも、今はレイコさんとのこのドライブを楽しむことに集中しよう。

 「下田だと、ここからだいたい何時間ぐらいかかるのでしょうかね」と、彼女は尋ねてきた。「そうだね、僕のこれまでの経験上、3時間30分ぐらいあれば、到着すると思うよ。今、2時30分だから、6時には着くね。今は夏だから、日が落ちるまでは、少し時間があるだろう。レイコさんの家の門限は何時でしたっけ?」と、じいやが我がまま名お嬢様にお尋ねするように聞いた。「まあ、午前0時までに帰れれば、文句は言われないわね」と、彼女は言った。「午前0時のシンデレラ」と、僕はつぶやいた。

 「私がシンデレラ?うふふ。そう、そうしたら、この車はさしずめ、カボチャの馬車かしら。」と、彼女は微笑みながら言った。僕は、「そうしたら、余裕を見て、7時30分に出れば、午前0時の鐘の音には間に合うかな。現地には、1時間30分ぐらいしかいられないし、もしかすると夕食も満足に食べられないかもしれないけど、それでもいい?」と、聞いた。「いいですわ。今日は、ドライブを楽しみたいの。そして、砂浜には1時間もいられれば満足ですわ。」と、彼女は答えた。「レイコさんのご自宅は確か広尾だったよね。まあ、なんとか0時の魔法が解ける前に帰れるでしょう。」と、僕は運転に注意しながら、言った。「でも、あまり無理なさらないでね。0時の魔法が切れても、電話をすれば、魔法は延長するという便利な魔法だから。」と、彼女は微笑を浮かべながら、移り行く窓の外の景色を眺めながら言った。「了解。」僕は、小さな声で答えた。

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悲しみのワルツ-日常の中の僕-(5)

 「レイコさん、レイコさんの煎れてくれたお茶、最高だよ。僕の記憶だと、初めてレイコさんの煎れてくれたお茶を飲んだ気がするんだけど、どうだったかな」

 と、僕は冗談半分に、彼女を冷やかしてみた。彼女は、少し頬をふくらませて、

 「失礼ですね。何度か社長にお茶を煎れたことぐらいありますよ。でも、きっと数えるだけ。」と、彼女は、声をあげて笑った。彼女の明るさこそが、この事務所の花であり、彩りなんだと僕は思っている。レイコさんといると、僕は、何も着飾らず、自然な僕でいられる。そんな気がした。

 「あっ、そういえば吉澤奈津子さんでしたっけ。この前、ご一緒にお仕事した電光堂の女性の方」と、彼女は笑うのを一時止めて、僕に尋ねてきた。

 電光堂は、大手広告代理店で、うちの会社が、某商社の国際展示会の企画を手伝った。そのときの担当者が吉澤奈津子さんだった。

 「あー、電光堂企画部の吉澤さんね。彼女がどうしたの?」と、僕は彼女に質問した。

 「いや、彼女なんか、社長の好みだから、もしかすると、吉澤さんのことが好きなんじゃないのかなと思ってしまいまして」と、また、彼女は笑いだした。

 僕は、彼女と一緒に笑うしかなかった。「あはは」と僕が笑えば、彼女は「うふふ」と笑う。否定でもなく、肯定でもない。僕は吉澤さんのことを魅力的な女性だと思っていたし、もっと一緒にいたい、会えるのであれば、もっと会いたいと思っていた。しかし、それが恋愛感情なのかどうか、僕にはわからなかった。だから、彼女の指摘に対する答えは、いまのところ、はっきりしたものはなくて、ただ「あはは」と笑うしかなかった。彼女は、「図星でしょう」と言うように、僕の「あはは」に彼女は「うふふ」と答えた。

 笑っている間に、僕はふと現実に引き戻され、「うちの会社、大丈夫かな」と、僕がぼそっと言った。「突然、どうしたんですか?」と、彼女は不思議そうに尋ねた。

 「だって、普通、仕事中に恋愛話なんかするか?それって、極めて暇だっていうことだろう?レイコさんだって、本当は仕事がないんじゃないの?」と、僕は真面目な顔をして言った。

 「今頃、心配しているんですか?私なんかもう2年前から心配をしていて、今では、心配を通り越して、自然体ですよ。仕事がないときは、仕方がないじゃないですか。急がば回れ、果報は寝て待て、待てば海路の日和あり。ともかく待つんです」と、彼女は自信を持って言った。

 「レイコさんは、もう悟りを開いてしまったようだね」と、僕はレイコさんのことを感心した。すると、レイコさんは、「この2年間、社長の下で、働いていたら、いつのまにか悟りを開いてしまったようです。」と、言って、また「うふふ」と笑い出した。

 その日は結局、僕もレイコさんも、何も仕事がなかった。お昼を食べながら、レイコさんは、ある提案をした。「夕方まで、せっかくだから、ドライブでもしましょう。電話は私の携帯に転送をしておけば、いつでも出られるし、特に面会の約束もないし。海でも見に行きたいです。私は、今日は休暇扱いで良いですから。」

 僕は、「つまり、今日はもう会社をお休みにするということだね。確かに、たぶん、このまま、この部屋にいても何も変化はなさそうだし、気分転換も仕事の内か。先月はがんばったし、今日は休みにしよう。グッドアイディアだ。」と言った。僕にとっては、確実に、この部屋にいるより、気が紛れる。「じゃあ、僕は車を自宅に取りに帰ることにしよう。レイコさんはどうする?ここで待っている?」

 レイコさんは、「たぶん、虎ノ門に寄ると、渋滞で大変だから、私も社長の家まで行きます。」と言った。

 こうして、僕はレイコさんと奇妙なドライブに出ることになった。

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悲しみのワルツ-日常の中の僕-(4)

 僕の事務所は、虎ノ門病院の近くにある古いオフィスビルの一室に入っている。たぶん地下鉄では虎ノ門駅の方がはるかに近いだろう。しかし、健康のために、一駅前の溜池山王で下りて、歩くことにしている。部屋の中は、殺風景で、きっと植物などを置いたら、少しは和やかな感じになるであろうが、維持費をケチって置いていない。たまに、レイコさんが気まぐれに買ってくる花束を、花瓶に入れて飾っているぐらいである。

 部屋の中には、僕の机とレイコさんの机、それにソファとソファ用の足の短いテーブルが置いてある。それに本棚と書類用のロッカーである。本棚とロッカーも木目調で揃えれば、少しは色が鮮やかになるのであろうが、全て鉄製である。

 これらのものは、レイコさんがまだアルバイト時代に一緒に買いに行った。レイコさんがアルバイトを始める前は、もっと何もない部屋だった。

 レイコさんの勧めで、家具屋に行った。僕は、少しはレイコさんに格好良いところを見せようとして、少し高めの家具を買おうとした。そうすると、レイコさんは、「社長、もったいないですよ。うちの会社は貧乏なんだから、身分不相応です」と、逆に怒られてしまった。レイコさんとの関係は、一応、僕が社長で、雇い主のはずなのであるが、往々にして立場が逆転する。ほとんど、レイコさんが僕にお説教をする。

 僕は、それだけレイコさんのことを信頼しているということだ。彼女の判断は、ほとんどの場合、常識的に考えて正解であった。最初は、こちらが教えているつもりが、いつのまにか、僕のほうが教わっているということが多々あった。

同じビルには、会計士事務所、弁護士事務所、政治家の事務所などが入っていた。きっと、何かトラブルに巻き込まれたときは、きっと頼りになると、一方的に信じている。そこで、時々、もらい物をおすそ分けしている。これも、レイコさんのアイディアだ。

僕は、どちらかというと、人間関係を作ることやつなげることは苦手で、人付き合いがなかなかできない。そこで、レイコさんが働き始めるまでは、僕は、たぶん、このビルの住人として認識されていなかったはずだ。しかし、レイコさんが働き始めてから、レイコさんがしばしば、近所づきあいをしてくれるようになっていた。だから、今では、僕も一応は、このビルの住人として認知され、エレベーターで会えば、声をかけてくれるし、時々、他の事務所の女性がレイコさんを尋ねてくるようになった。もしかすると、誰もがレイコさんを社長だと思っているかもしれないと、たまに不安になる。

