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冒険Ⅱ

僕は、大学内(といっても、米国の大学だからひとつの街なわけだけども)を冒険することにした。目的は、学内の電話を探すことだ。

裸足で、コンクリートの道を歩き出した。コンクリートは、僕を歓迎するように生暖かった。

大きな道路を越えて、大学の中心部にあるセンターに向かった。(僕の泊まっていたところは、大学の外れの方にある)

「あのセンターは、確か午前2時まで空いている」

かすかな希望を持った。もし、センターが空いていれば、誰かしら人はいるだろうし、電話も使えるかもしれないのだ。

一歩一歩を踏みしめつつ、15分程度歩いて、センターに辿りついた。

ガラスのドアの向こうに、人影が見える。「良かった」。僕は反射的に、そう思った。

「さて、ドアを開けるぞ」と心の中で、元気の良い声を発した。

でも、ドアは開かなかった。彼女の気持ちのベクトルが僕に向かっていないのと同じように、重く閉ざされていた。

建物の中の人影は、といっても人間そのものなのだが、僕に気が付くことなく、仮眠室のような部屋に入っていった。仮眠室のドアも閉められたので、ドアのガラスをたたいても聞こえるわけがない。
僕は、なかなかあきらめの悪い人間だと、自分では思っている。一人っ子で育ったからか、欲しいものを手に入れないと気がすまないし、あるいは、自分の思い通りいかないと面白くない。

しかし、今は、そんなことを細かく考えている余裕はなかった。ダメなものはダメなのだ。冷たい現実が僕の目の前にあった。

明るい夜だった。月も満月に近くて、明るく僕の歩くべき道を射し示していた。明るいのは月だけではなく、電灯が付いていたからでもある。

センターの近くには、銅像が建っていた。この大学の創設者というか、この大学の名前はその人の名前らしい。米国の建国に貢献した人のようだ。その人の名前は、ジョージ・メイスンさんという。

僕は、ジョージに語りかけた。

「なんとか、鍵が開きますように。助けてください。」

ジョージは、何も答えなかった。もちろん、銅像だから、話すはずはないのであるが。

しかし、いま、僕にできることは、非現実的だと笑われるかもしれないが、神頼みしか残されていなかった。ジョージは、宗教上の神様ではないが、この大学の父には変わりないので、ジョージを日本式に拝んだ。アメリカ風の拝み方を知らないので、日本式にしかできなかった。(いや、むしろ、いま、このようにキーボードをたたいているから、アメリカ風とか言えているが、そのときは無我無心だから、そんなジョークを考える余裕もなかったのが真実ではある。)

ジョージに別れを告げた後、僕は少し離れた隣の建物に入ってみた。
その建物の入り口にはトラックが止まっていた。しかし、誰も乗っていなかった。
昼間は、授業とかで使っている建物のようであった。いくつかの研究室は電気が点いていたので、もしかすると誰かいるのかと淡い期待をしたが、ただ、電気が点けられ、パソコンがそのままになっていただけだった。アメリカは京都議定書から脱退したが、環境とか省エネとかの意識が低いと思っていた。「大量生産・消費社会」とか「高度資本主義」という言葉の裏には、どこか「ムダ」がある。「ムダ」をするのが、美徳という部分もあったかもしれない。僕が小学生とか中学生の頃、つまり、バブルで人々が踊っていた頃、日本もそうだったような気がする。15年ぐらい経って、だいぶ、日本も変わったものだ。しかし、アメリカは変わっていなかった。やはり、これだけ資源があり、パワーのある国には、省エネという言葉はナンセンスなのかもしれないということは、米国にいると常に感じてしまう。

この建物の中には、公衆電話があった。僕は、ふと、学内にかけるのは、公衆電話でも無料ではないか。と、都合のいい解釈をした。会社の内線のようなものであると。しかし、すぐに、これは僕の世界の勝手な思い込みであることを知らされるわけである。電話機を取り、3を押し、つづいて●-●と押すと、女性の声で、もちろん英語で、わけのわからないことを話し始めた。これは、相手がわけのわからないことを言っているわけではなく、英語が早くて聞き取れないので、僕の責任だ。なんとなく、

「この電話は、お金が入っていないから、ボタン押してもつながらないよー」

と言っていることは、僕の中の妖精が翻訳してくれた。

教室棟を2階から1階に下りたとき、僕は隣の建物が大学の本部機能を果たす建物であることを思い出した。本部であれば、内線電話ぐらいあるだろう、と、再び、僕は自分の世界観で物事を考え始めた。期待はしなかったが、このときは、いろいろな想像をすることが楽しくなっていた。どちらにしても朝までの冒険だ。楽しまなければ、と思っていた。これは手術前にモルヒネを打つような危険な症候なのか、もしくは人間は「考えている」と思うほど、考えていないのか。どちらかはわからないが、僕の中では、確実に楽観論が体勢を占めていた。

本部機能を果たす建物の入り口にたどり着いた。この場合、たどり着いたという言葉が似合っているだろう。それだけ、道も裸足の足には痛みを与える道であった。

建物の入り口は、当然のごとく、クローズされていた。当たり前である本部機能のある建物が、夜中に誰でも入れる方が問題である。しかし、鍵を部屋の中に忘れた学生でもない日本人が入れてしまったら、きっと、もっと違う人が入ってしまうはずである。

建物の中をよく見ると、幻なのか、人が二人、奥のソファーに座って話しているように見えた。ちなみに、この時点で、時間は午前2時20分。異常と言えば異常だから、もしかすると僕の期待が見せた幻想だったかもしれない。

ドアをたたいて、こちらに気がついてもらおうとした。でも、ドアのたたき方は深夜であることもあり、また割ってしまってはいけないので、遠慮しながら小さくコンコンという感じだ。
もちろん、遠慮しながらの叩き方で、奥のほうにいる人々が気が付くわけがない。僕はこういうところ、小心者だ。2・3回叩いたところで、あまり叩かない方がいいだろうと気を遣って、叩くのをやめた。そして、朝まで散歩することに決めたのである。

教室棟の横の階段を上ったとき、教室棟の入り口に止まっていたトラックが動き始めたのが見えた。
僕は、「助かった」と思って、裸足で走った。頭の中では、英語でどのように説明したらいいのかを複雑に考えながら、トラックに向かって走った。トラックは僕に気が付かず、走り続ける。僕は手を振る。トラックは不審がってスピードを速める。僕はあきらめなかった。ジョージのいる広場でついに、トラックの横に追いつき、「エクスキューズミー」と声をかけた。トラックの運転手は身構えていた。

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