午前中、僕には何も仕事がなかった。もし、仕事があれば、それに集中することができるので、今夜の夢、ユミのこと、そうしたことを何も考えずに済んだだろう。しかし、何も集中することがないわけで、つい、ユミのことを考えてしまっていた。
たぶん、レイコさんの目から見て、僕はかなり暇そうに、しかも虚ろな状態に見えたのだろう。レイコさんは、いつも煎れてくれたことがないお茶を、多分、初めてだと思うが、煎れてくれた。

 「社長、大丈夫ですか?具合が悪いなら、今日は暇なんだから、帰って寝ててもいいんですよ。それとも、私の仕事を手伝ってくださってもいいんですけど」

 と、お茶を差し出しながら、心配そうに言った。僕は、「ああ。すみません。なんか、ボッーとしちゃって」と答えた。

 「もしかすると、また好きな人でもできたんですか?社長は恋愛すると、いつもそうだから」と、レイコさんは冷やかす感じで言った。

 「うーん。それに近いかもね。なんだかはっきりしないんだけど、もやもやするんだよ」

 僕はレイコさんには、何かと正直に話してしまう。レイコさんと知り合ってから、僕は何人かの女性と寝て、その後、一人の女性と付き合った。その一人が石和裕美である。石和裕美と別れた後も、何人かの女性と寝ている。実は、レイコさんは、そういったことまで、知っている。僕は自慢として、そういう話をしているのではなくて、レイコさんには何かといろいろな相談をしてしまうのであった。レイコさんは、つい相談をしてしまうそういう魅力に満ち溢れた人なのであった。

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悲しみのワルツ-日常の中の僕-(3)

 コーヒーを飲み干して、ちゃんとごみを分別して捨て、コーヒーショップを出た。じめじめした厭らしい朝の生暖かさと強い日差しを感じた。確実に、日本は熱帯化している。でも、爽やかな暑さではなくて、悪いところは引き継いだまま、気候の状態は確実に悪化している。こんなことを考えては、今夜の夢のことを思い出す、という思考の悪循環に陥っていた。

 会社に着いた。会社と言っても、従業員は2名ほどの小さな事務所である。僕とレイコさんという女性だけの事務所である。レイコさんは、僕よりも5つ年下で、大学院の修士課程を修了したばかりであった。僕は、レイコさんと一緒に、コンベンションコンサルタントをやっている。つまり、企業や団体の発表会なり会議を企画したり、準備作業についてコンサルティングをする。だから、仕事がないときは、全く暇だし、仕事があるときは、かなり忙しい。しかも、そういう会議や発表会は時期的にも重なることが多いので、いわゆる季節労働という感じだ。その他には、たまに企業の研修会で、「ロジスティクスとは何か」とか「会議企画・運営の方法」みたいなテーマで講演をしたり、原稿を書いたりということをしている。だから、うちの会社には、多くの社員を抱えておくことはできないのである。レイコさんも大学院修士課程在籍時代は、アルバイトであった。社員は僕一人だけ。レイコさんは、上場企業の総合職や有名シンクタンクの研究職の内定をもらっていたのだが、なぜか、全てを蹴ってしまった。僕は、「もったいない」と言って、理由を聞こうとしたが、レイコさんは何も教えてくれなかった。ただ、「社長、私を社員にしてください」としか言わなかった。言いたくないことを無理矢理言わせても仕方がないと思い、僕はそれ以上は聞かなかった。僕は、ふたつだけレイコさんに条件を出した。ひとつは、「この会社を一生の職場と思わないで、もし自分にとって、もっと良い会社があれば、悩まずに、転職すること」、もうひとつは、「博士課程に進むこと」であった。

 レイコさんは、この条件を真摯に聞き入れてくれた。それなので、いま、レイコさんは、博士課程に在籍して、平日9時から17時までは、うちの会社の社員で、その他の時間は大学院生である。だから、会社員なのに、携帯電話は学割を利用、映画やカラオケ、ボーリングなども学割という、結構、お得な生活をしている。

 8時50分になって、レイコさんが事務所にやってきた。レイコさんは、僕の顔を見て、非常に驚いていた。

 「社長、今日の午前中、何かアポがありましたっけ?」

 彼女は、非常に不思議そうに、僕の顔を眺めていた。

 「僕が早く来ていたら、おかしい?」

 僕は、冗談半分に、からかう気持ちで、聞き返した。

 「いや、社長が午前中にアポがある時以外に、朝から出勤されるのが、珍しくて。いつも、裁量労働制だと言って、たいていは昼前じゃないですか。それでお昼を食べてからお仕事される。ひどいときは、昼過ぎても出勤されないで、午後になってようやくというときもあるじゃないですか。なんか、いま、私、狐につままれたようです。」

 「そんなに、僕って、ひどかったか。言われてみて、客観的に考えると、それはひどいな」

 「まあ、うちの会社は、繁忙期とそうでない時の差が、とてもありますので。繁忙期に、社長には一生懸命働いていただければ良いので。普段は、そんなに真面目でなくても良いんですのよ。いい加減なぐらいの方が、良いと思います。仕事がないときは、本当に仕事がないので、うちの会社は大丈夫なのか、心配してしまいますけども。」

 「もしかすると、心配をかけてたりする?」と、僕は少し真面目に聞いてみた。

 すると、彼女は、「大抵の場合において、心配をしておりますわ。」と、笑いながら言った。

 「これは一本取られたね」と、僕も笑った。二人の笑い声が小さな事務所の中で溢れていた。

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悲しみのワルツ-日常の中の僕-(2)

 僕は、ラッシュが嫌いだ。できることなら、満員の電車には乗らず、ゆったりと出勤したいものだと思っている。満員電車に乗ると、本当に骨が折れるのではないかというぐらい、強い圧力が身体にかかって、しかも酸欠状態になりかける。

 そこで、僕は、特別な仕事の約束とか会議とかがない限りは、できるだけ、時間差通勤をするようにしている。まあ、朝が苦手というのも理由のひとつにあるわけだけれど。

 今頃の時間であれば、いつもなら、もう一眠りをする。だいたい、ワイドショーが始まるぐらいの時間に起きて、「今日の占い」を見てから、家を出る。占いは、良いときは信じて、悪いときは信じないようにする。占いの結果が良かったとき、例えば、恋愛運。「今日は、好きな人から衝撃な告白があるよ」。簡単にこんな占いをされてしまうわけだが、「衝撃な告白」をされたことはない。最悪なのは、「好きな人」にすら会えなかったりする。だから、占いの結果が悪いときも、そんなに気にしないようにしている。

 今日は、深夜に目が覚めてから、どうしても眠れなくて、いろいろと考え事をしてしまったので、頭が次第にクリアになってしまったからなのだけども、寝ることは諦めて、早めに会社に行くことにした。確かに家に閉じこもっているより、少しでも朝の空気を吸っていた方が良いかもしれない。

 僕は三軒茶屋の駅に向かって、まだ夏の朝に感じる独特な生暖かい空気を感じながら歩き始めた。歩きながらも、そして電車に乗っていても、思い浮かぶのは、ユミの顔、ユミの言葉、そしてユミが去っていくときの姿であった。あれはなんだったんだろうか。意味がないと言えば、意味がない、ただの夢であるのだけれども、僕には、どこかに意味があるんじゃないかと、寝不足の頭を一生懸命かき混ぜた。でも、答えはいつまでも出なかった。ただ、僕はユミを失ったという喪失感と、裕美を傷つけ続けたことに対する罪悪感の2つが僕の胸を支配し続けるだけであった。

 僕は、溜池山王の駅で降りて、僕の事務所があるビルに向かった。途中で、昨日の夜から何も食べていないことを思い出して、コーヒーショップに寄ることにした。僕は、「モーニング」というのが好きである。熱いコーヒーと、トーストと、ミニサラダ。朝刊を読みながら、この3点セットを食べる。そのことに、幸せを感じることができる。ただ、今日の気分は違っていて、何か甘いコーヒーを飲みたくなった。そこで、チェーン展開をしている有名な外資系のコーヒーショップで、甘いコーヒーと、菓子パンを食べることにした。注文したのは、アイスカフェモカ。ここに、山盛りのホイップクリームを乗せてもらった。米国で一時期暮らしていたとき、カフェモカにはいつも山盛りのホイップクリームが乗っていたが、日本では追加料金が必要だ。そのことに、少し憤りを感じながらも、ホイップクリームを味わいつつ、冷たいモカを愉しんだ。

 カフェモカを飲みながら、僕は、今夜の夢が、もしかすると裕美との恋愛の喪の作業だったのではないかと思った。すでに石和裕美とは、数年前に別れているけれども、度々、彼女のことは思い出すことはあるし、会って話がしたいと思うことはあった。もっと言えば、いま、彼女と付き合っていればどうだろうかと、彼女との日々を懐かしむことはあった。これが未練だと言うのであれば、言い逃れはできないが、僕はこれを未練だと思っていない。自分なりには、前向きに恋愛をしているつもりだ。

 ただ、心のどこかで恋愛に臆病になっていることはあった。しかし、それはある女性にあってから、臆病な気持ち以上にその人を好きだという感情を上回った。そんなときに、ユミが夢の中に現れた。そして、ユミは、僕を解放した。つまり、これは石和裕美とは関係なく、僕自身の中で石和裕美との恋愛に、遅からずけじめをつける作業を行ったんだと思った。そして、前向きに僕は進むことが出来る。僕がいま好きな女性と、これは相手の女性の気持ち次第ではあるけれども、恋愛をして、幸せになりたいと心から願った。

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言葉という楽器

いま、ぼくは長い小説を書いています。このブログを読んでくださっている方なら、ご存知の「今夜、夢の中で君に出逢う」です。先日、この小説を書くための取材をしてきました。主人公の「僕」は、どこに住んでいるのか、「僕」が行くところはどこか、というようなことを探しながら、ぶらぶらとしてきました。

その中で、もうひとつ小説のタネを考えました。これは、どのくらい長いものになるかはわからないのですが、「神々に捧げる詩」という題名を考えています。こちらも、少しずつ書き始めて行こうと思っています。ただ、このブログでこちらの小説も掲載してしまうと、混線してしまうかもしれませんね。

それと、「大きな米国小さなぼくの冒険」は、400字詰め原稿用紙で、だいたい80枚ぐらいの原稿なので、出版するとき、どうしようかと悩んでいます。印刷すると、だいたい40枚くらい。そうすると、少し薄いのと、本の背にタイトルを入れられるかどうか「微妙」なんですね。

当初、撮影してきた写真を掲載しようと思ったのですが、こちらは、コストがかかりすぎるため断念。あと、実は肖像権とかも関わってくることもあるので、避けておいた方が良いかなと判断したというのもあります。

原稿を書き加える方法もあるのですが、出版向け「書き下ろし原稿」。でも、遅筆で有名なぼくですから、その方向だと、出版がいつになるかわからなくなります。

まだまだ、どうなるのか決まっていない不安が。。。

それで、最近、前にも書いたかもしれないけど、楽器をやりたいと思っています。特にピアノ。そうしたら、ジャズピアノですね。ストレス発散というか、いろいろと行き詰ったとき、家でジャズピアノが弾けたら最高じゃないですか。

そうしたら、いろいろな楽器をやっている人とコラボレーションして、新しい音楽を作りたいですね。

ぼくは、小学校のときから、音楽や図工の成績というのは篩いませんでした。例えば、「5」とか「4」とかいう成績とはご縁がなく、いつも「3」。音楽は歌うことは好きだけど、上手いわけではない。絵を描くことは好きだけど、褒められているのか貶されているのかわからないけど、「ピカソみたい」と評される。ピカソはピカソだから、ピカソなのであって、ぼくが「ピカソみたい」な絵を描いたからって、それは「ぼく」なだけであって、決してピカソではないのだ。たぶん、こうした好きと不得意のギャップが、自分の中で、コンプレックスになっている気がする。

そのコンプレックスは、いまでもあって、自分の中のひとつの欠落点になっていると思っている。そのコンプレックスは何を生み出すのか。そう、「羨望」であり「嫉妬」なのである。たぶん、人間が、ある人に対して、その人のある一部について、「羨望」を感じたとき、自分と比較して、その羨望が「嫉妬」に変わることが多々ある。そこで、人々は、デタッチメントかコミットメントのどちらかの選択をするんだと思う。

そのデタッチメントとコミットメントには、正と負の方法が、それぞれあって、悪い方向に行ってしまうと、なかなか厄介な問題が起きてしまう。もしかすると、歴史的にも、これはいろいろと当てはまるのかもしれないなと思ったりする。

コンプレックスをどのように自分の中に生産的に発展的に解消するのか。そうすることが重要なのではないかと思ったりします。

それで、話は戻って、楽器。ここで言いたいのは、僕は音楽や図工は苦手だということです。でも、自己表現はしたい。表現者でありたいというのは、前にも書きましたが、僕の子どもの頃からの夢であります。

そこで、自然にたどり着いたのが、言葉による表現なのだと思います。しかも、言葉を音として発するのではなく、文字の形で発するということ。僕は、人前でお話しするのは、とても緊張して、とても苦手です。汗がひっきりなしに出てきて、なかなか大変です。

文字という手段で、ぼくを表現したい。これが、昔からのぼくのスタンスです。

これからも言葉という楽器を使って、ぼくを表現していこうと思います。それで、密かにピアノをやって、今度は、音という表現手段も使って、複合的な表現を目指そうかな。

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今夜、夢の中で君に出逢う

インタビュー形式で、「今夜、夢の中で君に出逢う」の中間解説です。
(葉加瀬太郎 with 小松亮太「情熱大陸」をバックミュージックにお聞きください)

----「今夜、夢の中で君に出逢う」の第一章「赤い蝋燭」が終わりました。
矢尾板:はい。やっと、第一章が終わりました。ここまで読んでいただくと、今夜、夢の中で出逢う君は、ユミのことなんだと思われると思いますが、実は、君は別人です。

----いきなり、ネタをバラしてしまっていいんですか?
矢尾板:別にミステリー小説ではないし。誰が「君」なのかを教えるわけでもないし。いいんじゃないかと思いますけど。ダメでしたか。いま、音楽で言えば、第一楽章と第二楽章の間奏の部分を始めました。徐々に、この話の世界観がわかってくると思います。「僕」という人間がどんな人間なのか、ユミを通じてしか発信していませんでしたけど、もっとわかるはず。

----このストーリーのポイントはなんですか?
矢尾板:1年半前に書いた、なんだっけ、脚本の名前。余興で書いたの。実は、そこからも引き続きなんだけど、ひとつはメランコリー。けっこう、これが僕の中ではポイントですね。

----ラストは考えていますか?
矢尾板:実は、連載当初は、はっきりとした結末は考えていませんでした。もちろん、ポイントというかあらすじは考えていましたけど、その舞台をどのように幕引きさせるかは、悩んでいて、悩んでいたまま連載スタートしちゃいました。いまは、かなり決まってきています。でも、変わるかも。

----今後の読みどころは?
矢尾板:そろそろ物語のセッティングが終わるので、ここからは自由に役者に動き回ってもらおうかなと。もちろん、ガイドラインは決めているし、ある程度の結末はあるのだけど、そこに向かって一直線というのではなく、この物語の各登場人物に、もっと自由に活発に動いてもらおうかなと思っています。僕は、オーケストラにたとえると、指揮者でしかないんですよ。僕の役割は役者の良さを引き出しつつ、それを文章という形で表現する、アウトプットするということですね。

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悲しみのワルツ-日常の中の僕-(1)

 僕は、ふと目が覚めた。部屋の中は暗くて、窓の外から高速道路のオレンジ色のテールランプの光が差込んでいた。見覚えのある風景。少し、理解するのに時間がかかったが、ここは、僕の部屋である。数秒間、いや体感的には数分間、僕はどこにいるのかがわからなかった。

 喉がカラカラに渇いていて、まずは、ペットボトルのお茶を勢い良く飲んだ。そして、記憶を辿った。僕は、新宿を歩いていて、変なお店に立ち寄った。そこは、蝋燭がたくさんならんでいて、その店番をしていた老人が赤い蝋燭に火を灯した。その後の記憶が全くなく、どうして、いま、僕は自分の部屋に寝ているのかがわからない。

 夢の中で、裕美が「ユミ」と名乗り、登場した。そして、僕にいろいろなことを伝えようとした。そして、彼女は見知らぬ男性と共に、去っていった。そのとき感じた喪失感が具体的に、今でも僕の胸の中に残っている。

 何がなんだか、理解できなかった。そもそも、どこからが夢であったのだろうか。あの新宿のお店すら、夢なのだろうか。いろいろと考えているうちに、眠気がさめてしまった。近くの道をトラックが通ったらしく、トラックが走り去る音が響いた。

 僕は、夜の空を何も考えずに眺めていた。何も考えていないというのは嘘である。夢の中で、ユミが言っていた言葉をひとつずつ思い出して、その意味を考えていた。やがて、空には明るみ始めて、朝が来た。また、一日が始まる。明けない夜はない。必ず、朝が来る。しかし、いまの僕の心境は、このまま夜が続いて、もう一度、夢の中で、ユミに出会い、そして、ユミが何を伝えたかったのか、それをもっと教えて欲しかった。

 だけど、ユミは僕がいつのまにか僕自身の記憶によって、夢の中で作り出した幻想でしかない。つまり、ユミは裕美であって、裕美ではない。また、ユミは僕でもあって、僕ではない。そんな、複雑な存在なのである。もしかすると、僕の深層的な意識が、ユミという媒体を借りて、僕自身に何かを語りかけようと、何かしらのメッセージを伝えようとしたのかもしれない。その意味で、ユミは完全に裕美とは、別の存在なのである。それとも、裕美は、僕に何かを伝えたくて、それが科学的には説明が付かない超常的な力によって、ユミという媒体を通じて、僕にメッセージを送ったのであろうか。
 いま、わかることは、夢の中のユミは、メッセージの媒体・媒介の役割を果たしていたということである。僕と僕、または僕と裕美とをつなぐメディアがユミであったのだ。

 夜が完全に明けてくると、街の姿が大きく変わった。街というものは、その時々によって、被る仮面を変える。街も生きているのだろう。

 僕は、ラッシュアワーの前に会社に行くことにした。

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赤い蝋燭(10)

 「そろそろ、行かなくちゃ」

 ユミは、腕時計を見ながら、そう言った。

 周りを見ると、僕は、ある小さな家の中にいるようであった。いま、僕がいるのが畳の部屋で、和箪笥が置いてある。隣は、洋室。少し広いリビングになっていて、ソファーや木のイス、鉄の丸いテーブルが置いてあって、その向こうに窓があった。窓にはレースの透明なカーテンがかけられていた。

 「どこに行くの?」と、僕はユミに尋ねた。

 「私は、忘れ物を取りに来たの。そのタンスの中に入っている私の荷物。その荷物を持って、私は世界のいろいろなところに行くの。目的地は決まっていないわ。そのとき、行きたいと思ったところに行くだけ。いつ戻るのかも決めていない。」

 「なんだか、悲しいな」と、僕はつぶやいた。

 「君は悲しいんじゃなくて、きっと寂しいのよ。君は寂しがり屋だから。」

 「最近、わかったんだよ。僕は寂しがり屋なんだって。なんだか心にぽかーんと穴が開いてしまって、とても切なくなる。」

 「それが、君の欠落なのよ。そりゃ、人間ひとりぼっちは寂しいわよ。でもね、それがずっと続くわけではないの。長い時間なのか短い時間なのかはわからないけれど、人間は孤独ではないの。必ず、君の隣には、周りには、君を理解してくれる人がいるはずなの。だから、君は何も焦る必要はなくて、ゆっくりと待つの。待つことは、もちろん辛いことかもしれないけど、特に君のような極度な寂しがり屋さんにとっては、とても忍耐がいることかもしれないけど、とにかく待ってみて。必ず、気が付くから。君にとって、もっとも重要な人が誰なのか、そしてどこにいるのかが。」

 僕は、言葉に詰まった。詰まったというより、同意も反論も、とにかく言葉が思い浮かばなかった。僕の胸に、深く突き刺さる重い言葉だった。

 リビングドアには、玄関にもつながっていた。ユミは、自分の忘れ物だという荷物を入れたバッグを抱えて、玄関で靴を履いた。僕はその様子を無言で眺めていた。
 
 玄関は、二重のドアになっていた。白い小さな窓付きのドアが二枚。その向こうには、白くてきれいな砂浜が広がり、さらにはエメラルドグリーンの海が見えた。波打ち際がはっきりと見えていた。日本であれば、きっと沖縄とかでしか見られない砂浜と海であろう。僕らは、その砂浜に近い白い家にいたのであった。

 そのとき、見知らぬ男性が、ドアを開けた。そして、一方の手でユミが抱える荷物を持った。

 「彼と一緒に、世界を周るの。彼は恋人ではなくて、友達だけど、今回の旅のパートナー。」と、彼女は、僕に、彼を紹介した。

 僕の心は、なんともいえない悲しみと衝動を迎えていた。精一杯の声で、

 「そうなんだ。気をつけて。元気でね。」

 ユミは、何も気にしないように、「うん。じゃあね。」と、手を振った。

 僕は、「さようなら」と、波の音に消されてしまうほど、小さな声で言った後、もう一度、自分の全ての力と勇気を振り絞って、「さようなら」と、言って、手を振った。

 ユミは、彼の空いている方の手をつないで、少しずつ、小さくなっていた。僕は、白い家に戻り、リビングの窓から、ユミと彼が砂浜を遠くの方に歩いていく姿をいつまでも見ていた。

 不思議と、涙は出なかった。しかし、とてつもない大きな喪失感が胸に残り、その感情が僕を支配していた。

 僕は、裕美とユミ、同じ女性を、ユミは僕の記憶が作ったアンリアルな存在だけれども、二回も喪失してしまったのである。いま、僕ができることは、リビングで、いつのまにか現れたウェイターさんが持ってきてくれたコーヒーを、この白い家のリビングの丸いテーブルを囲んだ木のイスに座りながら、飲むことだけであった。

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赤い蝋燭(9)

 「私は、そのカケラにはなれなかった。私は、君の欠落を、できることなら埋めてあげようと思ったのよ。でも、ある日、気が付いたの。私には、それが無理だってこと。それだけ、君の欠落は大きくて、深いものだったの。そして、その欠落に、私は何か大きな力で引きずり込まれそうになったわ。もしかすると、引きずり込まれる方が良かったかもしれない。その可能性は、ゼロだって、決め付けないわ。でも、私は、なんとなく、引きずり込まれてしまったら、私は私じゃなくなる。そう、思ったの。それに気が付いたとき、私は、君と離れることを決めたわ」

 全てが終わったことを、客観的にかつ冷静に淡々と解説するように、僕に話した。そして、彼女は、遠くを眺めた。

 「それじゃあ、僕と別れたきっかけは、君の身体の変化によるものではないの?」と、僕は尋ねた。

 「それは、間接的な理由ではあるかもしれないけど、直接的な理由ではないわ」と、彼女は、あっさりと答えた。

 「でもね、私の中で、君から離れることを決めた後も、君自身が変わる可能性を待っていたのよ。君が変わるために、私もいろいろ悩んで、考えて、提案をしたわ。でも、君は何も変わらなかった。」

 「いま、その頃のことを振り返れば、確かにそうだったということが、理解できる。僕は、変わらなければいけないとは思っていても、根本的な欠落に気が付いていなくて、何を変えればいいのかわからなくて、結局は、何も変わらなかった。そういうことなんだ。それは、全て、僕の責任で、今だからこそわかる真実なんだと思う。」

 「人を愛するということは、難しいことよ。そして、複雑なものね。」

 「ああ、そうだね。そして、いつ恋愛が生まれ、どのように大きくなるのかも予測不能だね。」

 そう、僕が裕美に初めて出逢ったとき、僕は裕美に一目ぼれをしたわけではなかった。実は、僕は一目ぼれをした相手とは、うまくいったことがない。一瞬はとても熱くなるのだけれども、それは瞬間風速というか、少しずつ風化していく。それよりも、何度か会って話していく中で、相手の人間性や自分との共通性といったものを知っていくことで、自分の気持ちが、その相手に向いていることを知り、そしてその気持ちが恋愛に変わっていく。

 裕美とも、そうだった。徐々に彼女のことが気になり、そして、彼女の周りに、いつしか嫉妬する気持ちが生まれ、彼女と会うことが、毎日、楽しみになる。そんな感じで、僕は裕美への気持ちが確かなものとなっていった。裕美が、そのころ、僕にどんな気持ちを思っていたのか、それは裕美にしかわからない。ただ、不器用ではあるけれども、僕は僕なりに自分の気持ちを少しずつ表現していった。

 不器用。そう、僕は恋愛に対してとても不器用だ。よく器用に恋愛する人がいるが、なぜ、そんなに器用に恋愛できるのか、僕には理解できない。僕も一応、人並みには恋愛をして、人並みには女性と付き合っていると自分では思っているが、器用な人は、本当に器用だと思う。彼らは、僕が推測するところ、女性が喜ぶことを知っている。いま、この瞬間で、どのボールを投げればいいのか、何をすればいいのか、どんな言葉を投げればいいのか、センスのレベルで知っている。人間性は別として、その一瞬一瞬で自然に女性を喜ばせることができるようである。

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子どもの頃の夢

仕事中は、音楽をかけっぱなしにしているんですが、最近は特にサントラです。
作曲家は、久石譲氏が好きです。

いまは、imageをかけています。

こうして音楽を聴いていると、やっぱり音楽っていいですね。

僕は、自分で音楽が書けないので、羨ましい限りです。なにか、楽器ができると、楽しいのになぁと思うので、少しまとまった時間ができたら、ピアノをやりたいと思っています。そして、僕も音楽を作りたいと思っています。僕は音楽を書けないので、作詞や小説を書いているのですが、やっぱり音楽も書きたいという気持ちは強いです。

小学生3年生の頃、僕の通っていた小学校に新しい体育館ができて、その落成式のときに、将来の夢を書いた寄せ書きを体育館の底に埋めました。先日、久しぶりに小学校の近くに行ったのですが、(いまは引越しをしてしまったので、10数年ぶりでした)、まだ体育館はあったので、まだ、僕の書いた寄せ書きも埋まっていることでしょう。

50年後に掘り出すようなので、そのとき、僕は58歳とかになっていると思います。

僕が書いた「将来の夢」は、小説家でした。小学校2年生のときに、「木は生きている」という作品を書いて、その後、記憶だと、「国鉄最後の日」(ちょうど、僕が小学校2年生から3年生に進級するときに、民営化したはず)を書きました。そういうこともあり、その頃の夢は、小説家か総理大臣なはずです。あとは、学校の先生(社会科か国語科だったはず)。その後、「インドの休日」、「坂東家のひとびと」、「大化の改心」、「徳川家康」と小学校6年生で卒業するまでに、脚本を書き続けました。

中学生になると、「永田町のたぬきたち」からだったと思いますが、漫画を描いたりしました。ちょうど、その頃、作詞も始めて、確か一番最初は「Master of Life」だったはず。

そう考えてみると、20年前からやっていることは、ほとんど変わっていないような気がしてきました。

それと、僕の将来の夢もそんなに軌道修正していないような気がします。一時、考古学者になりたいという時期もありましたけれども、興味が人文科学から社会科学に変わったというか、昔から考えると、社会科学→人文科学→社会科学と戻ったということでしょうか。

学校の先生というのは、高校の教員免許状は持っています。社会科公民科です。

総理大臣という夢は、研究者の卵として、現実の政策を研究対象としているという点では、遠からずという感じかと思います。現在は、「政治家には決してなりたくない!」と思っています。

いまは、研究者として大学に職を得ることを目標に日々努力しております。

こう考えると、僕は、子どもの頃の夢を、そのまま追い続けているわけですね。

僕は、いつまでも少年の心を持ち続け、少年であり続け、夢を追い続けたいと思っています。

追記:「いつまでも少年であり続けたい」と考える時点で、年齢を感じてしまいます。
さらに追記:58歳のときも、やっていることが8歳のときと同じというのも、いいかもしれませんね。

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赤い蝋燭(8)

 「いま、君に必要なのは、私ではなく、その人なの」と、ユミは、裕美が、僕に何かを言い聞かせるときと同じような口ぶりで話した。ユミが裕美と同じように話し、そして同じような態度をする。それは、ユミが僕の記憶の中で再現されたもう一人の裕美なのだから、きっとそうなるんだろう。付け加えて言えば、ユミは僕の記憶の中の裕美を越えることはない、明らかに限定された存在なのだ。しかし、彼女の言葉は、裕美が実際に口にした言葉もあるし、全く新しい言葉もあった。

 僕は、孤独を感じ、その寂しさの中で、自分を振り返るときに、シューベルトの「アヴェ・マリア」を聞く。あの美しい音色は、僕の心に平穏をもたらし、僕の内向きのベクトルへの集中力を高まらせてくれるのである。

 その「アヴェ・マリア」が、最初は小さく、段々とはっきりと僕の身の回りを包み始めた。

 「ねえ、ユミ。君はいま、なんて言ったの?」と、僕はユミの言葉を聞きなおした。

 「君は、この一年間、恋愛をあえてしようとしてこなかったでしょう。喪に臥すなんて言いながら。それは、私への未練とかそういうのではなくて、ただ新しい恋愛を始めるのに臆病になっていただけ。また、恋愛で傷つくことを恐れていただけ。適当な理由を付けて、いつもの君と同じように、その恐怖を私のせいにして、ただ現実から逃げていただけなんだと思う。だから、私は君にとって最大の意地悪をしてあげる。これは復讐でもなんでもないのよ。これは君のためなの」

 そう言って、ユミは静かに目を閉じた。言葉を貯めて、その重みは言葉が発せられる前から強く意識をさせられた。

 「ねえ、ユミ。僕は、君に大変悪いことをしてしまったし、傷つけてしまった。だから、暫くは、その贖罪を僕自身で贖おうとしていたんだ」

 ユミは、何も反論をせず、ただ言葉を貯めた。僕の頭の中に流れている「アヴェ・マリア」は、いよいよ最高潮に差し掛かった。

 「解放してあげる」

 その言葉は、残酷にも僕の胸に勢い良くさらに強く深く突き刺さった。

 「もう私のことは忘れて。贖罪なんて気にしなくてもいい。君は君のために幸せになって。私も私のために幸せになるから。」

 ユミは突然、目を大きく開き、僕にそう告げた。僕は、その言葉の重さを真正面から受け止めた。その言葉の重さは、僕には支えきれないほど、重いものであった。

 「私が君を解放してあげることで、もう君は逃げられないの。もう何も言い訳ができないの。だって、「私のために」という理由を付けて、君自身が傷ついたり、臆病になっていることから、逃げて、そして聞こえの良い言い訳をしていただけでしょ。だから、私の最後の意地悪で、私が君を解放してあげることで、君を苦しめることにしたの。でも、苦しんだことによって、君は新しい幸せを手に入れるし、きっと大きく成長もするわ。だから、私の意地悪は君にとってはもしかすると、最大のチャンスなのかもしれないわね」

 僕は返す言葉がなかった。返す言葉がなかったというより、その言葉の重さに押しつぶされそうになった。そのとき、「アヴェ・マリア」の曲は徐々に小さくなり、聞こえなくなった。

 「君を解放してあげるから、新しい恋愛をして。いま、君が感じている新しい恋愛を大事にして。私にしたことと同じ過ちを犯さず、その人と幸せになって欲しいの。もう、わかったでしょう。君の持っている欠落、欠損、そして欠点。だから、それを忘れなければ、その人と幸せになれるわ」

 僕は、まだ、何も答えられなかった。言葉を発しようとしても、いまの僕は言葉が完全に産み出せない状態になっているのだ。ただ、あるのは、僕の沈黙と深い悲しみ。

 「君はきっと、私に認めてもらいたかったんじゃないかしら。いや、私だけではなくて、社会から認めてもらって褒めてもらいたかった。君は、人に認めてもらいたい、そして誉めてもらいたいという欲望を強く持っているわよね。きっと、君の最大の欠落を生み出す要因はそこだと思うわ」と、ユミは続けて言った。

 「今夜も、だから、その欠落を自分で感じ取って、この夜の街で、何か欠落を埋めてくれるカケラを探していたんでしょう?」

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赤い蝋燭(7)

 「答えを焦ってはだめよ」と、彼女は言った。

 「うん?」と、僕は、静かに尋ねなおした。

 「ゆっくりと待つの。ゆっくりと待ちながら、君は自分の答えを君自身で探すの。この場所で。本当に時間がかかるかもしれない。でもね、その答えは、君自身でしか見つけられないし、君自身で見つけなければ意味のないものなの。私は、そのきっかけを作るだけ。ヒントを君にあげるだけなの。」と、彼女は、僕に優しく語りかけてきた。

 「じゃあ、ゆっくりと待ってみるよ」と、僕は答えた。

 「本当に大丈夫?言葉では、君は何度も私を期待させて、そして裏切った。だから、君の言葉は信じられないわ。だって、君はすぐには変われないのよ。君だけじゃない。人間、誰しも、すぐには変われないの」と、彼女は疑い深く、僕に聞いてきた。

 確かに、僕はある意味で、彼女のことを何度も裏切ってきた。自分では、次は同じ失敗をしない、自分を変えるんだと思い、それを誓ってきたけれども、同じ失敗を何度もして、何も変わらなかった。裕美から、「何も変わってないじゃない」という言葉を何度も聞いた。そのたびに、僕は「次こそ変わる」と言って、また同じ繰り返しを重ねてきた。

 そのうち、彼女は、さらに身体を変化させた。目に見えない身体の変化。激しい変化。陽から陰に変わるようなぐらい大きな変化。その変化の中の彼女の孤独感、不安感を、僕はそれなりに感じ取り、彼女を支えようとした。しかし、それは逆に彼女を悪い方向に導くだけで、負の循環となっていった。
そして、彼女の身体の変化は、ある秋の冷たい雨が降りしきる夜に、突然、終わった。全てが消えたのであった。残されたと言えば、精神的な傷、身体的な苦痛だけだった。

 これが運命なのか、それとも偶然なのかはわからない。もし、運命だとして、あらかじめ二人の歴史に深く刻まれていたのであれば、それは、あまりにも残酷すぎる結果であった。何を恨むものでもない。ただ、目の前の現実を受け入れざるを得なかっただけであった。

 それから、明らかに、彼女は変わった。僕と接する態度、僕を見る目、使う言葉、どれをとっても、全てが変わった。生活も変わった。毎日、電車には、僕一人だけで乗り、会社に出勤して、夜は僕の部屋で一人で食事をした。彼女に電話すると、明らかに不機嫌で、メールの文章も「ですます調」になっていた。彼女は、どのような生活をしていたのかはわからないが、少なくとも僕が知る限りでは、一人で酒を飲み、一人で遊びに出かけていた。もちろん、一人ではなくて、友達と一緒だっただろう。変わったことは、そこに僕がいないということである。夜、ふと僕の部屋で目が覚めると、いつも横にあったはずの彼女の寝顔はなかった。首都高速のテールランプが窓から差し込んで、彼女の眠っている顔を照らしていたが、ただ白いシーツにオレンジ色の光が当っているだけであった。

 このとき、僕は「喪失感」を知った。一度に2つのものを失ったのである。

 目の前のユミは、「君は、前に進まなければいけないわ。目の前には、私ではなく、もっと違う人がいるはず。君は、その人のことを間違いなく愛しているわ。」と、言ったとき、僕は裕美との思い出から急に現実に引き戻された感じがした。

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赤い蝋燭(6)

 「やっぱり、変わっていないわね。そういうところ。」ユミはため息を交えながら、そう言った。僕には、ユミの言った言葉の意味を理解することが出来なかった。その様子がユミにはわかったようで、さらにため息を2回、3回とした。

 「君は、なんでいつも君のペースなの?なんで、相手のペースを考えないのかな。」ユミは明らかに、幼稚園児や小学生を相手にするように、ゆっくりと僕に疑問を投げかけた。

 「僕のペース?僕はそんなに焦っているのかな?」と、僕はユミに尋ねた。

 「別に私にはもう関係ないことだから、いいけど。人にはいろいろなペースがあるの。いろいろと考えるの。いろいろと気持ちとか考えの整理をするの。君は、いつでもすぐ結果がわからないと、イライラするし、そうやって、相手に自分のペースを押し付けるの。相手のペースに合わせるということも優しさなのだと思うの。いつも君は自分の感情や気持ちを相手に押し付けてばかり。それが、相手にとっては、負担になっていることを、君はわかっていないの。もちろん、自分の気持ちや意見を相手に伝えることは重要なことよ。でもね、一方的に送り続けることは、「伝える」ということではないの。時には、ゆっくりと歩く、ゆっくりと待つということも、きっと重要なのよ。」

 「ねえ、ユミ。僕は、いろいろと間違っていたようだね。いつも君に迷惑をかけてばかりだ。」

 「いいのよ。君は私にはもう関係ない人間だから。君の一挙一動に驚いたりしないし、反応もしないし、傷ついたりもしない。だって、もう君のことは興味がないから。」

 僕の胸に、何か突き刺さるものを感じた。

ユミと付き合っていたとき、仕事に出掛ける以外は、何かと理由を付けて、ユミと一緒にいる時間がほとんどだった。僕の部屋でユミを抱いたあの夏の夜、僕は窓を少しあけると、首都高速のテールランプが煌々と光っているのが目に入った。その景色が鮮やかに蘇り、音をかけて崩れていく。いつも、僕はユミと渋谷に出て、買い物をして、僕の部屋に戻って、食事をして、ユミを抱く。そんな代わり映えのしない平凡な毎日だったあの頃が、とても遠く感じる。休みを合わせて行った伊豆高原の山荘。あの時、僕は彼女の身体の変化に、微妙に気が付いていたのかもしれない。確証はないけれども、何か自然な感触が、いつもの彼女と違っていたように感じていたんだと思う。だから、その後に起きる哀しくて辛い出来事、さらには彼女との別れが思い浮かんだのだろう。

中伊豆の山道を走りながら、この瞬間が永遠に続けばいいと祈り続けた。この瞬間というより、もっと言えば、この状態がということかもしれない。今のままの二人の関係のまま、ずっと続いてほしかった。当分は、僕たちの関係に何の進展もいらない。今のままで、この平凡な毎日の繰り返しかもしれないが、その生活が続くことを望んでいた。東京に戻ったら、また僕はユミとの同棲生活の中で、毎日、電車に二人で乗って、途中でそれぞれ別な電車に乗り換えて、会社に出勤をして、夜は僕の部屋で二人で食事をするか、もしくはどこかで待ち合わせをして、少し贅沢な夕食を食べるか、そのままどこかのバーに行って、お酒を飲む。なるべく電車に乗って帰ることにするけど、たまに深夜になってしまって、タクシーで帰る。休みの日は、散歩をかねて渋谷まで行って、映画を見たり、買い物をしたり、下北沢で芝居を見たり。そんな日常の中に幸せを見出して、小さい幸せであるかもしれないが、そんな生活が続けばいいと思いながら、山道を走っていた。彼女も、きっと、それを望んでいたはずだし、それは僕に何度も告げていた。

ただ、それは彼女の身体の変化と比例して、徐々にその日常も変化していった。僕は僕で彼女の願いを聞かず、仕事を変えることをしなかった。同時に、彼女の身体の変化は、僕に偏った責任感を芽生えさせ、その偏った責任感が僕の気持ちを拘束し、さらには彼女を拘束し始めた。

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赤い蝋燭(5)

 「僕は、ここに来なければいけなかったの?」と、僕は静かに、一つ一つの言葉を確かめるように、ユミに尋ねた。僕は、不安、もしくは恐怖感と言った方がいいかもしれないが、何か大きな抑圧感に襲われていたのである。もし、僕が一つでも言葉を間違えたら、その瞬間にユミが目の前から消えてしまうのではないか。現実の石和裕美ではなくとも、僕が自分の幻想の中に作り出したユミであったとしても、できるだけ長く、僕はユミと一緒に同じ時間を過ごしたかった。

 これは、ユミや裕美に対する愛情というか恋愛感情によるものではない。いま、誰かに僕の側にいて欲しい、僕のことを少なからず理解して欲しい、認知して欲しいという欲望によるものなのかもしれない。

 良くも悪くも、ユミは、僕のことを理解しているし、多分、僕以上に僕のことをわかっているはずである。僕がいま、わかり始めている自分の姿、それをユミは、ずっと前から知って、それを僕にいろいろな形でメッセージを送り続けていた。しかし、僕はそのメッセージに気が付かず、ただ、僕の悪い部分は他人のせいにして、僕自身を成長させることから逃げていただけだったような気がする。

 ユミは、小さく微笑みながら、僕の目をしっかりと見つめた。実際には数秒のことであるが、何分も何時間もの時間が経過したように思えた。お互いに見つめ合いながら、静寂が僕たちを包んでいた。

 僕は、少しずつ、ユミいや裕美と一緒に行った伊豆高原を思い出していた。あの頃は、まだ、確かにお互いのわがままが原因で何度か喧嘩をしていたが、その後、別々の道を歩むことになるとは、多分、お互いに思っていなかっただろう。これは、僕がそう思っているだけで、彼女は違っていたかもしれない。

 ただ、そうであっても、そのとき、僕は車のハンドルを握りながら、これが最後の旅行になるのではないか、最後のドライブになるのではないかということが脳裏に浮かんでいた。この僕の小さな不安は、今から振り返れば、正解となる。なぜ、あのとき、幸せだったはずで、将来の不安もなかったはずなのに、そんな小さな不安が僕を襲ったのだろうか。ユミと見つめ合っている間に、そのような記憶が蘇ってきた。

 「ねえ、なんで、僕はここに来なければいけなかったの?ユミ?」

 僕は、答えを焦るかのように、ユミにもう一度、質問をぶつけた。すると、ユミは呆れたように、口元に苦笑いを浮かべながら、小さな声で言った。

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いわゆる憤慨

昨日(7月6日)のことですが、満員電車の中で、足を蹴られ続けました。

状況としては、京王井の頭線の渋谷発急行(23時37分発)、最後尾の車両(もしくは後ろから2両目)、真ん中辺りです。僕は、RIETIでの研究会の帰り道でした。
最後の急行ということもあり、超満員状況で、足の踏み場もなく、僕はリュックを前にかかげ、すでにつり革も握れないぐらい押し込まれていたので、荷物棚の鉄棒に手をかけていました。足は、一ミリも動かせない状況で、しかもバランスがほぼ取れない状況でしたので、鉄棒を利用して、なんとかバランスを取っていたのでした。

後ろに立った男(推定20歳代後半から30歳代:緑色の服を着用)は、全体重をかけてきましたので、さらにバランスを取ることが困難で、鉄棒を利用して、僕も一生懸命バランスを保ちます。電車の揺れで、こちらの体重が後ろの男にかかったのでしょう。後ろの男の気に何か障ったようです。後ろの男は、奇妙に、身体を反転させ、僕の後ろにぴったりとくっつき、僕のアキレス腱部分を蹴り始めました。3回ほど、蹴ってきたので、僕が振り向いたら、その男は、何か言いたげで、にらめつけてきます。その瞬間、何かの偶然で足がぶつかっているのではなく、かなり意図的にしかも悪意を込めて蹴ってきていることがわかりました。

大変、憤りを感じました。しかし、こちらとしては、足の踏み場は他になく、足を移動することもできないし、手は鉄棒を握って、バランスを取ることで大変です。とは言いながらも、やろうと思えば、反撃することは可能です。しかし、僕は大人ですから、子どもみたいに、むかついたからといって、やり返したりしません。社会的な立場もあるわけですので、ひたすら忍耐です。最近は、すぐに刃物を使ったりと、喧嘩のルールも無秩序になってきている現代ですから、この身動きできない状態で、後ろから、刺されないことだけを警戒しました。たぶん、背中や脊髄部分を指されたら、アウトでしょう。とくに背中を指されて、肺を傷つけられたら、かなり深刻です。それで平気なのは、新日本プロレスの棚橋選手ぐらいです。

一番、面倒に思ったのは、少し電車が空いたときに、因縁を付けられることです。「あー、めんどくさいなぁ」と思っていたら、さらに足を蹴りこんできます。憤りを通り越して、面倒臭さというか、呆れてしまいました。後ろの男も人間なんだから、言葉にして、例えば、「押されて痛かった」とかそういうことを伝えてくればいいことです。押されて痛いのは、この場合、イーブンだと思いますが、それでも、こういう満員電車の場合は「ゆずり合い」が必要ですので、お互いに大変な思いをしないよう、気を遣う必要があります。そこで、自分の身の状態を声にすることは、非常に重要です。それを、ただ、にらみつけて、蹴ってくるのは、正常な人間のすることではありません。

下北沢で、乗客が降りると、少し余裕が出てきました。その男は、威勢良く、こちらに歩み寄ってきました。きっと、自分勝手な怒りを押し付けて、暴力的に威圧して、普段の鬱憤も含めて、全てをぶつけてくるのでしょう。僕は、本当に面倒臭くなりました。別に、暴力的に威圧されることは、何も怖くありません。仮に、ナイフを持ち出してきても怖くはありません。恫喝も脅迫も、申し訳ございませんが、僕には意味がありません。ただ、そういう人を相手にすることが面倒なだけです。

実は、電車に乗ったとき、研究会でご一緒の先生お二人と一緒でしたが、発車時に押し込まれて、何人かが間に入ってしまって、顔をあわせられない状態になってしまっていました。だから、その男は、僕が一人だと思って、威勢を張ってきたのでしょう。電車の中に余裕ができると、ご一緒の先生との距離が元に戻りました。

その男は、実は、僕が一人ではなく、同行者がいることを確認すると、背中井を丸めて、肩をしょぼめて、そそくさと人ごみの中に消えていきました。そして、なるべく顔をこちらに見せないように、さきほどの威勢のよさとは裏腹に、こそっと、小さくなっていました。男としては、いつ仕返しをされたり、通報されるか、を大変怖がっていた様子です。

もちろん、仕返しなんてしません。僕は大義のためには、とことん戦いますが、こんな義もないことに対して、なんで反応をしなければいけないのでしょうか。馬鹿らしいと思っても憤りを感じても、ただただ堪えるだけです。

「人生は忍耐だ」、と改めて思った夜でした。

昨夜の教訓:
「義のない喧嘩はするな。ひたすら耐えろ!」
「大義ある喧嘩はとことん戦え!」

結局、6発程度蹴られまして、今日は、実は歩くのが辛いほど、痛いです。でも、ただただ忍耐と辛抱。

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赤い蝋燭(4)

 「君は本当にユミなの?」

 僕は、目の前にいるユミに聞いてみた。現実的に、ユミが僕の前にいま、こうして現れて、しかも僕にこんなに饒舌にお説教をするなんて信じられない。しかも、僕はユミとキスをした。あんなに僕のことを嫌いになったユミが僕と唇を交わすだろうか。確かに、僕はユミと最後に別れるときに、キスをした。そのとき、そのキスはとても悲しくて辛いキスだった。しかし、その感触は、ずっと忘れていたし、今も正確に思い出そうとすると、思い出せない。ただ、「キスをした」という事実以外は、僕の記憶からずっと消されていたのである。それは、ユミと過ごした日々と共に。

 「私はユミよ。君の中のユミ。」彼女は顔に微笑を少し浮かべながら、言った。

 「僕の中のユミ?じゃあ、君はイサワユミさんではないの?」と、僕は目の前にいるユミに尋ねた。ユミは少し戸惑ったように、しかもどのように答えればいいのか、悩んでいるように、目を閉じて、鼻でため息をついた。

 「私の名前は、イサワユミ。でも、それは君の中のイサワユミなの。君にわかるかしら。」

 「僕にはさっぱり、わからないよ。何がなんだかわからない。僕の中のユミって、別なユミもいるの?そもそも、ここはどこなの?」

 「君の言っているイサワユミさんは、きっと現実の世界で元気に暮らしていると思うわ。私も詳しくは知らないけれど。君が知っている現実のイサワユミさんのこと以上は、私にもわからないわ。私は君の記憶が紡がれて作られた君だけのイサワユミ。でも、君だけのイサワユミだとしても、私は君にとって自由にはならないの。残念ながらね。私の役目は、君をこの世界に閉じ込めることではないから。もし、私が君にとって自由にできる存在になったならば、君はこの世界の特異性を知りながら、この世界から出ようとしないでしょう。それだと、現実の世界では君の人間としての活動は停止したままになってしまう。時々はいいのよ、この世界でゆっくりするのは。人間にとって、この世界にいることは、とても重要な意味を持つことだから。でも、いつかはこの世界を出て現実世界に戻らないといけないの。私は、君が成長するために、メッセージを届けるだけの存在。現実世界のイサワユミさんが私と同じ事を思っていたり、考えているかどうかはわからないの。」

 「じゃあ、君は石和裕美ではなくて、イサワユミなんだね。君は僕が作り上げた仮想的なイサワユミ。」

 「すごい。こんなに早く私のことを理解できるなんて、信じられないわ。」

 「理解しているかどうかはわからないんだ。だって、君のことは石和裕美さんに見えるし、この世界がどんな世界なのかもわからない。きっと、僕はまだ理解はしていない。でも、わかっていることはある。それは、君が石和裕美さんだとしたら、何か違和感を感じるし、現実的に考えて、現実の石和裕美さんが僕の前に現れて、僕のために、お説教をしてくれるわけがない。だって、彼女には「顔も見たくない」って、言われたんだから。だから、なんとなく、君は石和裕美さんではなくて、イサワユミさんなんだってことはわかるよ。」

 「現実の石和裕美さんが、今どんな生活をしていて、どんなことに幸せを感じていて、どんな恋愛をしていて、どんな恋人がいるかはわからない。そんなことは関係ないの。私は、君の中で最後に石和裕美さんに会った、あの日から止まったままの石和裕美の記憶が作り出した、もう一人のイサワユミなの。」

 「現実の石和裕美さんに恋人がいたら、少し妬けるな。」すると、すかさず、ユミは、

 「嘘。石和裕美さんのこと、懐かしくは思うけど、恋人がいたって、平気なくせに。あなただって、新しく好きな人ができて、毎日、その人のことで頭がいっぱいになっているでしょう。もう私のことなんて、忘れちゃったくせに。」

 「僕は裕美には幸せになってもらいたいと思っているよ。僕は彼女を幸せにすることはできなかった。いや、一緒にいても幸せになることはできなかった。それが、分かるからこそ、裕美には幸せになってもらいたいと思う。だから、現実に裕美が新しい彼氏と仲良く手をつないで歩いていたら、少なからず、良かったなと思うよ。妬けるというのは冗談だけどね。」

 「私はイサワユミでもありながら、君自身でもあるの。この世界に君は偶然に迷いこんだわけではなくて、必然的に来たの。なぜならば、君はここに来なければいけなかったから。」

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赤い蝋燭(3)

 「ありがとう?」、ユミは沈黙を破った。

 「いや、僕もよくわからないんだけど、とにかく「ありがとう」って言いたくて」 僕は答えた。

 「自分でもよくわからないなんて、君らしいわね。そう、きっと、君はまだ君自身のことをわかっていないのよ。君は元来、甘えん坊。それでいて、素直じゃない。何か変なプライドを持っていて、素直に甘えられないの。だから、スネたり、いじけたり。ただ、スネるだけではなくて、スネるときも素直じゃないから、変な屁理屈を付けたり、私に意地悪したり。本当にひどい人よ。」

 僕は、彼女の言葉を聞きながら、胸が締め付けられるように苦しんでいた。客観的に見て、僕はこんなにひどい人間なんだろうか。僕は、ユミの言っている言葉を信じたくない、認めなくなかった。

 もっと、僕が自分に対して思っている僕は、もっと違う人間のはずだ。きっと、ユミが少し変わっていて、もしくは変になっていて、おかしなことを言っているに違いない。いや、きっと、そうなんだ。

 「今、君は君の問題を私のせいにしようとしているでしょう。」
 ユミは唐突に、僕に尋ねてきた。ユミには、僕が考えていることの全てがお見通しという感じで、

 今、僕が一生懸命、考えていることを指摘したのであった。

 「もっと自分のことを認めなきゃだめ。君は君でしかないの。確かに、他人に責任転嫁をして、問題から逃げてしまうこと、つまり、本当は自分のせいなのに、他人のせいにしてしまうということは、楽なことだと思うわよ。ずっと、自分は正しい、自分は間違っていない。と、自分の欠点や問題点を認めるより、悪いのは社会のせいだ、悪いのは誰かのせいなんだって、考えた方が楽。誰だってそう。そして、心が弱いと、そうしてしまう。だから、もっと強くなりなさい。自分は良いところから悪いところまで、全てを合わせて自分なの。それを認められる強い人間になって欲しいと思うし、ならなければいけないわ。私は君には何も期待しないけれど、君自身のために、がんばりなさい。」

 母が子どもに諭すように、ゆっくりとユミは僕に諭した。そう、僕は弱い人間だ。だから、何かを頼ってしか自分の存在価値を表せない。もっと言えば、自分の存在価値なんて、他人が見て判断するものなのに、自分が他人にこのように評価されたいというものを考えて、それを他人に落ち着けるための努力しかしなくて、本当の意味の人間としての成長というものの努力を怠っていたような気がする。全て、ユミの言う通りなのだ。僕は弱い人間で、いつも逃げてばかりなのだ。

 僕は、ふと思った。ユミはこんなに饒舌だっただろうか。いつも接してきたユミは確かにいつも楽しい話題を持っているし、説教くさい部分もややある。思想的には、どちらかというとやや反体制的で、きっとコンサバティブ(保守的な)僕とは話は合わないだろう。それに、アメリカよりは中国が良くて、増税には反対。この辺りも、僕とは異なっている。きっと若貴騒動には、彼女なりの一言を持っているに違いない。でも、本来のユミは、ここまで饒舌だっただろうか。目の前にいるのは、ユミではあるが、ユミではない。そんな違和感が徐々に高まってきた。

 僕は、ユミとはもうずっと前に別れていて、それから言葉を交わしたことはない。顔を見かけたことは何回かあるけども、向こうは気が付いていないはずだし、僕も話しかけるような用事もないので、話すこともない。だから、徐々にユミの顔すら、おぼろげながらになってきて、いま、僕が眺めているユミの顔は、本当にユミの顔なのかすら怪しいのである。

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ミュージックバトン

ぬんさんから渡されたミュージックバトンです。

■ Total volume of music files on my computer
816 MB です。
主に、CDから「著作権」の範囲内でコピーして、聞いています。

■ Song playing right now
Mr.Childrenの「名もなき詩」です。

■ The last CD I bought
玉置成美の「Make Progress」です。

■ Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me
○Mr.Children「名もなき詩」
○中島美嘉「Will」
○槙原敬之「モンタージュ」
○久石譲「Brother」
○ヴィヴァルディ「四季」(特に「冬」の第一楽章)

■ Five people to whom I'm passing the baton
澁川修一さん
tarorinさん
Keyfunさん
庄司昌彦さん
Greeのはっとりさん

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